第2話 先輩と車の中でお付き合い

「どうです?これで、ドキドキ、してくれました?」


 冷静に返事をされてしまった私は悔しくて。

 先輩を動揺させたくて、とてつもなく大胆な行動をしてしまった。

 今、私はすぐ側の先輩をギュッと抱きしめている。

 うう。私自身がドキドキし過ぎて死にそう。


「あ、ああ。ドキドキ、してきたよ……」


 ゆき先輩の顔を見上げると、目線を私から逸らしているのがわかった。

 それに、珍しく、本当に珍しく、顔を赤くしている。


「ようやく幸ちゃんをドキドキさせられましたね……」


 いつも冷静な先輩もきちんとドキドキしてくれたのがわかって嬉しくなる。

 そのせいか、気がついたら、先輩への昔のあだ名を呼んでいた。

 

「幸ちゃんか。懐かしい呼び名だな」


 そう。この呼び名は本当に幼い時に使っていたもの。


「中学になっても、「ちゃん」とか恥ずかしかったですから」


 だから、いつしか、「幸先輩」と呼ぶようになっていた。


「芽衣はいっつもくっついて来たよな。幸ちゃん、幸ちゃん、って」


 優しげな瞳で私を見つめながら、そんな事をいう幸ちゃん。

 その言葉に、幼かった頃の思い出が蘇ってきて恥ずかしくなる。

 既にこの態勢がすっごく恥ずかしいのだけど!


「幸ちゃんは私にとっての憧れでしたから」


 彼は昔から、なんでも、涼しい顔をしてこなしてしまうところがあった。

 だから、私にとっての幸ちゃんは憧れの対象だった。

 運動も勉強も人付き合いも、昔の私はうまくなかったし。


「そうか。やけにくっついてくると思ったけど……」


 昔の事を思い出しているのかな。

 あの頃はこんな大胆な事も平気でしていたっけ。

 でも、昔の幸ちゃんはこんながっしりとした身体じゃなかった気がする。


「幸ちゃんも、やっぱり男の子なんですね。肩もごつごつして」


 抱きしめながら、彼の身体の感触を感じる。

 すっごく恥ずかしいけど、もう思う存分堪能してやる!


「そうかな。でも、芽衣もやっぱり女の子なんだな」


 その言葉に、私の中の恥ずかしさのボルテージが上がる。


「ど、どういうところですか?」


 幸ちゃんは、私のどこにそれを感じているのだろう。

 胸、かな。Cカップはある自分の胸には、そこそこ自信はある。

 でも、彼からそういう視線を感じたことはほとんどない。


「やっぱり男と違って身体が柔らかい、かな」


 胸じゃなかったんだ。ちょっと残念。

 でも、ちょっとわかる。

 男の人の身体がこんなにごつごつしてるなんて初めて知ったから。


「それと、香り……香水でもつけてるのか?」


 私も女子の嗜みの一つとして、香水は時々つけている。

 特に、気になる相手と一緒に行動する時は。


「やっと気づいてくれたんですね」


 幸ちゃんと一緒にいるときはいつもつけてたのに。

 こうして密着して、ようやく気づいてくれるなんて。

 

