Case.63 初めて依頼が来た場合
「実は……最近、憐が私に興味ないんじゃないかなって……どうしよ、私フラれるかもしれない……‼︎」
依頼人として迎えられ、ベンチに座った雲名は頭を抱え、そんな不確定な未来を悲観した。
「ふむふむ〜それでそれでー?」
初のちゃんとした依頼。そのためか日向は浮かれた状態で雲名から事情を聞いている。火炎寺もちょっと離れた場所から同じように耳を傾けている。
そんな前向きな二人に対して、俺と初月はちょっと気まずかった。
改めて言わなくても大丈夫だろうが、ちょっと前まではお互いこのカップルのそれぞれの人を好きになっていた。最大の失恋原因である恋人持ちだからという理由が無くなろうとしているが、まぁ、今さらまた好きになることはないだろう。
……多分。ぐぬぬ、やはり雲名は美人で可愛い。
「──なるほどー、最近彼氏が冷たいと」
「冷たいっていうか、私に興味ないのかなって。憐はすっごく完璧でしょ? 運動も勉強もできるとこ凄いのに、すっごく努力家なとこが好き。顔もすっごくタイプのイケメンで好き。優しくて気配り上手なとこも好きだし、料理もほんと美味しくて大好きなの。それだけじゃなくて、ずっと笑っちゃうほど話が面白いし、誕生日プレゼントでくれたネックレスなんて──」
惚気に来たんか!
俺は思わず雨宮に嫉妬してしまう。というより世の男子が羨み、世の女子が惚れるほどハイスペック過ぎてむしろ引く。どういう人生を歩めばこんな人になれるのか。前世で世界でも救ったのか。よし、来世のためにちょっくら世界を救いに行くか。
「ふむー、聞いてる感じだとのんのんと雨宮くんって人は順調そうだけどね」
「まぁね。それは分かってるのよ。って、のんのん?」
「雲名奏音だから、のんのん!」
また、日向が勝手にニックネーム付けやがって。雲名は基本的にみんなから名前の「奏音」で呼び捨てで呼ばれている──俺は呼んだことないけど。
「まぁいいや。別にいつも通りではあるのよ? 付き合った時から優しいし、あ、去年のクリスマスの時に私から告白して付き合ったんだけどね。けど、逆に何にも変わってなさすぎてさ。なんか本当は私のこと好きじゃないのかなって思っちゃって……。Hの時とかもすっごく私のこと気遣ってくれるし、優しいんだけどなんか違うっていうか……」
「ふむふむ……ふむ?」
「なっ⁉︎ ちょ、え、ちょ」
「何?」
「べ、別に……」
しれっと雲名が非処女だったぁ‼︎
いや、まぁおかしくはないか。初体験を高校卒業までに終えている人が女性では二割くらいだとどっかのネット記事で見たことがある。ここには今女子高生が四人いるわけだから、単純計算ではそうなる。
にしても、せ、精神的ダメージがデカすぎる……!
しかも、クリスマスの時に付き合ったって。だいぶ前だな……確かその前日はクラスのみんなと焼肉に行った日だよな。ははっ、あの日隣に座って話した時は結構盛り上がってたと思ってたんだけどなー……。
ちなみに隣にいる初月にもクリティカルヒットしている。あとでお互いに失恋更生でもしようぜ……。
「な、なるほどねー。ちょっと夜のお事情は管轄外だから置いといて……確かに上手くいってるとは思う。けど、これは由々しき事態かもしれないとワタシは踏んだね!」
「だよね⁉︎ 友達にも相談したんだけど、「そんなことないっしょ」とか言われててさー。それでも居ても立っても居られなくて、ここに来たの。ここって失恋させないようにするグループだよね?」
おっと、どうやら失恋更生委員会の活動内容が誤って伝わっているみたいだ。
まー、失恋更生という聞き馴染みのない言葉じゃ、そうなるか。とりあえず失恋関連なら失恋更生委員会に、告白成就ならPUREへと相談するという形式が学内に浸透してしまっているのかもしれない。
「──え、別れないようにしてくれんじゃないの?」
俺が失恋更生委員会について詳しく説明すると、驚いたように雲名は返事をした。
「あー、そっかー……」
藁にもすがる思いだったらしいが、俺たちは泥みたいなものだ。泥は沈んでも泥であり続けるように、落ち込んでも泥臭く生きていけるように応援し続ける。材質が違うように性質が違う。
しかし、せっかく来てくれたわけだし、せめて俺が思ったことでも伝えておこう。正直その雲名の友達と同意見だ。
「思い過ごしなんじゃねぇか? 俺の目から見ても順調過ぎると言ってもいいような──」
「ちょっと七海くん! 一旦集合!」
日向に呼ばれて、俺たちは窓際に集められた。雲名はこちらの様子を窺った後にかかりそうだと思ったのか、取り出したスマホで時間を潰していた。
「どうしたんだよ。俺たちの客じゃないんだろ? 失恋するわけじゃあるまいし」
「いや、そうだけど。けど、この依頼を成功したら宣伝になって、いっぱい人が来るでしょ? そしたらそんなかに失恋者いるかもだし受けてみようかなと!」
「はぁ。まぁ、日向が言うならいいけど……。てか、それだと目的ブレブレじゃねぇか?」
「普通だったらね。でも、全然最初は気付かなかったんだけど、少しのんのんから失恋臭するんだよね」
「マジか。ラブラブな気が……」
「それは側から見たらでしょ。本人たちはどうか分かんないよ。けど、そうじゃなくてなんかいつもの失恋臭と違うというか、なーんか中途半端というか。うーん、匂いで表したら存在しない綿あめみたいな感じかな?」
綿あめ匂わねぇし。てか、存在しないって匂う以前の問題だろ。
日向以外は失恋臭など分かるはずもないので、違いがあるとかは知らないが、とにかく違和感を感じているらしい。
「ま、暇だし受けてみようよ!」
「結局それか」
初月と火炎寺も委員長の言うことは絶対として従った。
「じゃあ、のんのん! ワタシたちはパーフェクトヒューマンの気持ちを確かめる! これでいいかな!」
「そのパーフェクトヒューマンってのは雨宮のことか?」
「うん!」
なんか今にも首傾げて踊りだしそうだな。
「うん、お願い! じゃ、さすがにそろそろ部活行かなきゃだから。明日までによろしくね。ばいばい!」
スマホを閉じ、雲名はウキウキしながら体育館へと向かった。本当に悩んでんのか?
