#32 会合の大部屋

 夕方から、もうそろそろ夜になろうという頃、周囲が暗くなってくる。

 しかし、岩山の中は昼夜問わず明かりが点いているため、夜だろうとも明るさは変わらなかった。


 琥珀を見つけたことをフラウスに伝えるべき、と思ったが、

 フラウスも忙しいだろうし、日中の方が良いと思う、とのサヘラのアドバイスに従い、今日は宿を取って休むことにした。


 岩山の中は、大図書館や商人たちが集まる空間だけがあるわけではない。

 複雑に絡まる道には、多くの看板があり、分かりづらいが、これがないとすぐに道に迷ってしまう。


 看板の中には、複数の宿の名前があり、わたしたちはその中でも安い宿を選んだ。


 貯金を全て持ってきたが、二人の分を合わせても多くあるわけではない。

 節約しないと、これから先、生活も厳しくなってくるだろう。

 いつかは仕事を見つけないとならない。


 看板に従って進んでいると、ばったりと、フラウスと出会った。


 岩山と同化したような見た目のお城にいるものだと思っていた。

 一度外観を見たが、周囲には警備がいたし、わたしたち、素性が分からない旅人がフラウスを訪ねても、どうせ入れないと思っていただけに、こんな所でばったりと出会ったことに、素直に驚く。


 そろそろお腹が空く頃だと言うのに、フラウスはこんな所で一体、なにをしているのだろう?


「そろそろお腹が空く頃、ですか。タルトらしい言い回しです。

 確かに、そろそろ夕食を頂く時間帯ではありますが、今日は私、一人で外食なのですよ。

 世間一般的に認知されているお姫様の生活とは、私は違いますからね」


 この国は、王族体制が整っていませんので、とフラウスは微笑みながら言う。

 それは、笑って冗談っぽく言ってもいい問題なのか、と思う。

 当事者が深刻に考えていないのであれば、問題はあっても、大問題ではないのかもしれない。


「探し始めて、数分ですか。

 やはり、私も生粋の王族なのでしょう、ついています。

 さて――タルトとサヘラ、お二人を探していたのです」


 わたしたちも、琥珀を見つけたのだと報告しようと思っていたので、運が良かった。

 でも、琥珀を見つけたことは、わたしとサヘラだけの秘密だった。


 ハンターの男は、今は本の中で幸せそうに暮らしているだろうし、情報が洩れることははないと思う。

 なので、フラウスが知るわけはないと思うのだが……。


 しかし、フラウスがわたしたちを探していたのは、琥珀に関することではあったが、入手云々とは違う、別件だった。


「琥珀について、ついでとは言え、探してくださいと頼んだのは私です。

 そこには少なからず危険が付きまといます。ですから、きちんと説明をしようと思いました。

 ……宿に、大部屋を取っています。そこにいる、私の仲間たちを紹介します」


 大部屋でそのまま寝泊まりをしてもいいとフラウスは言う。

 こちらが望めば、別の宿を代わりに取ってくれるとも言ってくれたが、

 大部屋でじゅうぶんだったわたしたちは、そこまでフラウスには頼まなかった。


 フラウスはわたしたちの遠慮を悪いようには受け取らず、一言の返事で済ませる。

 社交辞令か、そうでないかは、フラウスも言われ慣れているのですぐに分かるのだろう。


 案内された宿まで、フラウスは看板を一度も見なかった。

 自分の国なのだから当たり前だと思うかもしれないが、複雑に左右に何度も曲がっていたのだ。

 どれだけ知った場所とは言え、同じ景色が続き、目印が看板以外にない中、よく悩まずに進めるものだ、と感心する。


 しかも、行き先はフラウスにとっては必要のない宿だ。

 普段から使っているのならばまだしも、フラウスには無縁のものだろう。

 フラウスの記憶力の良さがよく分かる。


 辿り着いた宿に、店主はいなかった。

 フラウスは珍しくもない光景です、と言いたげな表情で、カウンターの先の通路を進む。


 階段を上がり、二階の奥にある角部屋。

 扉を開けると、中には三人の亜人がいた。


 大部屋の中は、生活するための必需品がほとんど揃っていた。

 落ち着いた茶色で、壁や家具が統一されており、明かりも眩しくない光量だった。


 フラウスも、今は日傘を差していなかった。


 一列に三人が並んで座れそうなソファには、一人が堂々と占拠している。


 亜人だが、人間色が強い方の女の子だった。

 体つきも、皮膚も顔も人間のようだが、ショートヘアから真上に伸びる二つの長い耳が、亜人の証明になっている。


 わたしと目が合うと、攻撃的な鋭い目を向け、すぐに逸らした。

 視線は次に、フラウスの方に向いた。


 フラウスに説明を求めたらしい。


 しかし、先に口を開いたのはフラウスではない。

 ソファも椅子も使わず、床に座って壁に背中を預けている、鎧を着た亜人だ。


 獣に寄っている方の亜人だった。

 大図書館でわたしが助けた猫の亜人と、そっくりだった。


 同じ人かも、と思ったが、毛の色が違う。

 助けた方は茶色だが、鎧を着たこの人は黒色だ。

 壁に立てかけてある剣を見ると、戦いは得意そうに見える。


「フラウス様、お怪我はありませんか?」

「ええ。大丈夫です。襲撃者の影も気配もありませんでした」


「やはり、私が護衛をした方がいいのではないでしょうか」


「あなたが護衛をしていると、それだけで目立ってしまいます。

 ただでさえ、私だけでも目立っていますのに、

 そこにあなたが加われば、只事ではないと言いふらしているようなものです。

 向こうの陣営に刺激を与えたくはありません」


「手を出すな、という威圧でもですか?」


「そうです。些細なきっかけでなにが起こるか分かりません。

 護衛などつけず、自然体でいるのが一番良いでしょう。

 あなたが近くにいるという牽制よりも、

 あなたが近くに潜んでいるかもしれないという疑念を膨らませた方が、人員を割かずに安全を確保できます」


 言われ、目を瞑り、深く考えた鎧を着た亜人は、

「了解しました」と返事をする。


「では、そちらのお二人は?」


 鎧を着た猫の亜人……、声や雰囲気から、男の人だろう。

 警戒心を含ませた視線が、わたしたちを射抜く。

 基本的に人見知りであるサヘラは、ささっと、わたしの背中に隠れる。


「お二人は、新しい仲間です。

 と、言いたいところですが、まだ細かい説明をしていません。

 ですから、これからみなさんを交え、説明しようと思っているのです」


「そいつらは役に立つの?」


 ソファであぐらをかいた女の子が、そう言った。

 長い耳が特徴的なこの子は、恐らく、兎の亜人だろう。

 攻撃的な視線は未だ変わらず、わたしたちに向いている。

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