「疎くてごめんな。ひょっとして、結構前から?」


「そうですよ。私が高校に入った時くらいからです」


 高校に入ってからは、意識して色々したっけ。

 香水をつけてみたり、薄く化粧をしてみたり。

 少しでも幸ちゃんに見てもらいたかったのだ。

 でも、化粧は「普段の方が可愛い」と言われたなあ。

 あの時は、少し傷ついた。


「ひょっとして……と思ってたんだけど、俺と同じ大学に来たのも?」


 ここまで来ればさすがに気づかれるよね。


「そうですよ。そうに決まってますよ!入るの、本当に苦労したんですからね」


 この大学は、それなりに難関大学として知られている。

 だから、必死で受験勉強をしたのだった。


「そっか。そこまで想ってくれて嬉しいよ、芽衣」


 そう言って、背中を撫でられる。

 背中を撫でられると不思議と落ち着く。


「その……幸ちゃんは、私のこと、いつから好きだったんですか?」


 そういえば、聞くのを忘れていた事だった。


「そうだな。確か、高校に入った頃だったかな」


 思い出すように言う彼。

 ええ?その頃といえば、私は中3なわけで。


「あの頃から、私、すっごいアプローチかけてたつもりだったんですけど」


 高校でガラス工芸部なんてのに入ったのも、彼が居たからだし。

 彼に認めてもらおうと、色々なガラス細工を作ったなあ。

 でも、全然、意識されてなかったんだ。少し落ち込む。


「たぶん……とは思ってたよ。そこまで鈍くないさ」


 ええ?それは、さらに衝撃的な事実なんですけど。

 じゃあ、なんであそこまでスルーされていたの?


「俺の性分は知ってるだろ?好きって言っても、芽衣を独占したいとか、ずっと一緒に居たいとか、そこまでの強い気持ちはなくてさ。それで、応えちゃっていいのかって思ってたんだ」


 そうしみじみと言う幸ちゃん。そういえば、感情の振れ幅が人より少ない事を気にしてる節があったっけ。私としては、そんな事どうでもよくて、好きでいてくれるなら振り向いて欲しかったのだけど。


「じゃあ、今は違うんですか?」


 そう。それが知りたかった。


「これを言うのは恥ずかしいんだけどな。大学に入ってから、お前と一緒に居た時間が思ったより懐かしく感じたんだ。時々、高校の事思い出したりしたり。まあ、思ったより芽衣の事が好きだったみたいだ」


 照れくさそうにそんな事を告白されると、自然とニヤけてしまう。

 そっか。そんなに好きでいてくれたんだ。


「とっても嬉しいです。ますます、幸ちゃんのこと好きになっちゃいそう……」


 ここは車の中で、蒸し暑くて、狭苦しくて、ガタゴト揺れるのだけど、そんな事がどうでもよくなるくらい幸せだった。


 ふと、胸の中にある想いが湧いてきた。こうやって密着して抱き合っているせいだろうか。でも、恋人になったばかりでこれを言うのは違う気もするし。ああもう。


「……どうしたんだ、芽衣?きょろきょろして。考え事か?」


 さすがに鋭い。何か考えている事は一発で見抜かれてしまった。

 言おうか、言うまいか。

 拒まない……とは思うけど、驚かれそう。


「その……キス、したい、です」


 もうヤケだ、ヤケ。してみたくなったのだから仕方ない。

 先輩、ううん、幸ちゃんからはどんな反応が返ってくるだろうか。


「俺もしてみたい……けど、本当にいいのか?」


 気遣わしげな声。こういう時は、YESの返事だけほしいんだけど。


「私から言ってるんですから、良いに決まってます」


 顔から火が出るくらいに恥ずかしいのを我慢して、言ってみる。


「わかった。ええと……」


 何やら戸惑っている様子の彼。と、今まさに密着している事を思い出した。

 この態勢からのキスとか滅茶苦茶照れそう!

 ああ、もう。覚悟を決めて、目を閉じて、ゆっくりと唇を近づける。


 ちゅ。唇に少し冷たい感触。ああ。キス、しちゃったんだ。


「キス、しちゃいましたね……」


 唇を離すも、依然として私達は密着中。

 離れようにも、この狭い中だと姿勢を変えるのもなかなか困難だ。


「あ、ああ。良かった、ぞ」


 ぎこちない声で言う彼。

 もしかしたら、私と同じくらい照れた顔。ちょっとうれしい。

 明るければ、もっとはっきり見えたのに。


 その後の私と幸ちゃんは言葉少なに、車が目的地に到着するのを待ったのだった。

 ずっと、ドキドキしたまま。

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