-第二部- -第一章- 伊藤太郎丸

第101話  死んでも天正、生まれても天正

1576年 天正四年 正月 棚倉


 なんだろうな。

 春の日差しってやつが正月にも感じられたのかな?

 暖かい光ってのも良いもんだ……これで、俺も死ぬのか……。


 前世ではトラック一発だったから、そんなには苦しく無かったけど、二回目は毒だもんな……。

 しかも二回もかよ……。


 一回目の毒の時は何とか生還出来たんだよな。


 前世の医学みたいにスパッと回復したわけじゃなかったけど、じわじわと身体に力が戻ってるのを感じれた矢先に……ですか……。二回目の毒はアレだな、直前に飲んだあの丸薬だろ。


 ってか、それまでは粉末薬だったんだから、その違いに気付いても良かったよね。

 味もなんか変だったから吐き出しても良かったんだしさ。


 ……そう考えると、あの毒殺って結構残念な死に方だったんじゃないか?

 ……どうしよう。後世の歴史書で大いに笑い者扱いされてたら……。


 いや、……大丈夫だろう。伊藤家の優秀な家臣団なら、そのあたりは上手い事やってくれるだろうからな。期待してるよ!皆!


 けどまぁ、ここで思い出してみると、二回目のあの毒は相当辛かったよな。

 なんだろ?トリカブトとかフグ毒とかそういうやつなのかね?


 けど、その辺りだったら直ぐに死んでるか……。

 なんだかんだ、数ヶ月は生きてたわけだし……。


 ああ、トリカブトと言えば伊達政宗だてまさむねが母親の義姫に盛られたのってトリカブトだったっけか?う~ん、あの義が息子に毒を盛るとか、ちょっと考えつかないけどな~。

 そういえば、最後の最後で義の声が戻ったんだったっけ。

 良かった、良かった。五百年後の世界まで響き渡る美姫の「奥州の鬼姫様」に声が戻って良かったってもんだ……。


 そうだな、それで言えば政宗って伊達家に生まれるのかな?

 お市も竜丸と結ばれたわけだし……浅井の三姫とかね。

 う~ん?

 けど、それを言い出したら、信長のところは帰蝶が信忠生んだわけだけど、その下は産まれてないし?謎だな。


 そう考えると、肉体と魂って意外とリンクしているようでリンクしてないのかな?

 魂ってやつは別にあって肉体ってのは、本当に魂の器みたいなものとか?

 うん、ようわからん。

 それで言ったら、死んだはずの俺の意識がまだ微妙に残っているってのもおかしなもんだし……死後の世界?特に感じないしな……。

 ただただ、あったかいぬるま湯につかっているかのような感覚だよ。


 ふむ。

 ふむ?

 ふむむんっ?


 なんか、息苦しい?


 ぐぼっ。


 あ!やだ、止めてこの感じ!

 苦しいのはもう嫌なんですけど!!


 ぐっぐにゅっぼ!


 おいこら!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!


 苦しいって言ってるだろうが!!!


 いたっ!

 背中叩くんじゃねーよ!


 「おんぎゃー!おんぎゃー!」


 だから背中を!!

 いたた!今度は腹を引っ張るな!!


 「おんぎゃー!おんぎゃー!」


 って……ちょっと待とう。

 おんぎゃー、おんぎゃー言ってるのってもしかして俺???


天正四年 正月 棚倉 伊藤元清


 「惣領!生まれましたぞ!元気なおのこでございますぞ!」

 「なんと!男か!無事に生まれたか!!」

 「いや、これは目出度い。伊藤家は女系が強いですからな。……まずは元気な男子が産まれた事、お喜び申し上げます」

 「ありがとう。ありがとう。……義父上、景基殿、景広殿。……しかし、良いものなのであろうか」


 後半部は小声であったが、つい本音が漏れてしまった。


 私は産まれた時から勿来で、鎮守府大将軍様の養子として景基、景広の両コンスルと兄弟として育てられてきた。

 だが、所詮は養子。実父たる寅清は、私の産みの母、杏樹院を娶って伊藤家に婿入りした身。

 伊藤家の血の濃さという点では両コンスルとは全く同じだが……。


 また、父寅清は、その後に上様、元景様と祝言を挙げ、私も鎮守府大将軍様の養子から上様の実子扱いとなった。

 この時代の血族常識で見れば、確かに私は同世代で一番上の扱いとなるだろう。


 だが、どうなんだろうか。

 わたしには前世の記憶が戻ってしまったという事実がある。

 昭和に生まれ平成で死んだ七十五年の記憶。……五年前に急に植え付けられた前世の記憶。


 同じく、昭和と平成、そして令和だったか?新元号の記憶を持っておられた鎮守府大将軍様は、ことあるごとに「気にするな、お前はどうであれ伊藤家の男だ」と言ってくださった。

