第119話
キリキリとゆっくり首を絞められると、息ができない苦しさよりも血流が滞ることによる頭が重くなるような感覚の方がひどく不快であるということをトキヤは今、初めて知った。
「……」
真っ暗な部屋の中でトキヤは、一人の戦闘用JDに首を絞められていた。
トキヤの首を絞めているのは、桜色の髪と瞳が特徴的なJD、モルガン。
トキヤの隣で休んでいた筈のモルガンは、いつの間にかトキヤの身体の上に乗り、トキヤの顔を見つめながら――――トキヤの首を絞めていた。
「……」
そんなモルガンの姿を暗闇の中でもしっかり視認していたトキヤは、自分の首を絞めているモルガンの小さな手を払い除ける――――こともせず、じっとしていた。
もし出会ったばかりのタイミングでモルガンにこういったコトをされていたのなら、トキヤも必死に抵抗したり、バルに助けを求めたりしただろう。
だが、浴室で話してモルガンがどういうJDなのかをある程度理解したトキヤは。
「――――」
闇の中にあるモルガンの真意を探るように、じっと桜色の瞳を見つめ続けた。
「あはっ」
そして、最初は笑みを浮かべていたモルガンだったが、トキヤに見つめられてから十秒も経つとその表情から笑みが消え。
「……どういう、こと……?」
二十秒が経って、首を絞めている手に更に力を加えても、トキヤが自分を見つめたまま一切動かない姿を見て、モルガンは動揺し。
「え、え……? おにーさん、なんで……」
三十秒が経つ頃には、モルガンは困惑の表情を浮かべるだけで、トキヤの首を絞める手には、まったく力を入れていなかった。
「……」
そして、暗闇の中でトキヤと見つめ合ってから四十秒が経過する前に、モルガンはトキヤの首から手を離し。
「なんで抵抗、しないの……?」
モルガンは、理解できないモノを見るような目でトキヤを見た。
「……人の首を絞めておいて、抵抗して欲しいとは変わった奴だな、お前」
「だ、だって……!」
そして、トキヤは滞っていた血が頭に流れていく感覚に若干戸惑いながらも、首を絞められていた自分よりも遙かに混乱しているモルガンに向かって。
「それでどうだ、モルガン――――ちゃんと俺が此処にいるって感じ取れたか?」
暗闇の中で読み取ったモルガンの
「――――」
「……ん? 違ったか?」
「……っ、違わない、違わないけど……!」
それだけじゃなかったんだよ!? と、モルガンはバレるかも知れないと思っていた
「あたしは、おにーさんを力で押さえつけて無理矢理、自分のモノにしようとも思ってたんだよ!? おにーさんは首を絞められて、不安じゃなかったの!? 怖くなかったの!?」
「……不安? 怖い?」
「な、なんで不思議そうな顔するの? あたしは人魚、戦闘用JDなんだから、その気になればすぐにでもおにーさんの首を折って殺すこともできるんだよ? あたしは悪いJDなんだから!!」
「……」
そして、トキヤは先程までとは全く違う感情の灯ったモルガンの綺麗な瞳を見つめながら――――
「悪いJD、か。そんなの殆どいないだろうな」
トキヤは己の持論をモルガンに語った。
「悪いJDは、いない……?」
「ああ、人間と違って生粋の悪なんてJDには殆どいないだろう。人とそりが合わない、人間にとって都合が悪いJDってのはいるかも知れないが、……そいつらだって悪ではない」
悪いJDという言葉を聞いたトキヤは二人のJDを、反政府軍に所属する最強のJD、ブルーレースとサンを破壊したJDであるアゲートの姿を思い浮かべた。
だが。
……そう、あいつらだって、悪であると言い切ることはできないんだ。
アゲートは命令に従っただけの兵士であり、サンを破壊したその手を素直に握る気にはなれないが、悪であるとは言えない。そして、ブルーレースもその在り方に狂気と恐怖を感じはしたものの、それは自分に、人間にとって都合の良くない存在であるだけで、ブルーレースが悪であるとは今はまだ断言できない。と、トキヤは考えた。
「じゃ、じゃあ、おにーさんの首を絞めたあたしは……?」
「当然、悪じゃない。お前は優しいJDだよ。人魚を名乗っているのがその証拠だ」
「人魚を……? ……あはっ。何? おにーさん的には人間に不老不死を与えてくれる都合の良い存在だから人魚は優しいってことなの?」
そして、会話の途中で人魚だから優しいというトキヤのズレた発言を聞き、モルガンは笑いながらこの国の人魚伝説を皮肉たっぷりに語ったが、トキヤは静かに首を横に振り。
「人魚は自分の欲望のために、――――王子様を殺さなかったからな」
トキヤは、悲しき結末へと向かう、人魚の優しい選択を語った。
「モルガン、お前は優しく、普通の価値観を持ったJDだ。俺が保証する」
「――――」
そして、トキヤの言葉を桜色の綺麗な瞳を見開いたまま、黙って聞いていたモルガンは。
「……おにーさん、童話、知ってるんじゃん……」
その言葉と共に全身から力を抜いて、トキヤの身体の上で横になった。
「知らない、とは言わなかったと思うぞ」
そして、そのトキヤの言い訳を聞いたモルガンは、ほんと、いじわるなんだから、と苦笑し。
「……あったかいね、おにーさん」
トキヤの心臓の鼓動を感じながら、自分についてポツリポツリと語り始めた。
「……あたしはね、実はちょっと変わった種類のJDで、今まで狂ってる狂ってるってずっと言われてたの。……優しいや普通なんて初めて言われたかも」
「……そうなのか。だが、お前がどんな存在であろうと、お前は普通の優しいJDだよ、モルガン」
少し寂しがり屋なだけのな。と、トキヤはモルガンに優しく語りかけながら、浴室でのモルガンとの会話を思い出していた。
おにーさんも空っぽなの? という言葉をモルガンは浴室で口にした。この言葉は空虚感を胸に抱いていなければ出てこない言葉であり、トキヤはその事を考えた上で、モルガンの頭を撫でながら、彼女を励ます言葉を声に出すことにした。
「モルガン。その心の寂しさが埋まる日はいつか必ず来る。だから、その日が来るまでこの世界に在り続けろ。戦場できついと思ったら逃げれば良いし、
「……ほんと?」
「ああ、本当だ。その助けに俺がなるかはまだわからないが、今日のところは俺が寝てる間、隣にいろ。誰かの側でじっとしているだけでも、その寂しさも少しはマシになるはずだ」
そして、話すべきことを話し終えたトキヤが、ほら、と自分の横の空いているスペースをポンポンと叩くとモルガンは素直にトキヤの上からおりて、そのスペースで横になった。
「おやすみ、モルガン」
「……おやすみなさい、おにーさん」
そして、今度は互いの目を見て、おやすみと言い合った後、トキヤは隣に自分の首を絞めた相手がいるというのに一切警戒することなく目を瞑り。
「――――」
疲れていたのか、一分も経たないうちに眠りに落ちた。
「……おにーさん」
そして、すぐに眠りに落ちたトキヤは、先程までよりも更に深く、熱くなったモルガンの視線に気づけるわけがなく。
「……あたし、本当に見つけられたのかも」
この国に来てよかった。と呟くモルガンの心底嬉しそうな表情に気づくこともなかった。
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