番外編
Ex.1 どうやら姉が恋している場合
「ふんふーん♪」
「………………」
「ふっふんふーふん♪」
「ねぇ、お姉ちゃん」
「んー? ヒカちゃんどうしたのー?」
「最近、彼氏できた?」
「ちょわっ⁉︎」
夏休み前の三連休。私はリビングのソファでスマホをいじりながらくつろいでいた。
すると、お姉ちゃんが鼻歌で上機嫌だったので、ふと頭に浮かんだ疑問を直球でぶつけた。
「え、ど、どうしてそう思ったの……⁉︎」
「いや、なんか機嫌良いから」
「や、やだなー、そんな理由だけで彼氏できたとか安直でしょ〜。彼氏とか、い、いないよ〜」
「ふーん……。じゃあ好きな人くらいはできたんだ」
「えっ⁉︎ ──べ、別にできてないけど⁇」
嘘下手か。
唇尖らせて、そっぽ向くお姉ちゃん。カッスカスの口笛吹いているけど、動揺隠しきれてないじゃん。
私のお姉ちゃんである日向日向は、昔から嘘が下手で元気いっぱいでうるさくて、あんまり頼りないけどいつも優しく接してくれる、妹みたいな姉だった。
けれど、そんなお姉ちゃんもある日失恋して、去年はずっと引き篭もっていた。
ほとんど会話することも顔を合わせることもなく、私は何も励ますことができず、ただ時間だけが過ぎていた。
それが去年のクリスマスイブ。突然家に帰って来て(その日家から出ていたとは終業式だったから気付いていなかった)、急に明日から学校に行くと宣言した。
その後、仕事から帰ってきたお父さんとお母さんは、お姉ちゃんの変わり具合に驚きつつも、涙目になりながら喜んで了承した。
まずは、髪を切るために美容院に連れて行かれた。一年も溜まったモサッとした髪はサッパリと切られて、アイドルのように可愛い美少女になって帰ってきた時はビックリした。
けど、引きこもる前の明るいお姉ちゃんに戻ってきてくれて私は嬉しかった。
そして次の日、ではなく三日後の月曜日、世の学生はとうに冬休みの時に、お姉ちゃんは久しぶりに登校した。
やっぱり留年にはなったけど、そんなことは気にもせず、補習を終えたのちに、二度目の高校二年生になってからは毎日楽しそうに学校に通っていた。
「もしかして、相手はいつも話してる七海さんって人?」
「えぇっ⁉︎ そ、そんなわけないよー! も、もうヒカちゃんったら、お姉ちゃんをからかうなんて一年早いぞー!」
それすぐに経つと思うけど。お姉ちゃん留年したから、実質、一年差が縮まってるし。
ちなみにヒカちゃんとはもちろん私のこと。
お姉ちゃんとは三歳差だけど、来年は高校時代が被ることになる。
一応、志望校は公立校にしてはスポーツが強い、お姉ちゃんも通う友出居高校だから、来年にはその七海さんって人に会えそう。
文化祭に行こうと思ったけど、部活の試合で行けなかったんだよな。
「じゃあ、ワタシ行ってくる!」
「もしかして、七海さんのところに?」
「ち、違うよ! 今日はういちゃんとあゆゆと一緒にでっかい公園の遊具で遊ぶの!」
おい、子供かよ。
ういちゃんとあゆゆという人もお姉ちゃんの話でよく聞く名前だ。お姉ちゃんたちと、あと友出居高校の生徒会長を足した五人で〝失恋更生委員会〟なる組織名で活動しているらしい。
名前から何をしているのか推測はできるけど、やっぱりよく分からない。
「気をつけてねー」
「うん! 行ってきまーす!」
私は寝転んだ姿勢を変えないまま、お姉ちゃんを見送った。
……七海さん、ういちゃんさん、あゆゆさん。この三人が主にお姉ちゃんと仲良くしてくれているみたいだけど、どんな人なんだろう。
「……ちょっと、ジュース買ってこようかな」
**
「わー!」って言いながら、長い滑り台を滑っていくお姉ちゃん。子供か。