 確かに、私は伊藤家の男だ。……面白いことに、前世でも伊藤家の男であったし、まず間違いなく、今の伊藤家の子孫だった。


 「仁王丸よ!そのように殿などをつけて余所余所しいぞ!俺たちは同じ赤子部屋で寝小便を垂れ、母上や乳母の乳を飲み、糞をしてきた仲なのだ!中丸、一丸で良いわ!」

 「……汚いぞ、中丸。……それに、その頃の呼び名で言えば、こやつは俺達に様を付けるではないか。以前までのコンスル様よりは、まだ殿つけの方がましであろうさ」

 「違いないな、兄上!」

 「「あーははっは!!」」


 相変わらず、この二人は私を兄弟として扱ってくれる。

 事実、私たちは兄弟なのであろうが……なんとも有難い話だ。


 がらっ。


 私たちが控えている棚倉城の書斎、その部屋のふすまが少々乱暴に開けられた。


 「無事に生まれたみたいね。おめでとう元清。男どもは、これを食べたら風呂に直行!そして身綺麗にしたら真由美を褒めてあげるのよ?景貞叔父上もね」


 そういって、握り飯と……なんの肉であろうか?大ぶりの唐揚げを山盛りにした皿を大盆に乗せ、その盆を両手で持った母上、上様が見えられた。


 「……元よ……。……両手が塞がっているのはわかるが、ふすまを足で開けるな。お前も女であろうが……しかも、今では上様と呼ばれる身なのだぞ?」

 「って言われても知らないわよ、叔父上。私も気付けば五十よ?五十!この年で女も何もないでしょう。それに、上様って呼ばれ方もねぇ……父上が亡くなった時に朝廷から古河府大将軍って新しい役職が贈られてきたけど……その将軍様って父上と太郎丸に対してでしょ?私宛じゃないわよ」

 「……まぁ、良い。とにかく、今日は目出度い日だからな。俺もこれ以上は小言を言わん。……それよりも、その盆を貸せ。俺たちは腹が減っているからな。飯を食ってさっぱりしたら孫の顔を観に行くさ」

