第42話 闇の中の山小屋
弘治二年 春 勿来
そろそろ面倒な事にも手を出さなきゃいけない時期が来たのか……?
そう、石炭探しと採掘という名の……うぅむ、実に面倒。
だが、来るべき鉄砲時代の訪れ……というか、ガレオン船とガチ喧嘩が出来る戦力配備の為には大砲が必要です。
それもめっちゃくちゃな数がね。
そうなると、今度は大砲の作成にも耐え得る鉄、鋼を大量に作るために、大量の高出力燃料が必要となる……コークスかぁ。炭素かぁ。
うぅん。
うぅん。
うん!ようわからん!
ここは、景能爺渾身の村正転炉も領内にはあるし、何とかなると信じよう!
正直な所、あと百年は今のままでも問題なく優位な戦力で戦が出来そうなんだよねぇ。
奥州八万騎の故事じゃないけれど、集団騎馬戦術っていうのは本当に強いわ。
鶴樹叔父上の力で奥州馬の馬格上昇、体格が年々と優れて来ているのが大きいよね。
関宿の時でも綱高軍の騎馬とは歴然とした差があったもんなぁ。
今の日ノ本で使われている火縄銃のままだった場合は、千、万を超える鉄砲隊が待ち構えている陣地に突っ込むとかしなきゃ、大怪我はしないで戦を進められそうだよね。
けど、流石に前世世界の小田原討伐時のような兵力二十万体制とかを敷かれては流石に駄目だろうが……でも、新兵器をこちら側だけが有していたら別か?意外と行けちゃうか?
いや、それも緒戦で情報が漏れ、気がついたら敵味方が同じ武器を使うことになるか。
これは歴史が証明してるな。
結局はもう、戦闘以前の政治・外交の分野での話だよな。
人口と経済力、そこに技術力がついてくる、とね。
そう考えると、ゲーム的な「天下人」がヨーロッパの技術でオラオラして来なければ良いんだよ。
なんといっても、関東平野は日本最大の平野だ。
東京湾という信じられないほどの良港もある。
室町戦国では戦乱期移行が何処よりも早かったから人口減が凄まじかったが、地政学的には恵まれているからな……。
時間さえあれば……遠からず地域人口は日本最大となるだろう。
そう考えると今生の東国は恵まれているなぁ。
吉法師が教えてくれる日本の情勢情報を聞いてみても、いわゆる天下統一をやりたそうな勢力って皆無なんだもの、これが。
けど、普通に考えればそうだよね。なんのメリットも無いもん。日ノ本を統一するのって。
もちろん、俺も日ノ本を統一すること自体は労力にまったく見合わない馬鹿げたことだと思っている。
統一するメリットってのは結局のところ資源・資本の集約による効率化。
だが、集約化できたとしても、それだけの財をまともに管理活用できなければ、それでは単なる中央、もしくは権力者の自己満足による国内大略奪でしかない。
時空の概念だけど、時間を短縮する技術によって空間を縮める。
日本って意外と大きいから、せめて、鉄道網と高速道路網、電信電話とかが出来ないことには全国統一するメリットが何にもないからな。
当家には関東以北で十分です。
対外脅威論を振りまくる人らにしても、結局は自己権力強化の正当化だしなぁ。
統一すれば意思統一が出来て、不満分子は生まれない!ってどこのお国の人なんだか……。
対外、侵略戦争で恨みを買わない権力者なんて、人類の歴史上どこにも存在しないぞ?
