名探偵、明智琴音は騙されない! ~大森先生のトマト疑惑~

友理 潤

第1話


「おーい、みんなぁ! 給食ってのは、栄養士さんが君たちのことを考えて献立こんだてを作ってるんだ。だから好き嫌いせずに、ちゃんと食べなきゃダメだからな!」


 担任の大森おおもり先生は大きな声でそう告げた。

 地黒じぐろ精悍せいかんな顔によく似合う爽やかな笑顔。そこから覗く真っ白な歯が眩しい。


「はーい!!」


 他の先生のことなんてガン無視を決めている女子たちですら、甘ったるい声で返事をしている。

 東京からやってきてまだ2年だと言うのに、私たちの中学ではファンクラブができるくらいに、先生は人気がある。そして若いし、かっこいいし、優しい。


 つまり完璧なのだ。


 しかし私、明智琴音あけちことねだまされない。

 何を隠そう明智家は代々の名探偵一族なのだから!

 今は猫とひなたぼっこばっかりのおじいちゃんも、ひいおじいちゃんも、探偵として数々の難事件に挑んできた華麗な経歴の持ち主だ。

 でもパパは普通のサラリーマンだし、ママは専業主婦。

 このままだと名探偵の血筋ちすじが途絶えてしまう……。

 そこで立ち上がったのがこの私、明智琴音、中学二年の14歳。

 『三中(坂戸第三さかどだいさん中学校の略)の暴走機関車』と称される抜群の行動力の持ち主。

 そんな私が「大森先生は怪しい」とんでいるんだから間違いない。


「……琴音ちゃん? ねえ、聞いてる?」


「へっ!? あ、うん」


 考え事をしていたものだから、真正面から小鳥ことりのような可愛らしい声がかけられたのにまったく気づかなかった。

 私は今日の給食当番で、トマトと水菜みずなのサラダをよそるかかりだったんだっけ。

 声の主に目をやると、小学生と見間違えるくらいに背の低い女子が、銀のボウル皿を手にして、私を上目遣いで見ている。


「あのね。水菜を少なめにしてくれないかな……」


 彼女は中島萌美なかじまもえみ。通称「モエッチ」。私の親友だ。


「嫌いなの?」


 声を潜めた私に対してモエッチはコクリとうなずき、つぶらな瞳をわずかにうるませる。


「そんな顔しなくても大丈夫よ」


 ニコリと微笑んだ私は、彼女のボウル皿を受け取ってトングでサラダを盛る。

 ボウル皿の中はトマトの赤で染まった。


「ありがとう! 琴音ちゃん」


 しかし大森先生は見逃さなかった。

 立ち去ろうとするモエッチの前に立ちはだかった先生は、屈託のない笑顔で口を開いた。


「水菜にはビタミンCとカロテンが豊富で体に良い。だから残さずに、しっかりと食べるんだぞ。中島」


 先生が自分のボウル皿に盛り付けられた水菜をモエッチの皿にドバっと入れる。

 真っ青な顔のモエッチは、


「……はい」


 消え入りそうな声で返事した後、うなだれながら自分の席に戻っていった。

 クラスメイトたちのあわれみに満ちた視線が、彼女の背中に突き刺さる。

 私はなすすべなく、ただモエッチを見つめるしかできなかった。

 胸が痛むと同時に、ぶつけようのない怒りがむくむくと沸き上がる。


「よし、席についた人から食べ始めていいぞ! ちゃんと噛むんだぞ!」


 大森先生の爽やかな声が神経を逆なでした。

 先生にだって好き嫌いはあるはず。なのにモエッチにあんな仕打ちをするなんて……。絶対に許せない。

 隣の席のモエッチは目をつむりながら苦手な水菜を一生懸命食べている。

 すると大森先生に話しかけている女子の声が聞こえてきた。


「先生が嫌いな食べ物ってなんですかぁ?」


 先生は何でもないように、さらりと返す。


「あはは! 先生は何でも美味しく食べるぞ! それが食事を作ってくれた人への礼儀というものさ!」


 その言葉を耳にした瞬間、私は決意を固めた。


 ――明智琴音は騙されない! 私が大森先生の嫌いな食べ物をあばいてみせる!


 と――。

 


 



 

 

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