 「その前にちゃんと真由美を労わってくださいよ?」

 「言われんでも!娘には甘いと評判の俺だからな。心配するな」


 上様も変わらない。

 わたしの記憶にある上様はいつもこういったお方だ。

 義父上や父上に尋ねても、産まれた時から、このような性格をなさっていたという。


 ……大したものだ。

 大したものだと言えば、五十にもなられたというのに、未だに馬上で村正銘の大偃月刀を振られる。

 上様曰く、年を経て力を抜いて振ることを覚えたので、十年前よりも各段に強くなった実感があるとのことだ……恐ろしい。


 「伯母上はいくつになっても、伯母上だな」


 こっそりと小声で話しかけて来る景広殿。

 私としては、そんな上様を何年経っても揶揄う姿勢を崩さないあなたに驚きですよ。


 「中丸?……聞こえてるわよ。……そんな軽口をたたく余裕があるなら一足先に湯殿に向かって掃除とお湯張りを一人でして来ればいいんじゃないの?」

 「め、め、滅相も御座いません。上様からの暖かい差し入れ、ありがたく頂戴しますとも。ええ、ええ、今すぐに頂戴いたします!」

 「素直でよろしい!」

 「……中丸の阿呆が……」


 心底呆れた呈の景基殿の声が静かに響く。


 生まれるまではまだ時間があるだろうと、羽黒山城から鹿島神宮に安産祈願をしに行った我々。

 真由美も産気づくには程遠かったので、羽黒山の職人たち渾身の馬車に揺られ鹿島神宮へと向かった。

 往路は何の問題もなく、参拝も無事に終わったのだが、参拝終わりに急に気配が変わり出した。

 羽黒山まで戻るのもどうか、ということで、急きょ近くの棚倉城に移り出産の準備に入った。


 羽黒山からも準備の者達が大慌てで移動し、それでも城の整備と人手が足りぬと、急いで動ける人間を近隣の村々からかき集めた。

 いの一番で駆けつけてくれて、諸々の手伝いをしてくれたのは棚倉の裏山の奥側、久慈川の源流にほど近いところの白毛はくも村の者達だった。

 彼らは伊藤家が棚倉に入ってから、最も早くに傘下に入ってくれた村らしく、上様はじめ多くの伊藤家の者達と親しそうにしていた。

 その雰囲気が皆に伝わったのだろうな。急な出来事だったにも関わらず、こうして無事に私の息子は産まれた。


 あははは。

 良く分からない前世の記憶でも子供を持っていた私だが、こうして戦国の世の奥州でも子供が三人も出来るとは……なんとも不思議な気分だな。


天正四年 春 小田原 伊藤伊織


 「そうですか、無事に産まれましたか。で名前はなんと?」

 「惣領殿は、毘沙門丸と名付けるおつもりのようでしたが、上様からの鶴の一声で「太郎丸」と「伊藤太郎丸」と名付けられました」

 「太郎丸……」


 太郎丸は伊藤家の惣領名ではあるのですが、二年前の正月に命を落とした太郎丸を偲んで、これ以後は使うことは無くなるのであろうと思っていましたが……。

 元清も一時の仮称としてさえ使わなくなりましたからね。


 「信長はそれで構わないのですが?」

 「……そうですな。伊織様にご心配頂いたように、初めは正直納得行っておりませなんだが、不思議と赤子の顔を見た瞬間に、「ああ、こいつは太郎丸だ」と思いましてな。すぅっと、腑に落ちました」

 「そうですか……そうですね。元と信長が太郎丸と認めたのです。事実、太郎丸は太郎丸なのでしょうね」


 二人がそう思ったのなら、きっとそういうことなのでしょう。


 「あと、これは上様と儂、景竜様と伊織様だけの話ということなのですが……」


 ?

 何でしょうね、信長が声をひそめます。


 「一丸たちの件があったので、今回の出産には上様が直々に出産部屋に帯刀のまま入られて監視をされておりました」

 「……帯刀のままですか」


 元も無理をしますね。


 「で、ですがな。太郎丸……牙と角の両方を持って産まれてきました……」

 「!!間違いないのですね?!」

 「はい。上様がしかとその目で見たと……現物も上様が古河に保管しておるとのことでございます」

 「……そうですか。……しかし、元が直々に保管しているということは、忠清たちにも?」

 「はい。知らせておりませぬ。上様としては太郎丸がある程度には動けるようになるまでは黙っておきたいと……」

 「……わかりました。私もその旨を心に刻みましょう」


 確かに、伊藤家にとって、安中一族にとって、鹿狼の加護の意味するものは強烈ですからね。

 太郎丸が自分の意思を示せるようになるまで、または、ある程度は身を守れるようになるまでは黙っておくのが賢明でしょう。


 「……今度は、今度こそは……」

 「はい。もう二度と太郎丸を失いたくはありません」


 思いは同じですね。だからこそ、四人の胸の内だけですか。


 「しかし、生まれたばかりというと後十年、二十年は必要となりますね。私もなんだかんだと五十九、父上は八十過ぎまで生きましたので、私もそこまで長生きしないと駄目ですね」

 「ははは。確かにそうですな。某も精々節制に努めましょうぞ。……おお、そうでした。そう言ったわけでと言いましょうか、上様は今一度、剣術指南役、その任を専門に努めるものを探しておいででしたな」