民から求められてから、はじめてその地を治める。
このスタンスで行かなきゃ崩壊はすぐそこだよね。
アステカ、インカにしろ滅亡したのは内部抗争による覇権争いと、疫病の蔓延。
別に鉄砲万歳、騎馬万歳だったわけじゃない。
あれはただの権力移行、それと文明滅亡を同列視してはいけない。
問題だったのは疫病の蔓延と民族浄化的な大量虐殺、人口の九割が消滅すれば、そりゃ文明は崩壊するよ。
で、日本の場合はどうだろうか。
日本の場合はユーラシア大陸の国々とは繋がっているからな。そりゃ、前世世界、21世紀の世界貿易振興時と比べれば行き来は少数だが、大陸との交易を通じて千年単位での行き来の実績がある。
感染力の強い病気は大体経験済みだしな……だがまぁ、致死率の高いカテゴリーA細菌・ウイルスについては知らん。
こいつは医術発展を待つしかない話であって、俺を初め、こればっかりは弘治年間の日本人になすすべはない。
とりあえずこの件は、栄養管理と衛生管理。
良いものを食べて、石鹸での手洗い奨励と清潔な公衆浴場……!
そう考えりゃ、公衆浴場の洗い場に、石鹸とシャンプーを置くのは必須になるな。
となれば!よし!次は清潔な公衆浴場の設営か!
方針は決まった!
まずは公衆浴場、銭湯を岩崎郡から楢葉郡まで作りまくるか!
……上野も草津で有名な温泉地だよな。
よし、景竜もこの運動への参加が決定だな。
ん?
鉄砲とコークスの話からどうしてこうなったんだ?
「おお、どうしたのじゃ?景藤よ。いきなり天に向かって拳なんぞを振り上げて」
若干の呆れ声で俺を見つめるのは鶴岡斎の大叔父上。
大叔父上も結構な年齢なんだけど、まだまだ元気だよな……。
総じて、うちのお年寄りの方々は皆元気。
この時代なんて、敦盛の五十年じゃないけれど、そんなに長寿じゃないイメージだったが……伊藤さん家が特別なのかもね、たんぱく質を相当取ってるし。
「で、どうかな?大叔父上の方は見つかった?」
「まだまだじゃな……じゃが、別に見つからんでも大丈夫なんじゃろ?裏磯への道を作るのが一応の目的じゃからな……しかし、燃える石、石炭か。大陸の文献では頻繁に出てくるが儂は未だ見たことないからのぉ、見落としをしていなければ良いのじゃが……」
「そうだね。僕も実物を見たことは無いけれど……ある程度の太さの黒い帯状の層になってるから、気を付けてみればわかるはずだよ!」
うん。たぶん大丈夫……だよね?
そうそう、今日も今日とて、勿来から裏磯へと続く道を造成中である。
兵員も総動員をして、基礎筋力づくりの鍛錬を兼ねた土木作業!その名も山崩しである!
シャベル、ツルハシ、クサビ、オーガー、スパッド等々、一昨年の金銀鉱山の開発開始宣言から、羽黒山城では、村正一門が領内の鍛冶に興味ある若者を集めて作った民生品工房が大規模稼働を始めている。
うん。
数千人が掘削機を手に山を崩すさまは圧巻である。
ただ、山を崩して道を切り開く作業では……どうにも爆薬とトロッコとかが欲しくなるな……。
だれか、何百年か科学技術を前倒しにしてダイナマイトを開発してくれないかな?
山崩し、もちろん安全な山側に大きな商業路を作って、勿来城下と大型船が着ける裏磯の港を繋げることが主目的ではあるが、ついでに石炭の層とか見つからないかな?鉄鉱石の層でも良いぞ?なノリでの土木工事である。
もちろん、土砂や岩が流れることで田畑に使われている河川が汚染されては行かんので、別ルートで水を逃がす水路は作成済みである……本当に石炭が出てきたら、この水路を暗渠化してトロッコレール敷いてやるか……。
「まぁ、石炭が見つからずとも石灰石の確保は出来そうな場所は何か所かは見つけとるからな。商業路と石灰石で成果は十分じゃろ」
「そうだね。こっちでダメなら、次は湯本側の山崩しを始めるだけだし……」
「……そうじゃったな。まだまだ、終わりは見せんのじゃったな……」
まってよ大叔父上。
そんなに肩を落としながら行くことないでしょ?
