第3話

「おーい、バルー! なんでもいいから武器、武器ちょうだーいー!」

 そして、後ろを向いたツインテールの少女が目にしたのは、右手を大きく振りながら近づいてくる一人の少女の姿だった。

 金髪のショートカットに碧の瞳を持つスレンダーな体型のその少女は、灼熱の砂漠の中であっても元気よく右手を振っているように見えた。

 だが、その少女をよく観察すると、右肩と同じように左肩もあがっていたため、金髪の少女は右手だけでなく、両手で手を振っているつもりなのだということがわかった。けれども、その少女の姿を見て両手を振っていると認識することは不可能だった。

 何故なら、金髪の少女の左腕は――――二の腕を半分程残し、消失していたからだ。

 残っている半分程の二の腕は赤熱し、煙が出ていることから左腕を失ったのは金髪の少女が姿を現す直前のことと思われた。

 だが、金髪の少女は数分前に左腕を失ったばかりだというのに、その事に気付いていないかのように、残された左の二の腕を上げ、右手と同じようにぶんぶんと力強く振っていた。

 その光景を普通の人間ならば異常と捉えるだろう。だが、ツインテールの少女は。

「サン。その左腕は?」

 友人の髪にゴミが付いていることを見つけたぐらいの気軽さで、金髪の少女、サンに語りかけた。

「あー、これはえっとねえ、さっきまで普通のJD何体かと戦ってたんだけど、そいつらを全部倒した後、急に十体ぐらい鉛色のブリキのおもちゃみたいな連中が現れて、……そういえばあいつらの名前って何て言うんだろう?」

 はてな? と、サンは左腕を失った説明をしている最中に、自分が相手にした敵の正体について疑問に思い、首を捻った。

 そして。

「――――」

 ほんの一瞬だけ、サンの碧の瞳に異質な光が奔り。

「へー、ダーティネイキッドっていうんだ」

 サンは唐突に戦った相手の正体を把握したと語った。だが、それは思い出したのではなく、今、知った。というような不思議な呟きだったが、ツインテールの少女は特に気にする様子もなく、サンの話を黙って聞いていた。

「それで、そのダーティネイキッドを十体一気に倒そうと思って大立ち回りしていたら、その中に爆薬が詰め込まれている個体があることに気付かなくって、ちょっと回避遅れちゃった」

 失敗しちゃった。と、サンは少し気まずげに頭を掻いた。

 そして、おおよその事情を理解したツインテールの少女はサンに近づき、破損している二の腕と、自身の肩パーツと同じサンの球体関節に手を触れた。

「そうですね……、左肩の関節も歪んでしまっているから、関節の交換も必要でしょうけど、胴体部分までは損傷してませんし、これなら簡単な修理で済みそうですね」

「……そう? 装甲爪も持っていかれちゃったから、人間の技師さん達に申し訳ないなーって思ってたんだけど……胴体弄んないでいいのなら軽傷ってことだよねっ!?」

 よし、やる気が出てきたー。と、碧の瞳に気合いを滲ませたサンはツインテールの少女に向けて、駄賃をねだる子供のように勢いよく右手を差し出した。

「……この手は?」

「え、さっきからずっと言ってたでしょ? バル、武器頂戴! って」

 ああ、そういえば。と、ツインテールの少女バルは、サンが武器を求めていたことを思い出した。

「今日は大規模な戦闘にはならないという予測でしたから、いつも以上に軽装なんですよねー」

 ですから、このぐらいしか持ってません。とバルは手に持つバールのようなものを砂漠に突き刺してから、自分の腰の後ろに折りたたんで下げていた自動小銃を展開し、サンに手渡した。

「はい、どうぞ。ひどい技術屋さんが念のためにとワイングラスよりも重いものを持てない、このか弱いバルに持たせた重たーい武装です」

「あー、そういえばトキヤ、バルの武器の有用性、未だにすっごく疑ってるよね」

「ええ。軽くて使いやすい良い武器なのに、あの人ったら『バールのようなもので戦うってお前……。コンビニ襲うんじゃないんだぞ』って、何度も言ってきて……。ほんと変な固定概念に囚われてて困ります」

「コンビニ? ――――へー、トキヤの生まれた地域にあったお店屋さんかあ。売ってる物的にサン達が襲撃することはなさそうだね」

 そして、サンはバルと雑談をしながら、手渡された自動小銃の調子を確かめるように、そのトリガーを引き。

「――――うん、良い感じ。流石トキヤが調整した銃だ」

 放たれた銃弾は、遙か遠くに見える鈍色の軍団に吸い込まれ、一体のダーティネイキッドの胴体部分を撃ち抜いた。

「サン、あまり日の本生まれの男に、流石です! とても真似できない! 世界一の実力者だ! みたいな讃辞はしない方がいいですよ。あの国の男はかれこれ数世紀、チートや俺TUEEEといったような、どんな面でもいいから他者よりも優れているという証左を欲し続け、二次元幻想にまで行ってしまうような連中ですから現実で自分がチートの片鱗を見せているという事実に気付いたら、あの人はきっと何処までも調子に乗って、最終的には絶対身を滅ぼします」

「……? よくわからないけど、わかったような気がする! バルって一緒のライリスの中でも一番の博識だよね。シオンですら持っていない情報まで持ってるなんて凄いよ!」

「……まあ、そうですね。このバルは皆の中で唯一の中古ですから、色々と経験してるんです」

「へー、中古って凄いんだね! それでさ、バル。爪と左腕無くなっちゃったから簡単な戦闘だけど、ツーマンセルで行動して良い?」

「ええ、もちろん。ただ今日はサンも損傷してますし、いつもと逆のポジションで行きましょう」

「うん、サンがバルのことフォローするね! ……それでどうする? このままダーティネイキッドの部隊を叩く? それともあの大きな岩の向こう側で戦ってるカロンの援護に向かう? あっち側、こっちと違ってちょっと厄介な敵がいるみたいだよね?」

「そうですねー……、戦闘の開始時にカロンは、任せて、と言ってました。ですから、要請も無いのに支援に行ったらカロンに悪い気がするので、こちらに迫ってきている連中を優先して――――」

 と、バルが迫り来る鈍色の軍団を視界に入れながら、これからの行動について話している最中にバルの瞳に異質な光が奔り、バルは成る程、と呟いてから、肩の力を抜いた。

「……ふう。色々考えてましたが、サン、今日のお仕事は終了です。どうやら、アレが来るみたいですから」

「アレ?」

「ええ、ようやく技術屋さんお気に入りの――――獅子が到着したみたいです」

 そして、バルの言葉が終わると同時に。


『――――ルウウゥゥアア!!』


 獣の咆哮が広い砂漠の上に響き渡った。

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