 「剣術指南役?塚原様が亡くなった後は、利益が後を引き継いでいるのでは?」


 利益は塚原様最後の弟子、その腕は輝を抜いて当家随一との話ですが……。


 「確かに慶次のやつは腕も経ち、童に好かれる心根のやつですが、……少々忙しすぎますからな。勿来から船を駆り出して東へ西へ。今頃どこの国の空の下にいるのやら……」

 「羨ましいですか?」

 「羨ましいですな!」


 おや?揶揄いだったのですが、即答されてしまいましたね。


 「予定では慶次か獅子丸に、今の俺の役職を押し付けて、俺は明やらメキシコやらルソンやら、所狭しと暴れる予定だったのですが……まったく、あやつらめ」

 「利益は湯本で作られた新型実験船の……」

 「九律波くりつはですな。太郎丸……鎮守府大将軍様が最後に構想された四本帆柱の高速船です」

 「そう、その九律波を使って世界を一周するとか言ってましたっけ?」

 「ええ、……まったく、俺より先に世界一周などという楽し気なことを実行するとは……そのようなことは絶対に阻止して見せると銭を止めたら、奴め、堺の商人どもを躍らせて銭を集めてしまいよってからに!」


 ……相当に、悔しいのでしょうね。

 しかし、信長も銭を止めるとは大人げない……しかし、その妨害にもめげずに堺から銭を引っ張って来る利益も利益ですが……。


 「そう言ったわけで、利益に代わる剣術指南役を……この数年で人柄を見定め、太郎丸が動けるようになり次第、古河の鹿島神宮で鍛錬を始めたい、というのが上様の考えです」

 「なるほど……しかし、それほどの剣豪となると……私には輝とその弟子の三人娘ぐらいしか心当たりが……」


 三人娘とは太郎丸の娘、杜若、千代、美月のことで、それぞれに棚倉、古河、鎌倉の鹿島神宮にて剣術の研鑽に明け暮れている娘たちのことだ。

 まったく……どうして、伊藤家の娘はこうも婿のなり手を減らすようなことばかりを……。


 「左様ですか。伊織様にも心当たりがないとなると……それこそ、今年七十で棚倉で隠居修行中の上泉信綱かみいずみのぶつな殿に頑張ってもらうしかないですかな……」

 「そうなるのでは……っと、そういえば面白い若者が一人当家の門を叩いてきたのがいたか……」

 「ほう!伊織様、その者は?!」

 「伊豆の大島出身で、剣術の修行がしたくてここまで泳いできたとか言っていたはず……名を……確か、弥五郎……そう、前原弥五郎まえはらやごろうと名乗っていましたね。年は十八九。確かに剣の腕は立ちそうだったので、それほど剣術を磨きたいのなら、まずは鎌倉の鹿島神宮を訪ねてみると良いだろうと……推薦状といくばくかの路銀を与えましたね。もしかしたら、今頃は美月にのされている頃かもしれませんが……」

 「はっはっは。それは良い!船は早川に付けておりますが、俺は陸路、鎌倉経由で林から船に乗って勿来に戻ることにしますかな」


 それでは、弥五郎の人物評価は信長に任せますか。


 「あとは、駿河のことなども話したいところではありますね」

 「おお、駿河と言えば俺からも伊織様に……ともあれ、まずはお話しを聞かせて下され」

 「たぶん、同じことに関してだと思いますがね。今は駿府城の城代を任せている真田信尹さなだのぶただに関してです。信尹が言うには、父親の真田幸隆さなだゆきたか殿が亡くなった今、長尾に帰る気はしないのでこのまま伊藤家に骨を埋めさせて欲しいと言ってきました。利益に付いて飛び出して行ってしまった昌幸まさゆきとも話し合った結果だということですね」

 「おお、確かに俺もそのことを伊織様にお伝えしようかと……形としては、長兄の信綱殿が信濃を、次兄の昌輝殿が甲斐を治めていることにはなっておりますが、どうにも以前のようにはいっておらぬらしく……。また、この両名には後を継ぐべき男子がいないとのことで、もしかしたら昌幸の子を養子としなければいけないかも知れない、などとも言っておりましたな」


 源三郎と源次郎と言っていましたかね。

 古河での正月の席であった時には中々利発そうな顔をした兄弟だと思ったものです。

 たしか、どちらも十前後でしたっけ?長男が源三郎で次男が源次郎とは面倒な名前を付けるものだと思ったものです。


 ……しかし、それでは……。


 「「長尾は荒れそうですね(な)」」


 どうやら、信長も同じ意見のようですね。

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