兵たちも戦に出ることなく体を鍛えられ、追加日当までも支給される。
皆が幸せな計画ですよ?山崩し。
……計画案をひねり出す大叔父上は大変だと思うけどさ……。
「若殿様~!お坊様~!……へっへっへ……」
まだまだ勿来の春先でそこまで暑いというわけでもないのに、上半身裸で玉のような汗をかいている兵士が息も絶え絶えに駆け込んでくる。
こうして見ると、凄い身体だな伊藤家の兵士……。
「いかがした?!」
大叔父上が鋭く問う。
緊張感を増した鶴岡斎大叔父上は流石は爺様の弟、中々の迫力である。
「は、はい。向こうの作業場で、先日に言われました黒い石の層を見つけまして……こうして……」
「「でかした!案内しろ!!」」
「は、は、は、はい~!」
ごめんね。怒鳴り声が被っちゃった。
弘治二年 晩春 羅漢山 伊藤元
今、私は羅漢山の本丸にある忠平の居室にいる。
羅漢山城は本丸、二の丸、三の丸、奥の丸と四つの曲輪で構成された非常に大きな山城だ。
そこの本丸に、極力人目を忍んできてほしいと、忠平の末子である忠教が、忠平の言葉を伝えに私のところまでやって来たので、今日は奥の丸につづく裏門を通ってから裏手のやぶを分け入りここまで登って来た。
「忠平、呼ばれたから来たわよ?……って、最近どうにも身体が弱くなったわね。精を付けてもらうために村正一門から鹿肉の燻製を貰ってきたわ。元気が出るから後で食べてね」
「これはこれは、姫様。この老体にご配慮くださり忝いことです……なぁに、儂も七十。さすがに昔のように動き回れるものではありません……そのように、悲しそうなお顔をなされますな。この忠平、そうやすやすとは死にはしませぬ。ただ、ちいっとばかり走り回ったりすることが出来なくなっただけ、戦働きは無理でしょうが、まだまだ呆けてはおりませぬ。姫様の政を喜んでお手伝いさせていただきますぞ」
確かに、忠平の体は細くはなったが、未だにその目の輝きは強い。
……けど、戦働きは出来なくなった、という割には、未だに剣の腕は凄そうよね。
私が思うに、今の忠平相手でも鹿島神宮の道場門下生の内、果たして何人が一本を取れることかしら。
「それに若殿が、勿来から送ってくださった綿入りの部屋羽織と、ひざ掛けがあればこうして椅子に座りながらの政務に苦労はございませぬからな」
今日の忠平も景藤の話をするときは非常に優しいそうな顔をする。
うん。わたしの弟教育が完璧だったおかげで、ここまで忠平に愛されているのね、あの子は!
「そう?ただ、くれぐれも身体には気を付けてね?忠平は伊藤家にとって替えが効かない人なんだから。少しでも長く頑張ってもらわなくちゃ、景藤も私も困っちゃうわよ」
「はははっは。それではこの忠平も、もっともっと長生きせねばなりませぬな……して、若殿の御子息、一丸様と中丸様はお元気ですかな?」
「ええ、元気いっぱいね、あの双子は。赤子時の元気の良さで言ったら景藤以上じゃないかしら?景藤は結構物静かな子だったからね……そういえば、どちらかと言えば杏の姉上の子の方が景藤並みに静かね。身体は健康そうだけど、あまり泣かず、手がかからないところなんかは景藤を思い出させるわね」
そう。杏姉上は阿南と一緒に羽黒山で出産した後、阿南が勿来に移るのに付いて行く形で勿来に行っているわ。
杏姉上の産後を心配した寅清の強い勧めと言っていたわね。
確かに、勿来は暖かいし食事も美味しいわ。あとは、景藤のお膝元だけあって綺麗で清潔な所だものね。母上の例もあるのだし、養生するには最適だと思うわ。
「左様でございますか。……こちらにお呼びだてしましたのは……特に意味はございませぬ。こうして、姫様と久方ぶりに余人を交えぬ形でお会いしたかっただけ。こうして、お会いできてすべての道が開けたように感じまする」
??
