第49話

 ジャスパーに破壊された部位を修理、補強したことにより前よりも更に継ぎ接ぎが目立つようになった鋼の獅子のすぐ側で、獅子の主が頭を抱え込んでいた。

 明るい赤色の髪に透き通った青い瞳を持つ少女は、それこそ人形のように美しかったが、JDとは違い、その額にはじんわりと汗が浮かんでいた。

 そう、何を隠そう彼女はJDではなくトキヤと同じ人間である。

 もっとも、毒薬によって記憶が無くなるだけではなく生命維持ができないほどに脳が破壊され、長い間仮死状態で身体を冷凍保存されていたという、決して普通とはいえない過去を持つが。

「――――サンから大体の話は聞いた。今回の件はサンもアイリスも悪くないから、そんな顔をしなくていいぞ」

 トキヤにとってそんなことはどうでもよく、トキヤは少女のことを数日前までは自分が愛したJD、アヤメの元となった人間であるという理由から大事にし、今は自分の娘のような存在として考え、少女、アイリスを見守っていた。

「……ほんと?」

「ああ、これは中身どころか、何に物資を入れて送って来るのかも言わなかった首都にいる担当者の不手際だ」

 後でしっかり文句を言っておく。と、トキヤは兵站業務の担当者へのクレームの内容を軽く考えてから。

「しかし、これは、どういうことだ……?」

 アイリスの背後に置かれているに目を遣った。

 広大な砂漠の上に等間隔に並べられた百基の黒い棺。その現実味のない光景を見て、トキヤの判断力は僅かに鈍ってしまい。

「――――って、これ、軍の輸送ボックスか」

 それが棺でも何でもなく、軍でよく使われている輸送ボックスであることに気づくまで少し時間が掛かった。

「……確かこのサイズの輸送ボックスは、カーキ色で統一されてたはず。なんでわざわざ黒に塗装し直した上に、金の装飾までしてるんだ」

 少し派手な棺にしか見えないぞ、これ。と、トキヤは呟き、一番近くにあった黒に塗られた輸送ボックスをまじまじと見つめた。

「本当に棺の役割をしてる。なんてことは流石に無いだろうが、この灼熱の砂漠の上を輸送するってのに、わざわざ熱吸収の良い黒に塗装する理由がわからない。常時、温めなければいけない中身だったりするのか? まあ……」

 開ければわかるか。と、箱の塗装や中身について別に推理する必要はないという当然の思考にトキヤは辿り着いたものの。

「アイリス。お前がここに着いた時のことを聞きたいんだが、いいか?」

 箱を開ける前に念のためトキヤは、アイリスに少し質問をすることにした。

「あ、うん。何でも聞いて」

「助かる。それでこれはサンが言ってたんだが、最初はこの輸送ボックス、浮いてそこら中を動き回っていたんだって?」

「浮いて動く……。えっと、それはちょっと違うかも? 黒い箱は確かにちょっと砂の上から浮いてはいたけど、最初は動いていなかったはずだよ」

「……なるほど。ホバリングをしてただけか」

 初手から報告と違うぞサン……。と、トキヤはサンの口頭説明の不確かさに頭を痛めながらもアイリスへ質問を続けた。

「しかし、今は全ての輸送ボックスがホバリングをやめ、砂漠の上に降りているな。その理由はわかるか?」

「うん……、それがわたしのせいかなーって悩んでいたことなんだ。ここに着いた時、結構箱の量が多くて、鋼の獅子あの子に付けてきたコンテナだけじゃ運べないかもってわたしが悩んでたとき、サンちゃんが浮いてる箱の上に乗ったら、それが動き出して、その動きにつられるように他の箱も全部動いて、この辺りをぐるぐる回りはじめたの。サンちゃん、すごく楽しそうだったから、わたしも箱の上に乗ってみたくなって、あの子から降りて近づいたら……」

「輸送ボックスが一気に動かなくなって、砂漠の上に落ちたと」

 うん……。と、申し訳なさそうに頭を下げるアイリスに、だからお前のせいじゃないと励ましてからトキヤは一番近くにあった輸送ボックスに手を伸ばした。

「おそらく、人間を感知して停止したんだろう。この輸送ボックスにはそういう機能がある。アイリス、この輸送ボックスの、特にこの辺りの部分を触ってはいないよな?」

「う、うん。触ってないよ。直そうとして余計におかしくなったら大変だから、こういうのに詳しいトキヤくん達が来るのを待とうと思って」 

「そうか、それは良い判断だったぞ。アイリスはまだ軍に人間としては登録していないからな」

 ロックを解除しようとしてたら、少し面倒なことになっていたかもしれない。と、呟いてからトキヤは輸送ボックスの横に取り付けられている認証システムに目を遣り。

 ……生体認証のみ、か。となると、本当に大したことがない物か、奪われたとしてもと信頼されているモノってところか。

 結局、輸送ボックスの中身を推理しながらトキヤは。

「――――」

 金の装飾が施されている認証システムに中指を押し当てた。

 すると、すぐにその認証システムに緑色の光が点り、自動的に箱が開き始めた。

「……」

 ……さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 そして、トキヤが箱のすぐ側で待機していると、好奇心に駆られたのか、アイリスがとことこと近づいてきてトキヤの横に立ち。

「――――」

「――――」

 二人は開いた箱の中身を見て、言葉を失った。

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