14.半野木昇との会話



「えっと二人ともなにか飲みたいものありますか? リンゴジュースとかならありますけど」


 リビングとダイニングが一つになった大部屋に通された章子と真理は、どこにでも座っていいと言われたソファの一つに腰掛けると姿勢を正して待っていた。


「本当だったら学校に行ってなくちゃいけないのに、飲み物なんてそんな」

「いっつも水筒ですもんね。ぼくたち。よくてお茶か。じゃあお菓子も無しかな。せっかく家にいるのに甘い物も食べられないなんて、なんの為に学校を休んでんだか」


 笑いながら出してきたのはコーヒーと紅茶だった。章子と真理のテーブルに紅茶の入ったティーカップを置き、自分にはコーヒーのマグカップを置いて反対側のソファに座る。


「砂糖はなしでいいですよね。学校じゃそんなものないし、無糖で我慢してください」


 不愛想に言って、マグカップから立ち上るコーヒーの湯気を間に挟みながら昇は外の庭の景色を見る。


「今ごろ、一時限じかん目が始まった頃かな」


 学校への欠席の連絡は昇の母親が入れたようだった。


「咲川さんの……、あ、咲川さんでいいんでしたっけ。自己紹介、まだしてなかったでよね。ぼくは確かに半野木昇です。この半野木家の次男で名前はちゃんと半野木昇」


 目の前にいる、あのWEB小説に登場する少年と同姓同名の男子。


「じゃあもう一度ちゃんと自己紹介します。わたしの名前は咲川章子といいます。中山区の中央市中学校に通っている二年A組の生徒です」

「中山区?」


 リビングに入ってきた昇の母親が、姿勢よくソファに座る章子と真理を見る。


「あなたたち、中山区からここまで来たの? こんな時間に?」

「は、はい。突然、お邪魔して申し訳ありません」

「い、いえ。それはいいんだけど。お父さんやお母さんには言ってあるの?」

「父と母にはまだこの事は言ってません。その……じつは黙って来てしまって」


 章子が言いにくそうにすると、昇の母親はエプロンの中に手を入れて呆れた顔をする。


「まぁ、それじゃ連絡はしないほうがいい? こちらとしては今すぐにでもお電話を差し上げて、あなたたちのご両親にも安心して頂きたいんだけど。きっと向こうの学校にも出席がなくて驚かれていらっしゃるでしょう」


 昇の母親に優しく言われたので、章子も気まずい思いをして視線を落とした。


「それは……お任せします。ただ……。ただっ。わたしは昇くんとお話がしたくてここまでお邪魔したわけなので。で、出来れば学校から下校する時間まではこちらに居させていただきたいのですが……」

「それまで、うちの子と話を?」

「そ、そうです」

「……、わかりました。その様にあなたたちのご両親にはお伝えします。下校時を見計らってここまで迎えに来ていただけるように希望も言っておきましょう。電話番号は分かりますか?」


 昇の母親がボールペンとメモの切れ端を渡してきたので章子は自宅の電話番号を書く。


「そちらの子は?」


 言うと昇の母親は、章子の隣に座っている真理を見ている。


「私は大丈夫です。母からは了解をとってありますので」


 真理が丁寧にお辞儀をすると、昇の母親は直ぐにリビングのドアへと歩いていく。


「そうそう。これは最初に聞いておきたいんだけど。お昼はどうするの?」

「お弁当があるので、出来ればこちらで広げさせていただけると嬉しいのですが」

「昇にも私が作ったお弁当があるからそれでいいかしらね。まったく、せっかく早起きしたのに、とんだ無駄になっちゃったわ」

「ほ、本当にすみませんでした」

「独り言だから気にしないで。どうせ作るお弁当は昇の分だけじゃないんだし多いか少ないかの違いでしかないわけだから。お昼を考える必要がなくなっただけマシよね」

「本当に申し訳ありませんでした」

「そんなに丁寧に謝らなくていいから。昇、こんないい子は放しちゃダメよ」


 昇の母親が、章子の家の電話番号の書かれたメモをひらひらと見せてリビングから去っていく。


「半野木くんのお母さんって、いい人ですね」

「そんな事を言うためにここに来たんですか?」


 章子が場を和ませようとして言った言葉は、逆に半野木昇の反感を買った。


「の、昇くん」

「ぼくときみは初対面のはずだ。馴れ馴れしく名前で呼ばないでください」


 鋭い目つきで言われて、章子は更に顔を俯けた。


「……じゃあ、ぼくもちゃんと自己紹介します。ぼくは東ケ丘中学校の二年6組、半野木昇です」

「東ケ丘中学? 東千枚田じゃなくて?」

「東千枚田なんて地名は、この近くにはありませんよ」


 昇の断言する言葉に、章子は隣の真理を見た。


「ワザと違う名前にしたの?」


 章子が問い詰めるように睨むと、真理は素知らぬ態度であらぬ方角を見る。


「それは母に言ってもらわなくては困ります。を書いたのは母ですので」


 真理の他人事のような台詞を聞いて、昇も不審そうな視線を向ける。


「なら君はやっぱり」


 昇が言うと真理も頷く。


「ええ。そうです。私も自己紹介をしておきましょう。私の名はシン真理マリ。この咲川章子の従者オトモです」


 真理が堂々と自分の名前を名乗り上げても、昇はそれ以上の反応をしない。


「の、昇くん」


 意図して名前で呼んでみた章子にも、昇はもう特段の反応も見せずに大きなため息だけを残してみせた。


「……それで、話ってなんですか?」


 昇が、章子たちに目も合わせずに言った。





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