Case.15 テストがヤバい場合


 朝靄の中、無事に初月を回収できた。


『と、トイレ……貸してください……』


 涙を目に浮かべながら、モジモジする初月を見て、ギュン‼︎ って来た。

 いや、ダメだ。変な性癖を開くなよ俺。

 もちろんお望みどおり家のトイレを貸してあげた。

 両親がホテルに泊まっててよかった。初月まで見られたら二人の高血圧が加速してしまう。


『あ、ありがとうございました……』

「ぜんぜん大丈夫だよ〜」


 お前がそのセリフを言うな! 俺の家だよ!


「ういちゃんこそ大丈夫? どこに隠れてたの?」

『ベ、ベッド下に……一晩中……』

「えぇ⁉︎ ずっといたの⁉︎ すぐに逃げればよかったのにー」

『だ、だって、ひなたちゃんが窓から飛び降りて、わたしを置いていくからぁ……』


「やっぱ、そうじゃねぇか」と日向を見れば、わざとらしく顔を背ける。


『あ、でも。氷水さんについては色々知ることができました』

「ほんとぉ⁉︎ ナイスういちゃん!」


 初月は氷水家で知ったことを教えてくれた。

 それは、大の声優好きであること。そして、不機嫌だったのは一番好きな声優が結婚してしまったこと。


「おぉ、それは確かに使えそうだな! ナイス初月さん! じゃあ生徒会長がオタクだってことを全校生徒に言うぞって脅せば──」

「いや、それは使えないでしょ」

「なんでだ? オタクってことをバラしたら恥ずかしいだろ」

「本人はそうかもしれないんだけど、別に何が好きでも、本来は恥ずかしいなんてことは一つもないから。誰かが好きなものを笑うなんて、好きを否定するみたいでワタシはイヤだなぁ」


 ……確かにそうか。そうだよな。

 好きを否定するのはなんか違うか。

 なんだかんだで日向は、俺や初月が恋人持ちを好きになったことについて否定することはなかった。

 きっとそれが彼女のポリシー。それに反することはしたくないのだろう。

 失恋更生委員会のモットーにも反する行為。

 やめておこう。これは俺の失言だ。


『そうですよね……ごめんなさい。氷水さんは声優さんを祀る祭壇前にて下着姿で号泣しておられましたが、使えないですよね……』

「それいいね‼︎」

「やっぱりど畜生か! ってそれはどういうこと⁉︎」


 二段階で驚いた。いや、それもそう。

 さらに詳しく聞くと、オタクはオタクでも日常生活に影響を及ぼす限界オタクなようだ。


「好きなものは勝手だけど、好きという表現はほどほどにしないと、周りに迷惑がられたりするからね」


 日向はもっともらしく言い訳した。

 まぁ、ストーカーとかメンヘラとか、同じ好きでもアプローチの仕方によれば、問題を起こしたり、犯罪に繋がることもあるからな。分からんでもないけど。

 にしても、氷水は一種の宗教催眠みたいになってるな。


「よぉーし! じゃあまた作戦考えておくねー! 決行はテスト最終日の放課後にしよう!」


 俺たちはそのまま学校へ向かう途中、日向は作戦日時を指定した。

 テスト期間中の生徒会活動はないようなので、真っ直ぐ家に帰る氷水と話ができる時間は取れない。そもそも相手にもしてくれないはず。

 だから、テストが終わり、疲労したところを狙うらしい。卑劣過ぎない?

 それと、さすがに俺たちもテスト勉強しないとヤバい。

 赤点を取ったら補習でそもそも活動できなくなるから。初月も塾に行くみたいだし。

 今日は徹夜で頑張るか……。



   ◇ ◇ ◇



「いや〜ごめんねー。教科書借りちゃってー」


「ううん、大丈夫だよ」と初月は日向に教科書を貸した。

 二人とも家に帰ってないため、今日の授業分の用意がない。

 クラス単位で時間割が違うため、補うようにして貸し借りをしていた。


「そ、そういえば昨日の夜、七海くんと何かあったの……?」


 超極小の声で初月は気になっていたことを聞くと、日向は「えっ⁉︎」と驚き、顔を赤くしていた。


「い、いやぁ〜? 何もなかったよー??」


 明らかに目が泳ぐ日向。

 彼女は嘘が苦手なようだと、初月は悟る。


「ごめんね……変なこと聞いちゃった」

「ううん! 気にしてないよ! じゃあ、また放課後ー!」


(本当に何もなかったのかな。けど、ひなたちゃんって七海くんのことを……。だとしたら、お似合いだと思うなぁ……。いつも楽しそうだもん)


