恋の成就は車のトランクで~車内で密着告白~

久野真一

第1話 「好きでした、先輩!」

ゆき先輩。私は、あなたの事がずっと好きでした」


 真っ暗で、ほとんど何も見えない狭っ苦しい空間に、そんな声が響く。場所は車のトランクの中。俺、平野幸康ひらのゆきやすと後輩の彼女は、この狭い空間で身体を丸めて、極めて近い距離にいた。時期は六月。車内のトランクはとても蒸し暑い。


「……待ってくれ。もう一度言ってくれないか?」


 幻聴ではないかと、一瞬、耳を疑う。今、トランクの中にいる彼女は俺の気になる女の子だ。生まれつきの性分でその言葉にドキドキすることこそないが、少々驚いた。


「何度でも言いますよ。ずっと好きでした、幸先輩。お付き合いしたいです」


 元気の良い声ではっきりと言う、後輩の彼女こと山本芽衣やまもとめい学園祭実行委員会がくえんさいじっこういいんかい、略して実委の一年後輩であり、同じく実委で大学二年生の俺が気になっていた娘。俺と彼女は今、実委で仲のいい連中と一緒に車で遠出して遊びに行く途中。


 面子は七人なのに車は五人乗り。というわけで、誰か二人がトランクに入ること、という無茶な運びとなったのだった。道交法的に大丈夫なのだろうかと心配になる。


「そうか……ありがとな。芽衣みたいな可愛い後輩から好いてもらえて嬉しいよ」


 まずはそんな返事を返す。もちろん、本心だ。ただ、湧き上がってくるのは彼女もまた俺を好いてくれていた事による想いが通じあえた穏やかな喜びであって、「よっしゃ!」というような激しい喜びじゃないことに、我ながら、苦笑してしまう。


「……こんな時でも落ち着いているんですね、先輩は」


 真っ暗だから、芽衣がどんな顔をしているのかはよくわからない。それでも、声色からは不満さが伝わってくる。彼女は今どんな顔をしているのだろうか。


「わわっ。急にどうしたんですか?」


 スマホの明かりを向けてみると、芽衣は見るからに動揺していた。

 そして、頬も薄っすらと赤みがかっている……気がする。


「芽衣の反応を見たくなっただけだよ。やっぱ恥ずかしいんだな」


 芽衣は昔から恥ずかしくなると、胸に手を置く癖がある。

 そして、今も胸に手を置いて深呼吸をしている。


「好きな人に告白するのに恥ずかしくないわけないですよ!」


 怒られてしまった。白い目で見つめられる。


「お前、実委でも人気あるだろ。結構、告白されてるだろうに」


 少し小柄な身体に、ほどよく出た胸。そして、人懐っこさを感じさせる笑顔に、大きくクリクリした瞳、短めに整えた髪。相手が誰であろうとも物怖じせず積極的に話しかける性格。小動物を思わせる可愛さがある芽衣は、同性からは可愛がられているし、男子の受けも良い。実委の連中にも何度か告白されている。


「確かに幸先輩の言う通りです。でも、それとこれとは話が別です!」


 きっぱりと言い切る芽衣。


「ふうむ。そういうものか」


 少しよくわからないが、芽衣が言うのならそうなんだろう。


「そういうものです!」


 少しムッとした声で叫ぶ芽衣。ちょっとデリカシーが無かったか。


「とにかく、可愛い後輩が勇気出して告白したんですから、返事くださいよ」


 自分で可愛いなんて言う辺り、芽衣もいい性格してるな。

 そんな可愛さだって努力あってのものだと知っているけど。


「返事の前に聞きたいんだけど。芽衣は俺のどこを好きになったんだ?」


 返事は決まっているけど、少しの間、会話を楽しみたくて話を引っ張る。


「……わかりました。これを言うのは恥ずかしいんですけど」


 と前置きして、芽衣は語り始めた。

 こう、素直に言ってくれるところもやっぱり可愛いな。


「まず……面倒見がいいところですね」


 面倒見、か。


「面倒見か。どこを見てそう思ったんだ?普通だと思うけど」


 俺は実委では広報宣伝局に所属している。その名の通り、学園祭の広報担当をする部署で、学園祭のサイト更新やパンフレット作成などを行っている。眼の前の芽衣も広報宣伝局の後輩であり、確かに先輩として必要な面倒は見ているが、特別な事をした記憶はない。


「先輩にとっての普通は普通じゃないんですよ。私みたいな女子だけじゃなくて、男の子の後輩にも根気よく色々教えてて。こないだだって、フォトショの使い方がわからないさかき君に、夜遅くまで付きっきりで指導してたじゃないですか」


