第2話
◇◇
数ヶ月後――。
今日のサラダはトマトとモッツァレラチーズのカプレーゼ。
クラスの給食委員の私は、この日、自分を給食当番のサラダ担当にした。
しかし、ひときわ背の高く、モデルみたいな体型をした美少女がやってきたところで、ピタリと手を止めた。
「ヒナ。例の件はどう?」
私が声をひそめて問いかけたのは、ヒナこと、
彼女は切れ長の細い目をさらに細くした。
「準備できたよ。そっちはどう?」
「大丈夫。よし、じゃあ放課後、例の場所で」
「了解」
短いやり取りの後、私たちはコクリとうなずきあった。
彼女は私にとっての『
ただし性格は、パパが酒のツマミでよく食べる干しイカよりもドライ。友達の私に対しても
ううん、どうせ後で分かることだから、今明かすのはやめておこう。
◇◇
放課後――。
秋の柔らかな日差しが窓からさんさんと射しこむ小部屋に、私、モエッチ、ヒナの3人は集まった。この部屋は歴史の授業で使う資料の置き場。無数の本に囲まれた部屋の中央に机と椅子を並べて座る。
「これが集めたデータよ」
ヒナが数枚のA4用紙を、はらりと机の上に置く。そのうちの1枚を手にしたモエッチが顔を青くした。
「あわわ……。数字ばっかで目が回っちゃう」
確かに数字がびっしりと並んでいる。でもその隣には……。
「玉ねぎ、キュウリ、キャベツ……。ヒナ、よくやったわ。私からのオーダー通りよ」
「琴音ちゃん。いったいどういうこと?」
モエッチがつぶらな瞳を丸くする。
「大森先生って、自分の料理を男子に分けてあげるでしょ」
「あ、もしかして……」
「ふふ。大森先生が他人へあげた料理を食材ごとに集計するよう、ヒナにお願いしたの。たとえばブロッコリーだったら5回出て、うち1回だけ分けてる。だから20%よ」
私がそこまで解説したところで、ヒナはカバンからもう1枚取り出して、机の上に置いた。
「この紙が10回以上出た食材だけをまとめたもの。そしたらすごいことが分かったの。ほら、ここを見て」
ヒナの白くて細い指で示されたデータを覗き込む。
とたんに私たちの目は大きくなった。
「トマト……100%!!」
ヒナの口角がさらに上がる。
「どうやら答えは出たようね」
「ありがとう! ヒナ!!」
「どういたしまして。……んで、そっちは?」
さっきまでニコニコしていたヒナが無表情になって、左のてのひらを差し出してくる。私はスクールバッグから茶色の紙袋を取り出して彼女の手に乗せた。
ガサゴソと音を立てながら中身を取り出すヒナ。次の瞬間、彼女の顔がとろけた。
「はあぁぁぁ~。最高だわぁぁ。
私がヒナに渡したのは『アイラブ
そう……ヒナはアニメやゲームのイケメンに目がないのである。
フィギアに対してブツブツと愛を語っているヒナをそのままにして、私はモエッチと顔を合わせた。
「ねえ、琴音ちゃん。大森先生はトマトが苦手なのは分かったとして、これからどうするの?」
「私に考えがあるわ!」
「えっ!? どんな?」
「来週の月曜日に課外授業があるでしょ」
「え、うん。森林公園で写生するんだよね?」
「そう。その日は給食じゃなくて、各自お弁当を持ってくることになってる」
私はあごに手を当てて、目と声にいっそうの力を込めた。
「もし大森先生に『サンドイッチを作りすぎて食べきれないから、先生食べてください』ってお願いしたとしたら?」
「あっ……! 大森先生は優しいから断りきれない! つまり琴音ちゃんは、トマトの入ったサンドイッチをいっぱい作ってもってくる――そう考えてるのね!?」
目を輝かせたモエッチが小さな丸顔を近づけてきた。
私は思わず顔をそむける。なぜならサンドイッチを大量に作る役目を、モエッチにお願いしようと考えていたからだ。
と次の瞬間。部屋の扉が開けられたかと思うと、ふんわりボブカットの若い女性の先生が入ってきた。
「あら? あなたたち、こんなところで何してるの?」
柔らかな声をあげた彼女は、
「アスカ先生! お願いがあるんです!」
私はこれまでのことを全てアスカ先生に打ち明け、トマト入りのサンドイッチを作ってくることをお願いした。
そして渋る彼女をどうにか説得して、次の月曜を迎えたのである――。
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