大判子帝國、滅亡ス。

ちびまるフォイ

てめぇの朱肉は何色だーー!!

「よいか!! 貴様らはこれから偉大なる国家のためにその命を尽くして戦う!! そのことを忘れるな!!」


「万歳!! 大判子帝国万歳!!」


「降下!!」


パラシュート部隊がジャングルに降下すると、

すでにそこは大量の書類たちが溜まっている地獄だった。


「た、隊長! 書類がっ……書類が多すぎます!!」


「ひるむなぁ!! 大判子帝国ばんざーーーーい!!!!」


「「 隊長につづけーー!! 」」


全員が朱肉を手に、ハンコを構えて突撃していった。

それはまるで流れる川に小石を投げ込むようなもので、

おおいなる川の流れをせき止めることなどできはしない。


「うあああああ!! 腕が! 腕が腱鞘炎にーー!!」


戦地では仲間たちの断末魔がこだまする。

ハンコ徴兵された新兵は半狂乱になって朱肉もつけずにハンコを押しまくる。


「なんで!? なんで押せないんだよぉぉぉ!!!」


そしてあえなく大量の書類の山に飲まれてしまう。

無謀なる作戦によりやけっぱちに失われる人手。


最初こそ勢いがあった大判子帝国の進軍も、あっという間に書類合衆国から返り討ち。

前線はみるみる後退し、気がつけばただ逃げ回るだけになってしまった。


「とうとう俺たちだけになったな……」


「ああ……」


「朱肉も乾いてかぴかぴになっている……。もはやハンコを押しても印をつけないだろう」


「なあ……」

「ん?」



「このまま、もう逃げてしまわないか?」


「お前……なに言って……」


「あんな山積みの書類、とてもハンコを今日中に押しきれるわけないじゃないか!

 それに中身だって確認しなくちゃいけない! 物理的に不可能だ!!」


「そんなことわかってる……」


「だったら! 早くここから逃げよう!!」


「ばかやろう!!」


逃げ腰になっていた仲間のほおをぶん殴った。


「俺たちが……俺たちがここから逃げたらどうなる!?

 俺たちのハンコを待っている、書類の確認を待っている人たちはどうなる!?」


「それは……」


「いつまでもいつまでもハンコを押された書類を待つことになるんだぞ!!

 ハンコが押されてない限り、みんなずっと待つしか無いんだ!!!」


「ちくしょう……ちくしょう……」


本当はみんなそのことをわかっていた。

自分たちがハンコを押さなければ進まないことがあるということも。

すでに自分たち個人の戦いではなく、御国を守るための戦いであることも。


「俺たちはここでやられる。それは間違いない。

 だが、この朱肉尽きるその時まで書類にハンコを押し続けるんだ! 1枚でも!」


残された敗残兵が立ち上がった。

上官の命令ではなく己の意思で。


「大判子帝国万歳! 大判子帝国万歳!!」


朱肉にハンコをくっつけると全員が1万枚もの書類に向かってわずか数人で立ち向かった。

満身創痍で目につく資料を読みもせずにハンコを押していく。


「うあああああ! 消えろ!! 消えろぉぉぉぉ!!!」


片付けても片付けても増えてゆく書類。

退路も絶たれ、ついにその時を迎えた。


「ここまでか……。大判子帝国、万歳……」



なにもかも諦めたとき、空からレーザーが飛んでてきて書類をどんどん電子化させてゆく。


「こ、これは!?」


「間に合ったようだな。デジタル軍の援軍だ」


あれほど幅をきかせていた書類は一網打尽に電子化されてゆく。

1万すべての書類が電子化されるのに5分とかからなかった。


「終わった……!! すべて終わったんだ……!!」


乾ききった朱肉と擦り切れた実印を捨てた。

腱鞘炎と肩こりに悩まされる時代は終わった。


大判子帝国から新しい時代が始まる……!






「終わった? 何いってんだ。

 これからあの電子書類に"承認"ボタンを1万回クリックする作業が残っているじゃないか」


ふたたび腱鞘炎の暗黒時代へと突入した。

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