第三部
十章 雲名奏音
Case.62 春を振り返る場合
夏。
この一言だけで様々な出来事が想像できうる魅力的な季節。誰もが長くも短い時間を謳歌しようと熱に浮かれている。蝉の声が俺たち学生に待望の夏休みが始まることを告げてくれる。
今週で一学期が終わるわけだが、それにしても今振り返ってみると、俺史上一番濃い三ヶ月を過ごしただろう。
陽射しがまだ優しい春終わり、好きになった人に告白したがフラれ、絶望していた俺のところに現れたのが──
「やっほー! いやー今日も授業終わったね〜。明日は球技大会だし、実質夏休みまで授業はあと一日だけだね!」
やけに元気で騒がしい〝日向日向〟だった。
そこからあれよあれよと失恋更生委員会に加入させられた。
「あれ、まだ七海くんだけかー。ういちゃんとあゆゆは掃除かな?」
最初は二人だけだったが、声が極小の小動物系女子高生〝初月ユウキ〟
武力知力共に才能で溢れた、心が男子小学生の女番長〝火炎寺歩美〟
さらには幼馴染であり才色兼備の変態生徒会長〝氷水沙希〟
三人が仲間に加わり、公式の部活として活動することになった。
「いやー、今日も暑いねー。こんなに暑いと海にでも遊びに行きたくなっちゃうよね!」
PUREというライバル団体まで登場し、ますます活動の場が広がった。
俺を落とす対決だとかで色んなことさせられたし、水族館やユニバにも行った。それに心木仄果から告白もされ、金城花からは迫られて、土神ゆとりにはぶん投げられて……そして俺は──
「ねぇ、聞いてるー? 海に行きたいよね! あ、プールでもいいかも!」
目の前の彼女を好きになった。
──うわー! なんでこいつなんだ! もっとこの高校には可愛い女の子がたくさんいるってのに‼︎
いや、こいつも可愛いけどさ……って、は? こいつ、こんなにも眩しくて可愛かったか?
以前よりも素敵な笑顔で、キラッキラ輝いて見える。可愛い原石であったが、それを俺の主観で磨くことで最高のダイヤモンドに変貌してしまったというのか⁉︎ 過剰に日向を意識し過ぎだろ俺!
……けど、まぁずっと一緒にいれば意識はしてしまうもので。それに最初の出会いが傷心しきった時だったからな。やっぱり失恋直後の奴を狙うのが、恋に落とすのに定石みたいだ。
なんだかんだで、実家に二人きりで泊まったし、まぁ、おっぱ──胸も直接見てしまったし……それにユニバでは手繋ぎデートからのキ、キキ、キスもされた。文化祭ではお互いにすれ違ってしまった後に仲直りしたっけな。
え、これで意識しないとか不可能なのでは⁉︎
「ドーン‼︎」
「ぶへっ⁉︎」
突然好きな人から額に掌底打ちをされた。
別にこれで嬉しいと思えるような特別製の癖は持ち合わせていない。
「もう! さっきからずっと何考えてんの! ずっと話しかけてるのにー!」
「悪いと思ってるからお前も謝れ」
「殴ってごめーん!」
パカーッと笑いながら謝った。
やっぱり俺はとんだ物好きみたいだ。
◇ ◇ ◇
やれやれ、七海くんったら全然人の話を聞かないんだから。
勝手に変なことしだすし、そういえば昔ういちゃんの失恋更生の時にいきなり奇声発したこともあったな〜。
文化祭実行委員とか妙に真面目なとこあれば、俺は周りに流されやすいんだーとかでいきなり宣言してたし。やっぱ真面目だね。
とか言いつつワタシには文句を言うくせに、女の子にはすぐデレちゃうし、その時の顔ちょっとキモいし、乾燥肌だし、しつこいし、あーーー……
……なんで好きになってたんだろうな、ワタシ。
うーん、いつからなんだろ。やっぱり去年のクリスマスイブなのかな。失恋してたワタシを七海くんがしつこく励ましてくれたことからなのかな。
それからきっと、ワタシからキスとか……結構ワタシも勢いで変なことしたけども、でもちゃんと自分の気持ちに気付いたのは、ういちゃんと喋ったあの時なんだろうなー。
「お、おつかれさまです……!」
「あ、ういちゃーん! やっほー!」
これからどうしていこっかなー。
や、やっぱり付き合っちゃう、とか……いやいや! ワタシから告白はしたくはないな! 七海くんに負けた気するし!
