第86話

「――――敵JDの撃破。もしくは敵JDをこれから一時間、この基地に侵入させないことが、今回の作戦目標になるね」

 と、ブリーフィングを開始してすぐにライズは、今回の戦闘の勝利条件を語った。

 敵JDが接近中の今、ブリーフィングにあまり時間を掛けられないことをシオン、バル、サンの三人はちゃんと理解しており、時間の掛かる質疑応答は可能な限り避けたいと思っていたが……。

「……敵JDを撃破すれば勝ち、というのは、もちろんわかります。けど、基地に一時間だけ侵入させないことが勝利に結びつく理由がわかりませんね。何か根拠があるんですか?」

 最初からライズがよくわからない勝利条件を口にしたため、バルがその事について疑問を投げかけると、ライズはすぐに説明を始めた。

「接近中の敵JDがブルーレースによく似た機体であることは全員把握しているね? もし、あの敵JDがブルーレースと同じ速さで動けるのならば、今からトキヤ氏達を脱出させても、間違いなく追いつかれる。だから、トキヤ氏達には基地に籠城して貰って、援軍を待つべきだと我が身は判断したんだ。その援軍の到着までが約一時間という話だね」

「援軍。それはさっき技術屋さんが特殊仕様のJD達にさせた救援要請で来てくれる仲間のことですか?」

「いや、違うよ。ああいった正規の方法では援軍の到着まで半日は掛かる。色々と確認事項が多い軍本部への救援要請は緊急時には適さないんだよね。だから我が身はブリーフィングの準備をしながら、この国一番の兵器開発者と連絡を取って、彼女個人の所有物を援軍として送って貰う約束を取り付けたんだ」

「……個人の所有物?」

「そう、彼女が所有する三体の戦闘用JDが援軍で来るということになったんだ」

「ああ、その人達の到着まで一時間掛かるということですか。そして、その人達の到着を勝利条件にするぐらいなんですから、その三人はブルーレースもどきを簡単に倒せるほどの実力を持っているということですね」

「いや、違うよ。性能が未知数なあの敵JDを確実に倒せると断言できるJDを我が身は知らない。援軍で来るその三体は敵の足止めを得意としていてね。敵の破壊に拘らなければ、例えブルーレースが相手でも数十分は釘付けにできる力を持っている。だから、その三体が到着次第、本格的に敵JDを足止めして貰い、その間に、トキヤ氏達、人間を基地から逃がす」

「……」

 それが最低ラインの勝利条件だね。と、何の迷いもなく語るライズの表情を見て、バルはライズの考えを正確に理解した。 

 敵の破壊と人間の生存がライズに取っての勝利であり、JDの安否は二の次三の次、極論を言ってしまえば、――――どうでも良いのだと。

 そんなJDを軽視したライズの考えをバルは心から否定――――することはなかった。

 幾ら人の真似事が上手くとも、JDは所詮、機械。そんなモノよりも目標の破壊と人命を優先するという考えはライズ特有の考えというよりも、この国の人間の一般的な考えであったからだ。だから、この国の首都に居たライズがそういった考えに染まるのは当然のことであるし、バル自身、その考えが完全な間違いであるとは思えなかったのだ。

 けれども。

 ……ここに技術屋さんがいたら、顔を真っ赤にして怒ってるでしょうねー。

 今のライズの話を聞いたら、人格データが身体に入っている自分達だけではなく、ライズのことも思って本気で怒鳴り散らすであろうトキヤの行動を想像し、バルは戦いが終わった後、トキヤとライズが言い争う光景を皆で見られることを願いながら、ライズの話を聞き続けた。

「……さっきよりも敵JDの動きが速くなったか。うん、思ったよりも時間がなさそうだから、もう少ししたらここを発とう。詳しい戦術は移動しながら通信で説明することにするよ。ただ、その前に、話しておかなくてはいけないことが幾つかあるんだ。まず、我が身の残っている身体はこの身体以外、最前線には持っていかない。今回は既にディフューザーが確認されているから、起動していない身体を戦場で放置したら、戦闘のついでに破壊されることが目に見えているからね。残りの身体は基地周辺に配置し、もっと有効に使う。それと今ここにいないカロンはアイリス氏の護衛と基地の……」

 そして、ライズはそれから幾つか重要な話をした後、シオン、バル、サンを引き連れ、司令室を後にした。

 

 

 ライズ達が司令室でのブリーフィングを終えてから、約十分後。

「……これで、何とかなる、か?」

 基地内にある小さな倉庫の中からトキヤが周りの様子をこそこそと窺いながら姿を現した。

「……後はこの事が軍にバレないことを祈るだけだな。未使用とはいえ支給デバイスを使った時点で秘匿通信だけでは心許ない気もするが、発信地も誤魔化したし、たぶん、大丈夫だろう。それにリスクに見合った成果もあった。これなら……」

 そして、倉庫から出てきたトキヤが小声で何かを呟きながら倉庫内のカメラやセンサーのメンテナンスモードを解除し、システムの設定をし直していると。

「あ、トキヤくん! こんなところにいた!」

「――――!」

 背後から大声で声を掛けられたトキヤは、まるで悪いことをしていたところを見つかった子供のように激しく動揺し、その手に持っていたモノを床に落とした。

「もう、探したんだよ!? 連絡しても出ないし、なんでこんな場所に――――」

 そして、トキヤに声を掛けた人物であるアイリスがスポーツドリンクを飲みながらトキヤに近づき。

「……え? ……それ、トキヤくんのデバイス?」

 アイリスは床に転がる粉々に砕けたデバイスを見て、驚きの声を上げた。

「あ、いや、これは予備のデバイスで、俺のじゃない。倉庫内でついうっかり何度も何度も踏んでしまって壊れたんだ。後で砂漠に埋めようと思っている」

「……何で砂漠に埋めるの? ――――って、今はそんなことはどうでもよくて……!」

「ああ、わかってる、鋼の獅子のメンテだな。これからすぐに取り掛かろう。だが、どんなに早くても二、三十分は……」

「あ、それはもう大丈夫。カロンちゃんがレタさんを呼んでくれて、今、やってくれてるから。二、三分で終わるみたい」

「レタさんがメンテを……? ……というか、あんな複雑な駆動系の整備を二、三分でやるって、あの人は魔法使いか何かか……?」

 有能が過ぎますよ、レタさん。と、思わぬ伏兵が出現し、アイリスが戦場に行けるようになるまでの時間が一気に短縮されたことに、トキヤが頭を抱えていると。

「それよりもトキヤくん。何で達を先に出撃させたの? レタさんから聞いたけど、敵はまたディフューザーを使える奴なんでしょ? 全員で行かないと危ないんじゃないの?」

 アイリスは、トキヤが決して無視することの出来ない事実を語った。 

「……待て、今、何て言ったアイリス」

「え? だから、シオンちゃん達を何で先に出撃……」

「――――そんな命令、俺は出していない。……ライズには出撃するように頼んだが、シオン達は司令室で待機している筈だ。アイリス、お前は司令室には行ったのか?」

「う、うん。トキヤくんがいると思ってたから最初に行ったよ。その時に特殊仕様のJDの子から、ここにいた戦闘用JDはしたって聞いて……」

「――――」

 そのアイリスの言葉を聞き、トキヤは、血の気が引き、その場に倒れそうになったが。

「……っ!」

「って、トキヤくん……!?」

 歯を食いしばり、足を一歩前に出して何とか堪えたトキヤは、司令室に向かうため、そのまま走り出した。

 

 そして、司令室に着いたトキヤはその場所で。

 

「――――」

  

 熱砂の戦場で繰り広げられた戦いを、始まりから、太陽が沈むその時まで、目を逸らすことなく見続けた。

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