第113話

 日本のホテルの一室で、アウフル遠く離れた国の首都にいるシオンからの連絡を受け取ったトキヤは、シオンが首都に無事に辿り着いたことを喜び、シオンもまた戦争のない安全な国とはいえずっと心配していたトキヤが無事であることを喜んだ。

 そして、お互いの無事を喜び合った二人はまだまだ話したいことがあったが、まず最初に大事な仕事を終わらせることにした。

 その仕事とはトキヤに日本に行くように命令を出した国防副大臣のリトル・ネロに提出する報告データの作成であり、そのデータ作成のためにシオンがトキヤに日本に着いてからの行動や、この任務の最大の目的である明日の会談に問題なく行けるかどうかを尋ね、トキヤはイオンとジャスパーのことを伏せはしたものの、それ以外のことは嘘偽りなく話した。

『……そして、この定時連絡の時間になったということですね。わかりました。今のトキヤ様のお話をまとめ、私の方からリトルネロ様にデータを送っておきます』

「ああ、頼む」

 そして、定時連絡ですべき仕事を終えてトキヤとシオンの会話がそこでいったん途切れ。

『……』

「……」

 互いに相手の言葉を待つべきかと、一瞬だけ逡巡した後。

『その』

「それで」

 ほぼ同じタイミングで声を出してしまった二人は。

「シオンが少し先だったな」

『いえ、トキヤ様が……』

 という感じに暫く譲り合った後。

「じゃあ、俺が先に色々質問させて貰うぞ」

 いつまでも譲り合っていても仕方ないと思ったトキヤが先に聞きたいことをシオンに訊ねることにした。

「それでシオン。移動ルート的に俺も大丈夫だとは思っていたんだが、首都に向かっている途中に襲撃されなかったってことは、アゲートが現れることもなかったんだな?」

『はい。私もブルーレースやアゲートの襲撃を警戒していたのですが、現れませんでした。……ブルーレースがトキヤ様や私を狙う理由が理由ですので、私達を狙う優先度はそれ程高くないのかもしれません』

「……そうだと思いたいな。まあ、何にしても首都に着いたんだから暫くは安心だな。ブルーレースが幾ら強いとはいえ、俺やシオンを狙うためだけに首都に乗り込むのは流石にリスクが大きすぎるだろうからな。……そういえば、首都に入る際のチェックは結構厳しかったような記憶があるんだが、首都に着いた時、何かトラブルが起きたりはしなかったか?」

『はい、特に問題は起きませんでした。ただ、私とカロンが軍用のJDでありながら政府の所有する統合知能ライリスに入っていないことがわかると、すぐにスキャニングを受けるようにとの指示が出たので、予定を変更して最初にスキャニングを受けることになりました』

「……っ」

 シオンとの会話中にスキャニング、という言葉が出てきて、トキヤの心拍数が少し上がった。

 スキャニングとは統合知能ライリスに人格データを外部から入れる際にウィルス汚染や破損等の異常がないかを調べる検査である。

 シオンとカロンが身体に人格データを入れてから二人が敵の手に落ちたということはなかったため、ハックや汚染の心配はしていなかったが、二人はジャスパーやアゲートといった強力な敵との戦いの度に身体に負担を掛けたり、大きな損傷もしたため、物理的な衝撃によって人格データの一部が破損している可能性を完全に否定できなかったトキヤは二人がスキャニングをクリアできるかを少し心配していた。

「……それで、どうだった」

 そして、トキヤが少し不安げにシオンにスキャニングの結果を尋ねると。

『私もカロンも異常なしと診断されました』 

 シオンはトキヤの不安を吹き飛ばすように、何の問題も検出されなかったと断言した。

『私とカロンのスキャンデータの最終確認を明日、監察官と専門のJDが行うとのことでしたので、それが問題なく終われば明後日には統合知能ライリスに入ることが可能になると思います。少し間があくので統合知能ライリスに入る直前に簡易スキャンを受けることになると思いますが、そこで問題が生じることもないと思います』