「で、どうやって聞き出すんだ? 俺は雨宮に敵視されてるから無理だぞ」
体育館で発狂して、水風船投げまくったあの日。それから完全に悪者として見られている。理由はどうあれ雨宮からすれば当然のことだ。
「うーん、それならワタシも同罪だから難しいかもねー」
「わたしも……ちょ、ちょっと気まずいというか……」
日向も理由は俺と同じ。初月は好きだった人に「彼女とどう?」とはさすがに話しかけづらい。
となると──
「アタシがやる感じか」
自ずと火炎寺になる。
「要は雨宮が雲名のこと好きか聞けばいいんだろ? 余裕だな、脅してでも問い詰めてやるよ」
「あゆゆ! 頼んだよ!」
「おう! 任せろ!」
なんか物騒なワード聞こえたけど大丈夫か⁉︎
とにかく一人になったところを、あくまで自然に、雨宮から雲名への想いを聞き出す。
大して知り合いでもない二人がこの話題をするなど、なかなかに難しい気がするが、球技大会という浮かれたイベントでならできるか──
**
「おりゃぁ‼︎」
ピーッ‼︎
「ゲームセット。3組の勝利」
火炎寺の鞭打つスパイクで相手コートにボールを叩きつけ、見事に勝利を飾り、準決勝へと駒を進めた。
訪れた球技大会。
男子はグラウンドでサッカー、女子は体育館でバレーボールに分かれて全7クラスでトーナメント形式で優勝を決める。ちなみに一クラスは開会式のジャンケン大会でシード権を得ている。
女子の一回戦は、3組と6組、1組と5組が体育館の半分ずつをコートにして戦っていたが、片方が早々に決着ついたみたいだ。
大活躍した火炎寺は3組のクラスメイトに感謝されていた。圧倒的運動神経のお陰でみんなからかなり頼りにされているみたいだ。
ま、そのせいでこっそり抜けるのができそうにないな。
「あ、七海くん。試合終わったんですか?」
「いや、一試合目は俺補欠だから出てない」
火炎寺の対戦相手でもある6組の初月もこの試合は補欠だったらしい。
「そういえば日向は?」
「あ、ひなたちゃんはさっき顔面にバレーボールが当たって鼻血が出たので保健室に行きました」
運動神経はいいはずだが、あいつらしいっちゃあいつらしいか。まだ保健室にいるようなら後でお見舞いに行ってやろう。
うーん、とにかくイベントに乗じて雨宮と接触するのは難しいな。一応委員会メンバーの氷水は体育館のステージ上で運営に励んでいるし、すぐに雲名の依頼を達成することは──
「ふん。女子の会場に来るとはよっぽど暇なようだな」
「ん? ゲッ」
目の前に現れたのはPUREの面々。土神、金城、心木だ。
「ゲッとはなんだ。ゲッとは」
真ん中で踏ん反り返っている土神の胸元は膨らんでいない。体操服で薄着だからか、いつもよりキツめに晒を巻いているみたいだが、苦しくないのか?
「で、PUREが何のようだ?」
「ボクたちの目的を忘れたのか? 幸せなカップルを世に送り出すことだよ」
「だから、自分が頑張っているとこを七海くんに見せる。だって、自分はまだ七海くんのこと好きだから」
うっ……⁉︎ そ、そうだ。心木は俺のことが好きなんだった。
頑張ってるとこアピールって……いや、もうその体操服姿だけで落ちそうだから! 可愛いなチクショウ!
「これから我ら2組と仄果が率いる7組の試合だ。そこで見せつけてやろう。仄果のひたむきな可愛いさを……!」
「仄果、敵同士だけどお互い全力でがんばろーね!」
「う、うん……!」
そして審判に呼ばれて、PUREの三人はコートに入った。
心木っていきなりスタメンで入れるほど、運動得意だっけ……?
ピーッ
「あうっ⁉︎」
試合直後から顔面にクリーンヒットしてるぅ⁉︎
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます