第43話

「別宅があったんだ」


 王宮の夜会に参加する日になって、初めて首都に別宅があることを教えてもらった。

 まぁ、確かに、領地を持つ貴族なら普通のことだ。仕立てたドレスといつものメイドたちが一緒になって着いてきたので、別宅にはやたらと人がいる状態で、ヴィオラは人酔いしそうだった。

 何しろ、王宮の夜会での社交界デビューと言うことは、とても名誉なことらしく、こちらについてそうそうにメイドたちからあれやこれやと色々されてしまっているのだ。

 まず風呂に入り、髪を丁寧に洗われた。しっとりするように蜂蜜の入ったもので丁寧にパックされ、髪はしっとりサラサラになった。

 水分補給をすると、今度は念入りに全身をマッサージされた。


「本当は毎日でもしたいのですけれど」


 マッサージをしながらメイドたちはそう言うけれど、そーゆーのは奥様がいたすものなのでは?とヴィオラは悩んだ。けれど、口にしたところでやめては貰えないので、今日は大人しくされるがままになる。

 指の先は綺麗に磨かれ、ドレスに合わせたマニキュアを塗られた。爪の先に小さな宝石を付けられて、思わず目を見張ると、


「これくらいは普通です」


 と、メイドが笑っていた。

 軽い食事を取っていると、忘れていたかのようにアルベルトがやってきた。


「ライオネスが昨日から滞在しているそうだよ。まぁ、我慢してもらうけど」


 軽くウィンクして立ち去られると、それなりに浮世離れした貴族の雰囲気があるものだ。辺境伯の肩書きがあり、いまだ独身恋人なし。さぞや持てるだろうに、どうしてヴィオラにこだわるのか、後でゆっくりと聞いてみたいものだ。


「お義兄様はどうして独身なのかしら?」


 思ったことを口にすると、メイドたちが眉毛を下げてヴィオラを見る。


「聞いて差しあげてください」


 言われたことは、思っていたことと同じだった。



 仕立てたドレス着て、念入りに化粧をされ、髪は流行の形にゆい上げられた。国が違えば流行りも違うというものだ。けれど、独身であるからヴィオラの髪は半分は下ろされている形になっていた。そうして、上にあげられた髪には生花が差し込まれていて、降ろされた髪はリボンとあわせてゆったりと編み込まれた。誇示する必要も無い財力があるからこそ、ヴィオラには宝石の髪飾りでなく生花を使ったのだとメイドが教えてくれた。

 そうして、鏡の中のヴィオラは、これぞ貴族のご令嬢という姿になっていた。


(結婚式の披露宴みたいになってるぅ)


 鏡の中の自分を見て、ヴィオラは内心叫んだ。こんな格好をした自分なんて、前世では結婚式ぐらいだ。成人式は着物だったから、ここまで頭を盛った記憶はない。パーティーに参加する度に結婚式みたいな装飾をするのだとすれば、エステ三昧なのも納得してしまうというものだ。

 そんなわけで、完璧に出来上がったヴィオラを見て、アルベルトはとても満足そうに微笑んだ。それを見て、メイドたちは頭を下げる。主人からの賞賛は何よりも重要だ。


「飾りがまだだった」


 アルベルトがそう言うと、メイドが宝石箱をアルベルトの前で開いた。


「お祖母様のものだよ」


 アルベルトはそう言って、大きな宝石のついた首飾りをヴィオラにつけた。


「お祖母様の…」


 まだ若いヴィオラに対して、随分と豪華なネックレスだ。


「似合っているよ」


 鏡越しにアルベルトが褒めるので、ヴィオラはなんだか恥ずかしくなってしまった。

 しかし、それが合図だったのか、メイドたちは頭を下げたままの状態だ。


「ヴィオラ、手を」


 言われてアルベルトの手を取る。

 誰かの手を取って夜会に行く。

 婚約者だったアルフレッドは、一度たりともヴィオラを迎えにはこなかった。

 侍従たちに見送られ、馬車に乗り夜会へと出かける。貴族の令嬢としてはごく普通のことだ。

 夜会で、名前が呼ばれて会場に入ると、昼間以上に明るくてヴィオラは一瞬目眩がした。

 しかし、エスコートするアルベルトが何事もないかのように進むので、ヴィオラは顔を正面に向けて優雅に歩いた。

 この国の王族に挨拶するのに一瞬躊躇ったが、

ヴィオラ・セルネルと申します。本日はお招きいただき光栄にございます」


 ヴィオラがそう言えば、第二王子もそのように返すしかない。ヴィオラの上手な牽制に、アルベルトは内心驚いた。しかし、そうでなくてはこの会場にいる貴族たちを上手にあしらうことは出来ないだろう。


 ファーストダンスの時間が来て、ヴィオラはアルベルトと踊った。


(やっぱり、踊るとストレスが和らぐわ)


 ヴィオラはようやく楽しいと思えた。踊ることでストレスが発散されるということは、つまりは運動不足ということなのだろう。時折ダンスのレッスンを取り入れさせてもらおう。王太子妃教育をしていた頃は、週に一度はレッスンが組み込まれていたはずだ。

 視界の端に第二王子たち王族が見えた。さすがに王族ともなれば、やすやすとダンスには応じないようだ。それにしても、オーケストラの生演奏でダンスを躍るだなんてなんて贅沢なことだろう。

 ヴィオラが頬を紅潮させて微笑むものだから、パートナーを務めるアルベルトは平常心を保つのに必死だった。

 さすがにヴィオラはステップを間違えたりはしないし、周りとの距離を保ちながら華麗にターンも決められる。息を乱すことなく艶やかな微笑みを浮かべることも出来ていた。


(ヴィオラの初めてをまた貰ってしまった)


 アルベルトは喜びをしっかりと噛み締めながらも、表情筋を働かせるのに必死だった。少しでも油断すると、口元が緩んでしまうのだ。美しく可憐な少女であるヴィオラが、自分だけを真剣に見つめている。何度も目があって微笑まれれば、アルベルトの脳内ではお花畑がどこまでも広がってしまうのであった。

 しかしながら、幸せな時間は長くは続かない。ヴィオラのファーストダンスが終わりを迎えてしまったのだ。

 曲が終わり、向かい合ったヴィオラがゆっくりと頭を下げるのが見えた。もちろん、アルベルトもゆっくりと頭を下げる。パートナーチェンジはマナーであるから、応じないわけにはいかない。婚約者であればそんなことに応じなくてもかまわなかったが、残念なことにアルベルトはヴィオラの婚約者ではなかった。

 あくまでも義理の兄。

 ヴィオラの手を取りたい紳士は会場に大勢いた。なにしろ噂のご令嬢だ。そして、噂以上に美しい。辺境伯であるアルベルトから、誰が最初にヴィオラを奪い取るのか、壁際の令嬢たちは固唾を飲んで見守っていた。


「美しい人、次は是非私と」


 凛とした声がかけられて、ヴィオラは思わずそちらを見た。


(イヴァン?)


 手を差し伸べてきた紳士は、貴公子然とした格好をして、白い手袋を填めた手をヴィオラに差し出してきた。

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