第77話

 何処までも広がる大空に星々が輝き始めた、そんな時間帯に。

「……やっと、終わった……」

 司令室の扉が開き、そこから疲れた顔をしたトキヤが出てきた。

 最強のJD、ブルーレースの襲撃という想定外の事態を何とか乗り越えたトキヤは、今の自分達の基地に着くなり、司令室に向かった。

 そして、トキヤは通信で自分に会談に行くようにと命じたグリージョにその会談で得た情報を語った。

 最初はそのトキヤの報告をグリージョが一人で聞いていたが、反政府の創始者が既に死亡している。現在の反政府のトップが異邦人で、しかも子供である。など、真実であるのならば重要すぎる情報をトキヤが語ると、グリージョは頭を抱えながら、この情報を共有したい方達がいると言い出し、通信に他の人間を招待し始め、最終的には五人の軍上層部の人間にトキヤは会談の内容を話すことになった。

 そして、トキヤが話すべきことを話し終えた後、上層部の人間達が今後の対策について話し合いを始めたが、精査が必要な情報が多く、すぐに結論を出すことはできないと、結局は何も決められず、意味の無い討論をしただけで終わった。

「……というか、今後の対策について話し合ってた時間なんて、二十分も無かったよな……? 殆どの時間、女や酒、後、よくわからない自慢話ばかりしてたが……、あれ、何か意味がある会話だったのか……? 俺にはお偉いさんの考えがわからん……」

 そんな上層部の無駄話をたっぷり二時間も聞かされ続けたトキヤは、愚痴を零しながら狭い通路を歩き。

「それに、俺の要求も通らなかったしな……」

 トキヤは自分が会談に行った目的を果たせなかったことを嘆いた。

 トキヤが持ち帰った情報は有用なものが多かったが、停戦や休戦という明確な成果を出せなかったため、身体に人格データを入れているJD達を統合知能ライリスに納れることと、鋼の獅子の改造を首都の工廠でやらせてもらいたいというトキヤの要求は通らず、トキヤ達はそのまま別命あるまで基地で待機することになった。その事をトキヤは少なからず不満に思ったが。

「……しかし、これに関しては、俺が悪いか」

 ユイセが和平交渉をする気が無かったとはいえ、結果を出せなかった自分が悪い。と、トキヤは誰かに責任転嫁をすることなく、人格データを身体に入れたままのシオン達に申し訳ないと思いながら、自室の扉を開け。

 

「――――あ、お疲れさまです、技術屋さん」

 

 特に何をするでもなく、椅子に座ってボンヤリしていたバルの姿を見てトキヤは驚き、足を止めた。

「……? どうかしましたか、技術屋さん」

「……いや、部屋にいるとしたらサンかアイリスだと思ってたから、少し驚いただけだ」

「ああ、サンとアイリスならちょっと前まではいましたよ。アイリスがトレーニングをするって出て行ったら、サンもついていきました」

 ほんと、仲良くなりましたよねー、あの二人。と、サンとアイリスが不在である理由を語ったバルはゆっくりと椅子から立ち上がり、トキヤに自分が座っていた椅子に座るように促してから、部屋の奥へと足を進めた。

「さて、それでは優秀有能なJDらしく、お疲れの技術屋さんに何かお飲み物でもお出しするとしましょうか。そうですね……、技術屋さんの大好きなフルーツ牛乳は配給所に行かないと無いですし、そもそもシオンの専売特許を奪いたくはありませんから……、技術屋さん、たまにはコーヒーなんてどうです?」

「ん、そうだな。貰おうか」

「砂糖は大量に?」

「大量に」

 わかりましたー。と、トキヤのオーダーを受け、コーヒーを淹れる準備をするバルの後ろ姿を眺めていたトキヤが椅子に座って一息つくと、バルが再びトキヤに話し掛けてきた。 

「それで、どうでしたか、技術屋さん。上層部の方とのトークは?」

「……あまり、よくはなかったな。俺の要求は通らなかったし、上層部が警戒していることが俺とは全然違っていて、それが気になった」

「警戒していること、ですか」

「ああ、グリージョに報告している最中にユイセの親が極東の島国で議員をやっていることがわかってな。お偉いさん達は、反政府のトップがあの国の議員の子供ってところに強い引っ掛かりを覚えたみたいなんだ。あの国に責任を取らせるべきだとか、ユイセはあの国との関係を悪化させるためのデコイだとか熱く議論をされていたよ。……二十分ぐらいな」

