エゴイスターズ

渡貫とゐち

QUEST1 わがままドラゴン・オーバーラッシュ!

#1 【神樹シャンドラ】

 家出をしてから一か月が経とうとしていた。


 森の中、湖の端に座るわたしは釣り糸を垂らした釣り竿を地面に固定し、空を眺める。


 顔を上げると、青色を塗り潰す緑色。

 覆い被さるように、たくさんの葉っぱがある。


 中でも目を引くのが太い幹を持つ巨大な木だ……、

神樹しんじゅシャンドラ』と呼ばれる、竜たちの休憩所。

 その木をきれいに整えるのが、わたしたち竜の精霊の仕事だったりする。


「――あ! 動いた!」


 音に視線を下ろすと、垂らした糸が引いているのが見えた。


 わたしは立ち上がって湖に飛び込む。

 わたしの半分くらいの大きさの魚だった。

 抱きしめて動きを止めようとしたが、魚の方が力が強く、湖の中に引きずり込まれそうになる。


 わたしは水中で背中の翼を広げる。

 水飛沫が激しく飛び、わたしの体が次の瞬間、ふわりと浮いた。


 魚を抱えたまま飛び上がり、陸に戻る。

 びちびちと暴れる魚を落とすと、どすん、と地面が揺れた。


「へっへー、大物ゲットーっ」

「いや、釣り竿を使えばいいじゃん」


 そんな指摘が森の中から聞こえた。



 見慣れた金髪は、今は色がくすんで、主張を抑えた冴えない色になっていた。

 四年前、わたしの前から姿を消したテュアお姉ちゃんが、焚火を挟んで目の前にいる。


 切り分けた魚の身を棒に突き刺して焼く。

 美味しそうな匂いに手が伸びるが、


「まだダメ」


 テュアお姉ちゃんの言葉に、わたしは素直に手を下ろす。


「……くしゅんっ」

 と、くしゃみが出た。


 水に濡れた服は枝に吊るして乾かしている。

 今はテュアお姉ちゃんが羽織らせてくれたマントのような上着で、暖を取っていた。


 雪の国で使っていた服らしく、凄く暖かい。


「ところで、タルト」


 ん? とわたしは首を傾げる。

 テュアお姉ちゃんは魚の身の焼き加減を見ながら、


「こんな場所で、一人で釣りなんかしてていいのか? 

 いきなり旅に出た私が言うのもなんだけど、うちの屋敷で勉強とか、しなくていいのか? ほら、ロワもいるし……」


 あー、うん。

 ……お姉ちゃんめ、さてはわたしが出した手紙を読んでいないな?


「いいんだよー。だってもう関係ないし」

「関係ないって……」


「――もういいかな!」

「ああ、充分焼けていると思うけど――じゃなくて、関係ないって、どういう事だ?」


「おねえふぁんふぁ、わたひのふぇがみ――」

「飲み込んでからじゃないと、なにを言っているのか分からないよ」


 お肉みたいな厚みの魚の身を食べ、ほっぺたが落ちそうになる。

 お姉ちゃんの言う通りに、飲み込んでから、改めて喋り直した。


「お姉ちゃん、わたしが出した手紙、読んでいないでしょ?」

「……読んでないな。というか、私には住所がないから送れないはずなんだけど……」


「え……、お姉ちゃんからきた手紙に、そのまま返信してるよ?」

「その住所、借りものだから! じゃあ各地にタルトの手紙が届いてるって事じゃん!」


 たまにかかってくる電話は、もしかしてそういう理由で……、

 と、お姉ちゃんは、一人でははーん、と納得していた。


 住所がないって、お姉ちゃん……、

 色々な人の所を転々としているのだろうか。


 そういう理由なら、手紙を読んでいないのも分かる。

 だって、テュアお姉ちゃんの手元に届いていないのだから。


「んー、確かに、毎回住所が違うなー、とは思っていたんだよねー。

 でも、旅人ってそういうものなのかな、とも思っていたし、あんまり気にならなかったから、盲点だったよ」


「旅人でも、固定の住所は普通は持っておくものだけどな……それはともかく」


 脱線した話を戻そう……、

 と、テュアお姉ちゃんが気になっているのは、わたしが屋敷での勉強を、もう関係ないと言った事について……だろう。


「あのロワが、こんな昼間からタルトを遊びに行かせるなんてあり得ないからな。ただし、四年前なら、って意味だけど」


 あの時から四年経った今でも、ロワお姉ちゃんは変わっていない。

 だから、わたしは――。


「家出しちゃったんだ、一か月前に」


 わたしの告白に、テュアお姉ちゃんは驚かなかった。

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