ロヲド 最南端基地奮闘記 編
黒穴劇場
嗚呼、是ぞ吾等がカディナ基地
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幾億の星々の煌めきが深更の空を染めるも、それを遮る黒い影が空を突き刺し、辺りを暗闇へと包んでいた。風が吹き、黒い影が己の存在を表わすかのごとく音を立てて揺れた。
暗闇に潜むもう一つの影。暗闇の中では影もその一部に過ぎないのだが、その影は大地を踏みしめ、ゆっくりと辺りを窺い、嗤笑する目を光らせ、夜空を見上げていた。
男の目の届く範囲に複数のサブ・モニタが展開し、眼下に広がる夜の樹海を映す。男はレーダーに反応しない相手に、モニタを通して見つけようとしていた。樹木がうねりを上げ、総てを飲み込んでしまいそうな闇の森。その中の異種の枝を探そうとしているかのように、男はモニタを凝視していた。幸いなのが、カメラで撮られた映像に何らかの異変を感知すれば、自動的にモニタが反応を示してくれる。それでも異常はないか、と複数のモニタに目を頻りに移動させながら監視していた。
電波妨碍なのか、レーダーで捕捉できない相手は、突如として基地領域内を浮遊する
男は仲間との交信が急に途絶え、事実確認さえままならない状況に戸惑うしかなかった。いったい何が起きているのか? 仲間はどうなったのか? 敵は何なのか? その一切が不明のままであった。輪を掛けて何故か基地との連絡も取れない状態。情報を得られぬまま、男ができるのは目視で相手を見つけることだけであった。
これまで経験したことのない状況に男は緊張し、それがにわかに焦りとなって表われていた。
〈!?〉
右方向を撮っていた機体のサブ・カメラが、木々の切れ間に動く何かを捉えていたようで、モニタに展開していたサブ・モニタが感知し、その場所をズームアップしながら、反応箇所を強調するようにマーカーを表示させた。男は機体をそちらに向けると、サブ・モニタの映像がメイン・モニタへと切り替わり、マーカーは反応箇所を指し続けていた。
男は自分が失態を犯していたことにまだ気付いていない。それほど緊張していたのだ。男は自らを奮い立たせ、離れた場所へと降下していった。
そこはちょうど木々が生えていない少し開けた牧草地だった。男はその中心に降り立ち、反応のあった方向を中心に全モニタで周囲の索敵を行った。索敵を行った結果、反応は前方に捉えている一つだけであったが、敵が複数いることは間違いなく、ヘタに死角を作るよりは、全方角を見渡せた方が安心であると考えていた。反応を捉えていたマーカーは、反応対象物の実存率を上げ強く強調した。
だが、モニタに映るのは闇に覆われた木々の他、ナイト・ビジョンのサーマルに切り替えても、マーカーが反応しているだけで、男の目には何も見えなかった。本来なら黒体放射により、他より温度差が強く表示されるはずの対象物なのだが、辛うじて表示されているのはそこにある木々。マーカーは何に反応しているのか分からなかった。
時折風が通り抜け、外部スピーカーから男を不安に陥れる音が聞こえてくる。頻りに全モニタを監視する。
何かが見えたような気がする。咄嗟にアサルトライフルの銃口を向ける。
敵を発見したことで緊張が頂点に達しようとしていた。
一歩、また一歩と近づいていくる。
だが、それがなんであるか分からない。それでも確実に何かが忍び寄っている。
男は言いしれぬ不安が増し、鼓動は高鳴り、息遣いが荒くなっているのが自分でも分かるほどであった。〈クソッ!〉と心の中で己を繰り返し罵り、唇を噛む。
風の音の合間に、大地を踏みしめ木々が折れる音が聞こえてくる。
男は息を止め、モニタを凝視した。
何かが蠢いている。
生体反応はない。
〈そうだ!〉
男が何かを悟った時、既にその考えは遅く、何かが樹海から抜けだし姿を現した。
夜の光景を陽光下に模した映像に加工処理されたデイ・ビジョンには、黒い影その物が映し出されていたのだ。
次の瞬間、男は引き金を引いた。自ら発する悲鳴にも似た怒号とともに。
ありったけの弾丸が解き放たれ、暗闇に閃光が迸る。跳ね上がる銃口を補正させながら、一点に集中させる。
総てを撃ち終えると、空の弾倉を取り替える。
モニタはデイ・ビジョンのまま。
男は焦っていた。影を仕留めた手応えがなかったのだ。悪態をつきながら全モニタで索敵を行う。確かに命中させた、と思った。が、影が被弾する光景は見えなかった。見えないどころか、捉えようのないものを掴んだような感覚に見舞われていた。
サブ・モニタが反応した。左前方に黒い影が見えた。黒い影は揺らめき、嗤笑する目がこちらを睨め付けていた。
さっきのはデコイだったのか、と思う。だが、目の前にいる敵が囮や欺瞞を発生させられるとは思えない。どちらかと言えば生物に近い。生体反応のない生物。怪物、バケモノと言っていい。影には銃火器のような武器を携えているようには見えない。
男はアサルトライフルを構える。接近戦に持ち込まれなければ、勝算はこちらにある。
モニタに集中する。
サブ・モニタに反応。
マーカーが指し示す。
瞬間、男は構えていたアサルトを盾にした。金属同士がぶつかり爆ぜる音とともに火花が飛び散る。
男にできた唯一の防御。アサルトを撃ち込むことすらできなかった。その衝撃で機体は後方に仰け反る。モーターの出力を一気に高め、高音域の音とともに男の機体後部から薄命の光りが四散させ、機体の体勢を整える。
影が高音域の咆吼をする。
それは一瞬。
金属の激しく叩き斬られる音がすると、次には地響きを立て大地を揺さぶったのであった。倒れた機体は止めを刺され、静かに動くモーター音は完全に停止した。そして、時折唸るモーター音とともに生まれた光子が一瞬ひかり輝き、直ぐさま消滅していた。
男の失態もそこで終わりを遂げた。数を上げられる程の男の失態。その最大の失態――不運は、その怪物と出遭ったことであろう。
ひとたび風が吹く。
暗闇に残されたのは暗闇でしかなかった。
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