 そして、数日以内には統合知能ライリスに入ることが可能になるという話をシオンから聞いたトキヤは。

「そうか……」

 それは本当によかった。と、シオンとカロンが今後、戦闘で身体が破壊されたとしても統合知能ライリスが無事ならば死ぬことがなくなることをトキヤは心から喜んだ。

「本当に、本当によかった……」

 そして、安堵から顔を下に向け、何度もよかったと呟くトキヤを見てシオンは。

『……ありがとうございます、トキヤ様』

 何故か一瞬だけ申し訳なさそうな表情を浮かべたが、トキヤが顔を上げる前に元の表情に戻ったシオンは何事もなかったかのように会話を続けた。

『それで、トキヤ様。サンのことなのですが……』

「――――っ。ああ、今のサンの状態を知っているなら教えてくれるか、シオン」

『はい。ただ私も全ては理解できていないため、完璧に説明ができるというわけではないのですが……』

 そして、トキヤが今、一番気にしているサンの修理状況についてシオンが説明を始め……。

 

 それから、十五分ほどの時間が経過した。


「……」

   

 凄まじい規模の研究施設。

 

 黒と金に塗装された装備。

 

 特殊仕様の記憶媒体。


 そして、液体に満たされた――――


「……」

 シオンが撮ってくれた画像や動画を見ながら説明を聞いている間、トキヤはずっと険しい表情をしていた。

 サンの修理は通常のJDの修理とは全く異なる視点からの修理作業となることをトキヤはライズやサンを直してくれているシュルト本人から聞いていた。

 だが。

 ……まさか、ここまで違うとは。

 シオンが撮ってくれた画像や動画には、まるで武器の動作試験をするかのような作業風景が映っており、これが本当にJDの修理作業なのかとトキヤは疑ってしまいそうになった。

 しかし、一つ一つの作業を切り取って見れば、それらはJDの修理作業でもあることがわかり。

 ……シュルトさん。

 何よりもシオンが撮ってくれた動画には周りの技術者達に指示を出すシュルトの大声が何度も入っていたため、その事から彼女が全力でサンの修理に臨んでくれていることを理解したトキヤは、シュルトとサンを信じて待つことにした。 

「……説明ありがとうなシオン。話を聞く限り、だいたい予定通り修理作業は進んでいるみたいだ。ただ、いつ頃修理が完了するかはサンが来てからじゃないとわからないとシュルトさんに言われていたんだが、その辺りの話をシオンは何か聞いていないか?」

『それは……、トキヤ様がこちらに戻ってくる頃には……どちらにせよ、結果は出ているとシュルト様は仰ってました』

「……そうか」

 数日以内にどういう形であれサンの修理が終わるという話を聞き、トキヤが無意識のうちに目を瞑り歯を食いしばると。

『……っ』

 そんなトキヤの苦痛に耐えるような表情を目にしたシオンが。


『……トキヤ様。私に、罰をお与えください』

 

 全ての責任は自分にあるというような表情を浮かべ、その言葉を口にした。

「……罰、だと?」

『……はい。前回の戦闘は、本来ならライズ一人で出撃するところをトキヤ様の指示も仰がず私の独断で仲間を連れて出撃した上に、私の判断が遅れたことで……サンが破壊されました。この結果の責任を取るのは私以外にいません』

 だから、どうか私に処罰を。と、少しばかり唐突なそのシオンの言葉を疑問に思ったトキヤは何故そんなことを急にシオンが言い出したのかを考えるために、自分の顎の近くに手を当て――――

「――――」

 ……しまった。

 自分の顔が強張っていることに気づいたトキヤは、自分が無意識のうちに難しい顔をしていたことでシオンにプレッシャーを与えてしまっていたことを猛省してから、シオンに向かって優しく語りかけた。

「……馬鹿なことを言うなシオン。お前はあの戦いで誰よりもよくやってくれていた。そんなお前に罰を与えるなんて有り得ない。……そもそもあの戦いで一番悪かった奴を俺は俺だと思っているんだ。だからこの会話を続けると、俺が悪かった。いいえ、私が悪かった。いいや、俺が。いいえ、私が……と、延々と言い合うことになる。そんな無駄なことに時間を使う気か? まあ、それでお前の気が晴れるなら、半日ぐらいは付き合っても良いが、どうする?」

『そ、それは……』

「そうだ、そんな時間は必要ないな。だから、この話はもう終わりだ。それにな、シオン。これはアイリスにも言ったんだが、サンは絶対に直るから誰も責任を感じる必要は無いんだ」

