星空

石海

星空

 子供の頃、僕は星が好きだった。


 宇宙の神秘。遥か遠く、何光年も先まで届く光。僕は子供の頃、幾度となくこの光に勇気を貰った。学校ではよくいじめられた。親の転勤に合わせて色んな土地を転々とした。友達はおらず、不気味がられた僕はどこへ行ってもいじめられた。


 辛い事があった日は必ず星を見た。どこへ行っても見上げた星空の美しさだけは変わらなかった。


 それなのに、ある時から星が嫌いになった。正確には星に、星空に恐怖を抱くようになったのだ。


 中学生の時だった。教科書や運動靴、体操着に弁当箱。その時身につけていた制服と上履き以外の全てを隠された。一人で黙々と探して全部見つけた頃にはもう夜の九時頃だった。


 消えかけた街灯が点々と続く道を、疲れ切って俯きながら歩いている間に僕は道に迷ってしまっていた。


 道の左右に立ち並ぶ木々。雲ひとつない満天の星空と、煌々と光を発する満月。後ろを見ても町の灯りは見えなかった。何を思ったのかその時の僕は、細く舗装もされていない道を真っ直ぐ進んだ。


 しばらく歩くと道が開けてもう誰も住んでいないであろう小さな洋館があった。窓は割れ壁にはぽつぽつと穴が空き、門の南京錠は腐食して壊れていた。


 好奇心に駆られた僕はその洋館の中に入り込んだ。


 玄関にはインターホンがなく、扉の真ん中に獅子の顔を模したドアノッカーが付いていた。当然のことながら、叩いても返事は返ってこない。ノブを回して扉を引くと、ミシミシと音を立ててぎこちなく扉が開く。


 月明かりで微かに見える廊下には数えきれないほどの本や、何に使うのかわからない不思議な機械が所狭しと置いてあった。廊下だけではない。キッチン、居間、トイレ、風呂場、階段の踊り場にも至る所に大小様々な道具や本が山積みにされていた。


 そんな中で一冊だけ。寝室の机の上、専用の台座の上にその本はあった。


 今でも鮮明に覚えている。

 豪華な革の表紙。そこに彫刻された美しい模様。表紙の真ん中には「Nestor bréf」と書かれていた。意味は分からないが、僕は無意識のうちにその本を手に取っていた。


 その時は英語で書かれているのだと思っていたが、今思えばあれは英語では無かった。もっとも、英語で書かれていたとしても中学生の知識では読めなかっただろう。そんな物を手に取って読んでみたところで、内容など分かる訳がなかった。


 しかし、稀に描かれている挿絵だけでも、その悍しい内容の片鱗を感じ取るには充分だった。


 気が付けば僕は自室のベッドで毛布を被り、ただひたすら知りもしない何かに向かって必死に祈りを捧げていた。


 今では何が怖かったのか覚えていない。しかし、それ以来毎日悪夢を見るようになった。


 真昼の空。雲ひとつない青空の中に、無数の星々が煌めいている。うだるような暑さと肌を焼く星明かり。周囲の人々は、一人また一人と地面に倒れ伏して行く。そんな夢。


 その悪夢は年々鮮明さを増し、空に浮かぶ星々は数を増やし、より大きくなっている。


 最近になってようやく分かった事が一つある。


 悪夢の中に現れる星々は恐らく火球であるという事だ。時を経るにつれ徐々に地面に近付いてくるそれらは、一際大きな一つの火球に追従するように宙を漂っている。


 そして、恐らくこの悪夢はいつか訪れる僕の最期の瞬間を僕に見せているのではないかと思う。


 燃え盛る星々が地上に降り注ぎ、僕の命が終わりを迎えるその瞬間を、


 きっと僕は夢見ているのだ。

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星空 石海 @NARU0040

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