 初月はそんなことを考えながら、授業を一日受けた。

 また、授業中に当てられてしまい、小声で答えを外したのだった。



   ◇ ◇ ◇



 テストはあっという間に全て終わり、作戦決行日。

 他の生徒は解放感から我先にと学校を出ていく。

 友達と打ち合わせてカラオケにでも行くんだろうな。一昔前の俺ならその輪に入っていた。


 だが、今の俺は違う。

 そんな当たり障りのない、ある程度盛り上がる曲を歌っていたあの頃とは違い、俺には使命がある。

 氷水沙希を脅し、失恋更生委員会の存続を認めさせる……!


 ──使命って、別にカッコよく言っているが、日向にやらされているだけなんだよな。

 本当ならカラオケではしゃぎたいよ。


「七海くーん、テストどうだったー?」


 日向が手を振りながらやって来た。

 ……会うのはあの時以来。あの朝を思い出してしまう。

 おっぱ──女子の胸部をお目にかかるのは初めてだったので、テスト期間中は邪念が入って勉強に身が入らなかった。両親からもあの日はどうだったのか執拗に聞いてくるし。

 それでも自分の顔面を殴りながら、誤魔化し振り払いながら、なんとか今日まで戦い抜いたのだ。


「まぁ、ボチボチだな。赤点はないと思うけど」

「あぁ……七海くん、赤点ない感じかぁ、あ、そっかぁ……」

「……」

「…………」

「お前、まさか赤点か」

「い、いやぁ? ま、まだ分かんないしぃ⁉︎ てか七海くんのせいだから!」

「なんでだよ!」

「さ、さぁ! 生徒カイチョーのとこにいこー!」

「おぉい!」


 なんなんだこいつ……?

 どうやらまったく勉強してなかったみたいだな。

 今日上手くいったとこで赤点だったらどうすんだよ。

 やれやれ……とにかく気持ちを切り替えて、作戦に集中しよう。



   **



 初月も合流し、誰もいなくなった教室で最後の作戦会議をしていた。


「作戦を説明する! まず、ワタシと七海くんで生徒カイチョーを追い詰める! その様子をういちゃんが隠れてビデオで撮っておいて、さらに追い詰める! 以上!」

「雑っ! 最後の作戦会議だろ、もうちょっと細かく詰めないとダメだろ」

「いやー、そんなこと言われても、適当にあしらわれる可能性があるからねー。気にもしてなかったら弱みにもならないしー」

「じゃあ、どうすんだよ」

「ふっふっふっ、七海くん。ワタシはちゃんと保険を用意しておいたのだよ。何があっても動揺する秘密兵器をね〜。というわけで、はい、これ」


 俺は日向から白色の布を渡された。


「なにこれ」

「生徒カイチョーのパンツ」

「どわぁっしゃい⁉︎」


 パンツを上に放り投げたらそれが偶然初月の顔に被さってしまった。

 彼女は驚いて、あたふたしたのちに日向に取ってもらった。


「何で氷水のパンツがここにあるんだよ!」

「これはワタシが潜入した時にこっそり持ち帰ったものだよ」

「だからなんで持ち帰ってんだ!」

「生徒カイチョーの弱みを握るためだよ〜。これを七海くんが被って踊ってることに動揺した生徒カイチョーを動画におさめるのさ!」

「弱み握られてんの俺なんだけど⁉︎」

「えー、どうせ一つ二つあったところで同じでしょー?」

「軽犯罪を含むなよ!」


 ったく、考えてきた作戦がそれかよ窃盗犯め。

 そんなアホなことを思いつくくらいなら勉強をしろ。それとも勉強してないからそんなアホなことしか思いつかないのか?


『ひなたちゃん、さすがにそれは……。下着はダメだよぉ……』


 初月がオロオロとしながらも止めようとしてくれる。

 こいつのせいで、一人ベッド下にて怖い思いをさせられただろうに。

 うっかり忘れてしまった共犯者が代わりに謝っておこう。


「えー、下着くらいじゃ動揺しないかー。じゃあ裸とか……んっん! とにかくこれで七海くんがなんとかして‼︎」

「んな適当な!」

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