『……しかし、トキヤ様……』

 そして、罰を与える気は毛頭無いと言ってもまだ納得していない様子のシオンを見たトキヤは。

「……そうだな、どうしても罰が欲しいというのなら……。シオン、俺がそっちに帰ったら、――――またあの食事を作ってくれるか?」

 自分とシオンのために、形だけの罰を与えることにした。

『……食事、ですか?』

「ああ。ほら、基地を脱出した後、俺達に食事を作ってくれただろ。あの時の料理、覚えているよな?」

『は、はい。もちろん覚えていますが……』

「あれをまた作って欲しいんだ。実はこっちで食事をする時にお前のことを思い出して、あの時と殆ど同じメニューを食べてみたんだが、ハッキリ言って――――お前が作ってくれた方がおいしかったんだ」

『……え? 私の料理の方が、おいしかった……?』

「ああ、だから、また作って欲しい。俺はお前の作った料理が食べたいんだ。あの三品を作るのは結構手間が掛かるだろうから、罰として丁度良いと思うんだが……」

 どうだろうか? と、全く想像もしていなかったことを罰として提案されたシオンは、暫くの間、呆然としていたが。 

『……トキヤ様。それは決して罰ではありません』

 我に返ったシオンは凛とした口調でその提案は罰ではないと否定したが、すぐに表情を和らげ。

『ですが、それで少しでもトキヤ様の心が満たされるのならば、サンが戻ってきた時、サンも喜んでくれると思います。ですからトキヤ様。その優しき罰、ありがたく受けさせて頂きます』

 トキヤ様が国に戻ってきたら、誠心誠意作らせて頂きます。と、微笑みながらシオンはその優しき罰を受けることを誓った。

「そうか、楽しみにしてるぞ。……さて、俺が聞きたいことは、大体もう聞き終わったが、シオンは何か俺に聞きたいことはあるか?」

『あ、はい。実はその、通信を始めたときから気になっていたのですが、映像の端に少しだけ見えている――――』

 そして、トキヤの位置認識が甘く、ジャスパーのプラモデルここにあってはいけないものの一部が映像に映っており、トキヤの返答次第で、修羅場が始まろうとしたその時。


「トキヤくーん。そろそろご飯に行こー?」


 ノックと共に扉の外からアイリスの声が聞こえ、それが修羅場を回避する救いの声であることに気づいていないトキヤがシオンとアイリス、どちらを優先すべきかと悩んでいると。

『トキヤ様、行ってください』

 シオンが笑顔でトキヤに食事に行くように勧めた。

「……いいのか?」

『はい。トキヤ様のお顔を見ながらこうして会話をすることができ、アイリス様の元気な声が聞こえた時点で、私の知りたいことや心配事は殆ど解消されています。ただ……』

「ただ……?」 

『……トキヤ様。バルの様子はどうでしょうか?』

「……まだ本調子とは言い難い。だが、こっちに来てから少しずつ元気になっているように見える」

『そうですか……』

 トキヤ様がそう仰るのであれば間違いないですね。と、バルが少しずつ元気になっていることを知り、安心したシオンは胸に手を当て軽く目を瞑った。

『トキヤ様、これで本当に心配事はなくなりました。ですから、どうぞご夕食に行ってください』

「ああ、じゃあそうするが……、なんか悪いな、中途半端な感じになって」

『いいえ、そんなことはありません。……それではトキヤ様、よい時間を』

「……ああ、それじゃあまたな、シオン」

 そして、別れの挨拶をし、シオンとの通信を終わらせたトキヤはアイリスの呼び掛けにすぐに行くと返事をしてから部屋を出る準備を始めた。

 ……しかし、会話の流れとはいえ、こんなに早くシオンに料理を作って貰う約束ができるとはな。フードコートで食べたのも、うまかったことはうまかったんだが、シオンが作ってくれたものの方が俺に合ってる感じがしたんだよな。

 そして、準備をしている間にトキヤはショッピングモールのフードコートでした食事について考え、イオン達と遊び歩いている最中もここにシオンがいたのなら、というようなことを時々夢想していたことを思い出し――――


「――――」

 

 トキヤはその自身の思考に言葉を失った。


「な……」

  

 そう、トキヤは今更ながらに気づいたのだ。自分があのショッピングモールに一緒に行った思い出がある死んだアヤメ最愛のJDのことよりも、――――シオンのことをよく考えていたということに。

 その事実に気づいたトキヤは。

 

「……俺、は……」

 

 アイリスに名前を呼ばれ続けても、それから暫くの間、その場から動けなかった。

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