ひとよ

水澤シン

かの国から

ハコの中

『可愛い……わたしの可愛い子。お願いがあるの』


 あの日、約束をした。


『わたしは、このセカイが大嫌いなの』


 が泣いていた。


『いつか、一緒に行きましょう』


 どうしても、果たしたい約束になった。






 * * *






 薄暗い地下の部屋で、肉の裂ける音がした。飛び散った赤い飛沫は、扉や天井にも跡を残した。

 疲労が過ぎてもう悲鳴もあがらない。足元に液だまりが出来るほど血を吐いた。小さな身体から、全ての血が流れ出たのではないかというほどの量だが、まだ溢れる程の血が口から零れる。

 両手足を拘束する鎖の下は何度も肉が抉れ痛みも麻痺してきた。身体が、身体の中がグチュグチュと音を立てて変化していく感覚が、気持ち悪くて仕方無かった。

 ギィ……と、鉄製の重い扉が開く音を聞いた。


「何回った?」

「さあ、数えてない」

「ぼくも」

「間違えて壊すなよ、せっかくの最高傑作なんだ」

「……チッ。室長のお気に入りだからって調子に乗りすぎなんだよ、腹立つ」

「能力値が他より高めなだけのくせにさぁ」

「……嫌い」

「気持ちは分かるけどなぁ」


 そんなやり取りをして、そこに居た者達は部屋を後にし去って行く。

 これは、命令に逆らった罰だ。三日三晩ここに拘束され、拷問を受ける。眠ればわざと歪に作られた鎖が肉に食い込み、休むことすら出来ない。

 好き好んで拷問されたがる者は居ない。いくらと言っても傷を負えば痛いし、誤ってに手をかけられれば流石にしまう。

 貴重な「成功作」をそうそう壊しはしないだろうが、死なないことを分かっているだけあって容赦は無い。

 あと何時間、ここに居れば良いだろうか。あと何回、血を流せば終わるだろうか。


「……母亲ムーチン


 あの日の約束の為に、今は──




















 † † † † †






 どこからとも無く現れた黒い男に、は微笑みかけた。


「本当に、義理堅い方ですね。昔偶然知り合っただけのわたしのもとへ、こうして何度だって来て下さる」

「ただ知り合っただけなら来る義理はありませんよ。私には私なりの理由があるだけです」

「そうですか」


 どう見ても母国の人では無いのに、流暢に話す様はまるでネイティブだ。母国語しか分からないには有り難いことだが、それがまた男の正体を分からなくしていた。

 だけど、時折『外』の様子を教えてくれる『子供達』からの話で、まさかと思うことはあった。

 男が何かを話したわけでも無いし、自分が何者かと臭わせるような言動も一切した事は無い。むしろ何の違和感も無い事が違和感に感じる程に上手くかわされてきた。

 これは、ただの願望だ。


「お願いがあるんです」


 椅子から立ち上がったは部屋の片隅にあった金庫に歩み寄り、それを開けて中を見せる。軽く億はあるであろう紙幣の束。


「私が金で釣れるとでも?」

「いいえ、これは、依頼料です」


 ただの願望に賭けるにはあまりに大きな金だが、どうせこのままでは悪用されるものだ。だったらまだ、他の誰かの手に渡る方が良い。

 もし男がその願望から外れていてドブに捨てる結果になったとしても、同じ『ドブに捨てる』なら自分で選択した結果が良いと思ったのだ。


「恐らくわたしは、もう間も無く殺されるでしょう。ですからその先のことを、貴方に託したいのです」

「随分と勝手な言い分ですね。私が何者なのか、分かっているわけではないでしょうに」

「ええ、知りません。ですからこれは、わたしの最期の賭けです」


 ほう、と男は目を細める。一応聞いてはくれるのだろうか。


「──どうか……」


 口にした『願い』を、叶えてくれる人なのだろうか。

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