ていうか、七海くんってワタシのこと好きみたいだし! あゆゆが目指してるみたいに七海くんから告白させてやろう! うん! それがいい‼︎
「あ、みんな来てたのか。遅くなって悪い」
「あゆゆやっほー!」
「おお……ん? なんか甘ったるい空気流れてんな」
「「「えっ⁉︎」」」
「すげー、青春感溢れるって感じで、てかユウキに関しては顔赤いぞ。なんかエロいこと考えてたのか?」
「ふぇぇっ⁉︎ ちょ、あゆみちゃん……⁉︎ 何言ってるの⁉︎」
◇ ◇ ◇
俺たちの現在の活動は主に勧誘、宣伝、そして失恋の匂いが分かる日向を頼りに失恋者を探し行う失恋更生だ。犬かよ。
しかし、彼女が匂わないとなると、部室から一歩も出ることなく一日が終わる。
それに今は日差しが厳しく外は暑い。つまりダレる。屋外活動しようとは誰も提案しなかった。
いや、数日前にめちゃくちゃ鬼ごっこしたよな。遊びは別腹かよ。まぁ、ある意味では失恋更生を遊びではなく、れっきとした活動として考えてるのか。
「あづい……」
日向がみんな分かっている言葉を漏らした。
そんなこと言えば余計に暑くなるだろ! ……なんてツッコミもダルすぎて誰もしない。
火炎寺はスカートの中を下敷きで扇ぎ、初月はアイスのように溶けた姿でベンチに寝転んでから動かない。
みんな汗だくになっており、カッターシャツに下着が透けて見えちゃっているが……ほんと暑さどころで見る気にもならんし、女子共も隠す気もしない。
早く帰ってエアコンの効いた部屋でアイスでも食べたい。せめて唯一冷房が付いている図書室にでも避難したい。
「うー、それにしても依頼来ないなぁー……」
しかし、俺たちは失恋更生を依頼してくるであろう生徒を、このクソ暑い部屋で待たなければいけない役目がある。そのため不用意にここから動けなかった。
だが、俺たちの活動は失恋することが前提である。みんな恋は上手く行った方がいいに決まっているから、恋の依頼は全てPUREの方へと流れてしまっている。どうやら向こうは繁盛しているようだ。
それに失恋した時は一人でいたいもんだよな。自分がフラれたって周りにバレたくはないだろうし。
まぁ、そういうのを全部無視して俺たちは勝手に励ますんだけど。
「全然失恋臭もしないし、これは今日も依頼人0かなぁ……」
日向が呟いたその時、コンコンと音がした。密室だと暑いから開きっぱなしの扉にノックされた。
「えっと、ここが失恋更生委員会だよね。ちょっと相談したいことあるんだけど、いい?」
覗くようにして現れたのは、
「く、雲名……⁉︎」
「ども。って、そんなに驚くことなくない?」
雲名奏音。
俺の元想い人。
もう振り返ればだいぶ前になるが、「好きです」と告白してフラれた。
理由は彼氏がいるから──ということにしているが、独り身だからといってフラれないわけではないが──今でも彼氏の雨宮とは関係は良好。誰しもが認めるお似合いのカップルである。
そんな順風満帆でクラスカーストも高い彼女が、ド底辺の俺たちに何の相談をするのか。
「ほぉほぉ! ワタシたちに相談とは何かね‼︎」
キラリと光る汗を流しながら、日向はハイテンションに雲名を中へと招き入れる。
失恋更生を生業とする俺たちのところに来たわけだから、失恋についてか? だがさっきも言ったように彼氏とは順調らしいし、日向も失恋臭に反応した感じはない。
もしかして友達の誰かについてか?
「実は……私、
「なっ……⁉︎」
「ふむふむ! なるほど詳しく聞かせて!」
信じられないような言葉に驚く俺に対して、相変わらず楽しそうな日向。
この夏も、また日向に振り回されるんだろうなと確信した。
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