「二十分。二時間の話し合いのうちの二十分だけで熱い議論となると……、残りの時間は何をされてたんです?」

「…………」

「はい、その技術屋さんの深い沈黙で何となく察したので、説明は結構でーす。別の話、別の話をしましょう。えーっと、技術屋さんは上層部の方達とは違うことを警戒しているんですよね? 技術屋さんは何を警戒しているんですか?」

「もちろん、ブルーレースの強さだ。そして、お偉いさん達がブルーレースに関心を示さなかったことが俺は気になった。ブルーレースは最強のJDとして知れ渡っているフィクスベゼルを超える強さを持っている可能性があるって何度も説明したんだが、一個体が幾ら強力でも、それで戦争の勝敗が決まるわけがない、と言われてな。……そういえば、前にディフューザーの報告が無視されたが……、まさか、あれは危険だからではなく、どうでもいいと思われたからなのか……?」

「あー……、上の方々って半分政治家みたいなものなんでしょうから、そういう話って伝わりにくいのかもしれませんねー。それとは少し話が違いますけど、バルもさっきサンとアイリスに、ブルーレースの性能がよくわからないから、参考にフィクスベゼルの性能を教えて欲しいと言われたので簡単に説明したんですけど、うまく伝わらなかったんですよねー」

「そうなのか。どう説明したんだ?」

「フィクスベゼルは――――、一体だけ違うカラーリングをした機体のような強さというよりも、特殊なアンテナが付いている機体のような強さです! ……と、話しましたねー」

「……成る程。それでは二人には伝わらないな」

 俺は理解できるがな。と、頷くトキヤを見て、その手にコーヒーを持ったバルは少し驚いた表情を浮かべながらトキヤに近づいた。

「怒らないんですね、技術屋さん。もう少し真面目に話してやれ、と言われると思ってました。はい、コーヒーです。熱いですよ」

「おう、ありがとう。……フィクスベゼルは謎の多いJDだからな。その姿と、ディフューザーを扱えてとんでもなく強いってこと以外は何もわかっていないようなものだ」

 だから、その例えもあながち間違いではないんだ。と、呟いたトキヤはバルから手渡されたコーヒーに口を付け。

「……」

 ……温かくて、甘いな。

 バルが淹れてくれたコーヒーを味わった。

「……」

 そして、その冷たくも辛くもない、美味しいコーヒーを飲んだトキヤは。

 ……やっぱり、何か重要な話があるのか、バル。

 そんなことを考えた。

 部屋に入ったときからバルの雰囲気で、ある程度のことは察していたトキヤだったが、この絶好のチャンスにバルが悪戯を仕掛けてこなかったことで、バルが大事な話をするためにこの部屋で待っていたということを確信したトキヤは、バルがその話を切り出すのを待つことにした。

「……えーっと、技術屋さんは、これから何かやることがあったりします?」

「そうだな、急用が入らなければ、ライズから提供して貰ったブルーレースとの戦闘映像を見ようと思っている。ブルーレースの性能の究明はレタさんが引き受けてくれたが、何もしないってわけにはいかないからな」

「あー、ブルーレースの……。……そういえばバル達、結局、この基地に戻って来ちゃいましたけど、他の基地に匿って貰った方がよかったんじゃないでしょうか?」

「襲われている最中ならともかく、襲われるかもしれない、ではよっぽどじゃなきゃ許可は下りない。それに、あの場でブルーレースがあっさり退いたことから考えると、俺やシオンを狙う優先度はそれほど高くはない筈だ」

「……それは、どうなんでしょうね。そうだと良いんですけど」

 そして、その後、幾つかのバルの質問に答えたトキヤだったが、それらがバルが本当に話したいことであるとは思えず、コーヒーを飲みながらバルが重要な話をするのを待ち続けたが……。

「……」

「……」

 それからバルがまったく喋らなくなり、二人の間に長い沈黙が流れたため、こちらから聞くべきだろうか? と、トキヤが悩み始めた、その時。

「……あの、そのですね、技術屋さん」

 緊張に手を震わせながらも、覚悟を決めたバルは、真っ直ぐにトキヤを見つめ。

 

「どうか、バルに、技術屋さんの――――一晩をください」

 

 強い想いの籠もった言葉を口にした。

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