第23話

「――――」 

 先頭を往くアイリスがそれに気付かないのは仕方のない話だった。

 何故なら、アイリスが敵として警戒していたのはJDのみ。それ以外の敵が存在しているなんて、彼女は夢にも思っていないのだから。

 トキヤが気付いたのは、偶然と、それに関する知識があったからだ。

「――――」

 そして、トキヤは勢いよく空を見上げ、それを視認した。

 満月を背に、それは、空中にふわふわと浮いていた。

 それは、小型のドローンだった。

 この時代、一般的な輸送用ドローンの最大積載量は100㎏を優に超える。

 そのため、輸送用ドローンに適当な機関銃を搭載するだけで、簡単に攻撃用ドローンができあがるのだが、JDが主戦力の戦場で、攻撃用ドローンの姿はまず見られない。その理由は、ドローンの攻撃がJDには有効打になりにくいからだ。

 銃弾が一発でも当たれば無力化できる人間と違い、輸送用ドローンに搭載できる機関銃の弾ではJDに致命的な打撃はまず与えることができず、逆に破壊されるだけなので、JDだらけの戦場では基本的に使われない兵器なのだ。

 それに輸送用ドローンを一機作るのと同じコストを掛ければ、ダーティネイキッドレベルのJDを三体は作れるため、普通の軍隊はドローンよりも、JDの製造に力を注いでいる。

 だが、攻撃用ドローンが全く存在しない、というわけではない。

 珍しくても、それは確かに存在し。

「――――」 

 そうとしか思えないモノが今、トキヤ達の頭上に浮いているのだ。

 そして、トキヤが小型ドローンに気がついたのとほぼ同じタイミングで、小型ドローンが少しだけ動き、トキヤ達に何かを向けた。

 それがカメラのレンズなのか銃口なのかはトキヤにはわからなかったが、一刻の猶予もないということだけはわかっていた。

 次に小型ドローンが動く前にトキヤが取れる行動は一つだけ。手に持つ銃でドローンを攻撃するか、肉の壁となりアイリスを守るか、そのどちらかだけである。

 そして、トキヤは。

 ……ドローンが真上にいなくて助かった。この距離なら、――――俺が無理なく射線上に割り込める。

 悩むことなく自らが肉の壁になることを選択した。

「……!」

トキヤはアイリスのすぐ後ろを走ることで、ドローンの射線上からアイリスを消した。

 ……俺には無理だが、アイリスの射撃センスなら、まあ、ドローンぐらい一発で破壊できるだろう。

 そしてトキヤは自分の身体を銃弾が貫通し、アイリスに当たらないことを願いながら、最期の時を待った。

 ……ここで、終わりか。

 トキヤはこの瞬間を持って自分の命は尽きるのだと確信していた。


 ゴゥ、というガスが燃えるような音が耳に飛び込んでくるまでは。


「――――」

 この音は、と、トキヤが思った瞬間に、それは現れた。

 紫に輝く槍のような物体が遙か遠くの空中に現れたと思うと、その槍は雷のような速度で一気にドローンへと接近し、そのままドローンを真横から貫いた。

 そして、紫の槍に貫かれても滞空し続けるそのドローンにトドメを刺さんと基地の中から現れた銀の髪を持つ少女が空飛ぶドローンよりも高く跳躍し。

「――――!!」

 ドローンの真上から鉄拳を叩き込み、その衝撃で地上に墜ちたドローンはそのまま機能を停止した。

「……」

 そして、音も立てずに地面に着地したその少女の姿を、トキヤは呆然と見つめ続けていた。

「……シ」

 そう、トキヤは知っている。

 月光よりも美しい銀色の髪を靡かせ、宝石のような紫の瞳を闇夜に輝かすその少女の名を。

「シオン……!!」

 彼女の名は、ペルフェクシオン。トキヤがこの基地の中で一番の信頼を置く、トップクラスの性能を誇るJudgmentDollである。

「……」

 シオンは、ほんの少しの間だけ破壊したドローンを見つめていたが、すぐに自分に近づいてくるトキヤの方へ身体を向け、ゆっくりと頭を下げた。

「トキヤ様、ご無事のようで何よりです。合流が遅れてしまい、申し訳ありませんでした」

「……合流だの、遅れたとかそんなことはどうでもいい。お前が無事で本当に良かった……。……けど、どうしてお前は大丈夫だったんだ?」

「それは……」

「――――シオンちゃんー!」

 そして、トキヤが基地中のJDが機能を停止しているのに、シオンだけが動けていることについて質問をしていると、アイリスが満面の笑みを浮かべて、シオンに抱きついた。

「よかった、無事だったんだね!」

「ええ、アイリスも無事のようで良かったです。この窮地にトキヤ様を守り続けてくれていたようですね。ありがとうございます。それに、レタ様もご無事で……」

 シオンは自分に抱きついてきた自称JDのアイリスをJDとして褒め、レタに頭を下げてから、トキヤに視線を戻した。

「トキヤ様、申し訳ありませんが、先程の質問の答えは少し、落ち着いてからで良いでしょうか。今はそれ以上に優先度の高い、お伝えしなければならない情報が二つあるのです」

 そして、シオンは自分が無事だった理由よりも重要な話があると語り、トキヤがそのシオンの判断を信じ、軽く頷いてシオンにその重要な話をするように促すと、シオンは、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。それではまず、一つ目なのですが……、トキヤ様、それにレタ様もこちらに来て、私が破壊しきれなかった、この小型飛行物体を見て貰えますでしょうか?」

「……何?」

 そして、そのシオンの話を聞き、トキヤは反射的にシオンの足元に転がり、沈黙している小型ドローンに視線を向けた。

「……そのドローン、まだ壊れていないのか?」

「はい。脆い外部燃料タンクの破壊はできましたので、今は動くことはありませんが、燃料さえあれば、再び動き出す可能性があります」

 なんだそれ。と、トキヤは困惑した。シオンの武装の直撃を受けて土手っ腹に風穴を開け、その上、全力のシオンの拳を叩き込まれるという、普通のJD、否、エース級のJDでさえ、完全粉砕コースの攻撃を受けて壊れないドローンってなんだ。と、トキヤはもちろん、レタでさえ、意味がわからないと頭に疑問符を浮かべながら、丸まったアルマジロのようなデザインをした小型の飛行物体を調べ始め。

「……」

「……」

 三十秒も経たないうちに、トキヤとレタの表情は極めて険しいものへと変貌した。

「……カメラと燃料タンク、それに長時間の滞空を可能にするパーツが外付けされてはいるが、これは十中八九……」

「100%よ、羽野君。これはドローンじゃない。しかも、使い手の特性に合わせた特注品ね。そんな代物を空撮ドローン代わりに使うとか、ちょっと豪気すぎるわ」

 と、JDに限らず様々な武装に詳しいレタが断言したため、トキヤは観念するように。

「……ディフューザー」

 その特殊武装の名を呟いた。

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