「見られてたのか。でも、一生懸命な後輩が居たら、応援したくなるだろ?」


 彼女の言う榊君というのは、同じく広報宣伝局に所属する大学一年生の男子だ。大学に入るまでパソコンをろくに触ったことがない彼だけど、人一倍やる気を見せて、学習意欲に燃える姿勢が好ましくて、つい遅くまで使い方を教えるのに付き合ってしまったのだった。


「それでも、あんなに丁寧な先輩はそうは居ませんよ」


 一体、芽衣はどこから見ていたのか。恥ずかしいところを見せたくないという彼のために、別室で二人だけで教えていたはずなんだけど。


「褒め言葉はありがたく受け取っておくな。他には?」


 彼女は他にどんな所を見ていたのだろうか。それが知りたくて、問いを続ける。


「他には……やっぱり優しいところです!」


 そう強調する芽衣。優しい、か。


「どの辺みてそう思うんだ?」


「たとえば、今、こうやってトランクに好き好んで入ってるのもです。他の人たちがしんどい思いをするくらいなら……なんて思ってるんでしょう?」


 図星だった。さすがに付き合いが長い……だけじゃなくよく見てるな。


「人一倍我慢強い方だからな。他の奴らが快適に過ごせるなら、なんでもないさ」


 聞く人が聞いたら、カッコつけやがってと言われそうだが、本心だ。


「そんな風に、当然のように誰かのために身を引ける人はそんなに居ませんよ?」


 真っ直ぐな瞳。真剣な事を言っているときの目だ。


「それを言うなら、こうしてトランクに入ってるお前もだろ?」


 芽衣だって昔から、気を遣って貧乏くじを引くところがあった。


「私は、先輩が一緒ならと思っただけです。全然違いますよ」


 かえってきたのは、冷静で少し自嘲気味な答え。


「一緒に居る人のことを自然に思いやれるのは先輩の素敵なところです」


 そんな風に褒められて、少々恥ずかしくなるな。


「そうか。ありがとう。他には?」


「いっぱいありますけど、マメで仕事が丁寧なところもです。去年の学園祭のパンフ見たんですが、先輩がメインでやったんでしたよね?」


「ああ、そうだな」


「文字の配置から、フォントの使い方まで、すっごいこだわってますよね。高校の頃から。ううん。もっと昔から、同じです」


「中途半端に手を抜いてクオリティを下げるのは嫌いだからな」


「そういう、自分に厳しいところは本当に尊敬します」


「嬉しいけど、少し褒め殺しじゃないか?」


「茶化さないでください。理由は言いましたよ。先輩の返事はどうなんですか?」


 はっきりと尋ねられる。今、この可愛い後輩は本当に真剣なんだなとわかる。


「そうだな。俺もお前のことが結構前から好きだったよ。付き合おうか」


 だから、俺もそう素直に告げた。

 昔から慕ってくれていた彼女の事は、俺も好きだったから。


「……こんな時も冷静なのがちょっと悔しいんですが」


 OKの返事をしたというのにどうやら不満らしい。


「お前は俺にどうしろと言うんだ」


「もっと情熱的に返事してくれてもいいじゃないですか。ぐわっと抱擁とか」


 不満そうな声。


「俺の性分は知ってるだろ」


 高校の頃は、ほとけの平野なんて呼ばれたっけ。昔から、怒りでも喜びでも、あるいは悲しさでも楽しさでも、人よりも振れ幅が小さいのが俺という人間だった。


「それと、このトランクの中でぐわっと抱擁は無茶だろ」


「たとえですよ、たとえ!もういいです。先輩は昔からそうでしたもんね」


 ふん、という感じで拗ねてしまった。


「悪かったよ。許してくれ、芽衣」


 性分とはいえ、気分を害したのは俺のせいだ。申し訳ない。


「とっくに許してますよ。先輩のそんなところも好きですからね」


 嬉しそうな声。なんともいじらしくて、愛おしく思える。


「俺は、芽衣のそういう健気なところが大好きだぞ」


 だから、そんな気持ちを正直に告げる。


「……!もう、そんなこと言って誤魔化そうとして!」


「駄目か?」


「駄目じゃないです。これで、先輩と私は恋人同士、ですよね」


「そうだな……車のトランクの中だが」


 全く雰囲気のかけらもないロケーションだと思う。


「それは言わないでくださいよ、幸先輩」


 暗がりに照らされたその顔はどことなく微笑んでいるように見える。


「でも、せっかくまだまだ時間はあるんですから、少しお話しませんか?」


「2時間も黙ってるのも退屈だしな。何の話する?」


 車が向かう目的地までそのくらいの時間はある。


「その前に……えいっ!」


 なんと、トランクの中を器用に転がった芽衣が強く抱きしめてきたのだった。


 その行為には、さすがの俺も、急激に心臓がばくばくとしてくる。


「どうです?これで、ドキドキ、してくれました?」


 熱っぽい視線で見つめながら、芽衣はそんな事を言ったのだった。

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