予想通りでっかい公園とは、運動公園のことだったか。ここにはスタジアムやテニスコートがあって、主に野球・サッカー観戦か部活の大会とかで訪れたりすることが多いけど、名前の後半部分が示すようにでっかい公園も併設されている。
ここは大体家族連れや遠足で来る小さい子供たちが遊ぶけど、なんで花の女子高校生三人が蝉の断末魔が響く暑い日に遊んでるんだろ。
ほんと、こんな遠くまでジュースを買いに来るんじゃなかったな。飲んだ分が汗となってどっか行っちゃうんだけど。
それにしても、あの二人がういちゃんさんとあゆゆさんか。
どうやらお姉ちゃんと身長が変わらない可愛らしい感じの人がういちゃんさんで、すごく背の高いスタイルが良い人があゆゆさんっぽいな。
ういちゃんさんはお姉ちゃんの大胆さにオドオドしてる。性格が真反対な静かなタイプの人かな。
あゆゆさんは凄く活発的に動いてて、運動神経もお姉ちゃんより良さそう。頼れるお姉さんってタイプだから、こっちもあんまりお姉ちゃんと性格が違いそうだけど……。
まぁ、お姉ちゃんが楽しそうならそれでいっか。
あんなに笑ってるし、良い人たちと巡り会えたみたいで良かった。
けど、七海さんって人らしき男の影は見えないな。お姉ちゃんの言うように今日は来てないのか。
見てみたかったけど、まぁいいか。
暑いし帰ろ、死ぬ……。
はしゃぎ過ぎてるけど、熱中症とかにならないでよね、お姉ちゃん。
◇ ◇ ◇
「あっちぃ……なんで、こんな暑い日に公園で遊ぶんだ。子供かよ」
『七海くーん! 運動公園に来てー! 今すぐに‼︎』と、凸電されて、エアコンの効く部屋でグーたらしていたのに、わざわざやってきた。
こんな日は熱中症に気をつけないといけないから駅近のコンビニでスポーツドリンクとアイスを人数分買って、日向たちのいる場所に向かう。
もちろん、自費だ。
「にしてもあいつ、どの辺で遊んでんだよ。こっちからも電話してみるか──」
「うわっ⁉︎」
「おっと⁉︎ あ、すみません」
俺が電話かけようと画面を見ながら歩いていたら、人とぶつかってしまった。
相手もながらスマホで前を見てなかったらしく、その上スマホを落としてしまったようだ。俺はそれを拾い上げて謝罪しながら渡す。
「いえ、こっちも不注意でした。すみませんでした。では」
ぶつかった相手は年下の女の子だったみたいだ。やっぱながらスマホは危険だな、気をつけておこう。
ってか、今の子どっかの誰かに似てたような……まぁいいや。
さっさとあいつと合流しないとアイスが溶けるし、俺も溶けちまう。日向に電話をかけてみるが──出ない。遊びに熱中してるなあいつ。
とりあえずいそうな場所に向かったら、彼女らしきやかましい声が聴こえたので、案外すぐに見つけることができた。
「あ! 遅いよ七海くーん!」
「これでもだいぶ早く来た方だろ。ほい、アイスとスポドリ」
「わー! ありがと〜!」
案の定、汗だくで遊んでいた日向たち。
何で炎天下の中、女子高生が全力で外遊びしてんだよ。初月とか顔真っ赤になってるぞ、大丈夫かよ。
「何して遊んでたんだお前ら?」
「鬼ごっこ!」
「子供かよ」
「けど、なかなか鬼が変わらないから飽きてきたところー」
「だ、だって、ひなたちゃんもあゆみちゃんも足速いですもん……」
そりゃ運動神経高いからな、こいつら。ほんとお疲れ様です。
「じゃあ七海くんも来たことだし、次はかくれんぼだー!」
「の前にしっかり休め‼︎」
俺は三人を日陰で無理やり休ませた。あと自分用に持ってきた日焼け止めや冷感作用強めの制汗剤を貸した。熱中症とかシャレにならんし、日焼けは相当痛いからな。
だがその後、二時間ほどみっちり遊びに付き合わされたのは言うまでもない。
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