よくわからないけど、今日は忠平のお見舞いのつもりだったから、ここに私が来たことで忠平が元気になったのなら問題は無いわね。
「そう?私も忠平に会えてうれしかったわよ……ああ、そうそう、あと山菜も私が今朝取ってきたものを忠教に渡してきたから、夕餉は獣肉と山菜で鍋でも作って食べなさいな。景藤じゃないけど、鍋は元気が出るわ!」
「……ありがとうございます。それは最高の夕餉ですな!」
「それじゃ、用件がそれだけなら、そろそろ私はお暇するわね。忠平、無理しちゃだめよ?」
これから白河の牧場によって、黒景を連れ帰らなくてはね。
鶴樹の叔父様によって、この春、ずっと黒景は白河で多くの嫁取をしていたようだから……あいつは私が頻繁に乗ってやらないとすぐにへそを曲げるのよね。
まったく誰に似たのやら。
「……と、最後に一つだけ」
羅漢山をお暇しようと腰を上げた私に忠平が言う。
「ん?なにかしら?」
「いえ、姫様には、何があろうとも最後まで若殿をお支え頂きたいと、忠平の一生の願いを……」
「当たり前のことを何いってるのよ。そんなこと言われなくても弟の面倒を見るのが姉でしょ?まぁ、姉の世話を一生見続けるのも弟の天命だけどね……何を心配しているのか知らないけれど、たとえ景藤が一人になったとしても、最後まで供にいるのは姉であるこの私や、母上、清、阿南。家族みんなが付いてるわよ」
私の返事に満足したのか、忠平はただ黙って頭を下げるだけだった。
まったく……どうやら、全棚倉軍を引き締め直す必要がありそうね。
阿武隈の総兵員数二万、もう一度鍛え直しね。
景藤の号令一下に動けるようにしておかなくては。
弘治二年 夏 xxxx xxxx
「で、どうなのだ。寅清は我々の話を少しは聞くようになったのか?」
「いや、それが一向にな……口惜しいことだ」
「しかし、以前のご家老様の言葉が本当だとしたら、奥羽・関東を統べられるのは寅清の息子、仁王丸様以外に存在はしないであろう!」
「左様!我らが忠義を尽くすのは仁王丸様以外には考えられぬ。ご家老もいいお年なのだ。いつまでも変人の若殿などを補佐するのは止めて、真のご嫡男、仁王丸様を盛り立てていくべきなのだ!」
「その通り、にも拘らず寅清めは、我らから遠ざけるつもりなのか?勿来に杏様と仁王丸様を滞在させておる」
「ふむ。ではだ。……我々がこう盛り立てていくとしてもだ。肝心のご隠居様や信濃守様はじめ、伊藤家の皆様の御反応はどうなのか?」
「ご隠居様は昔からの若殿びいき。何か大きな決定をされる時には、どちらかと言えば信濃守様よりも若殿の言葉を重用される……」
「それでは、信濃守様はどうなのだ?そのような扱いをされておられるならば、多少なりとも若殿を疎ましくは思っていないのか?」
「どうであろうな。古河に移られる前までは、折に触れ、若殿に対する愚痴をおっしゃてはおったが……ここ最近では関東の執務で手いっぱいなのか、愚痴のぐの字も出て来はしないぞ」
「何!それはただただ、執務が忙しい故にそのような言葉が出てこないだけの事。愚痴にこそ人の本心は出る。つまり、信濃守様は嫡男である若殿に不満があるということよ!」
「なるほど、なるほど!では、信濃守様に仁王丸様を推して貰えるようにすれば……」
「つまりは我らが悲願が成るというものよ!」
「道が見えてきたな……我らの悲願成就の為にもその方向性で参ろうぞ!」
「そうだな、仁王丸様はまだお生まれになられたばかり、若殿の一丸君、中丸君も生まれたばかり。先は長いが、ここは我らの力を結集するときぞ!良いな!」
「「おお!」」
明かりもない山中の小屋にて気勢を上げる男たちが四五名ほど。
順風満帆に見える伊藤家において、彼らは常に悲壮感を漂わせている。
彼らには何が見え、また何が見えていないのか。答えを知るものは、この深く暗い奥羽の山中には誰一人としていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます