第21話
国教会の奥にある神殿で、女神像を前にすることと言えば、すなわち懺悔である。
自分の罪を告白し、その悪しき行いを悔いるのである。
穢れを祓う。
アンジェリカは厳しい口調で女たちに咎められた。
いままで何度かヴィオラから言われてきたことを、女たちから情け容赦なく言われ続け、さすがに心が挫けそうになった。
(なんなの?こいつら?何様のつもりなのよ)
しかしながら、転生者で自分が主人公のゲームの世界と信じて疑わないアンジェリカは、女たちから浴びせられる言葉に屈することは無かった。
そんなわけで、そう簡単にはアンジェリカの穢れは落ちそうにもない。
「今日はここまでですね」
そう言って、女が合図をすると、扉が開かれアンジェリカと同じような白いワンピースを着た少女たちが手に桶を持って現れた。
「…な、なに?」
アンジェリカが理解する前に、少女たちは桶の中の水をアンジェリカに、浴びせる。
「ーーーっ!」
悲鳴を上げようにも、次から次へと浴びせられる水のせいで、口を開くことが出来ない。
口と目を閉じてこの水浴びが止むのをひたすら待つしか無かった。至近距離から投げつけられるように飛んでくる水は、布一枚しか纏っていないアンジェリカにとって、暴力的に痛かった。
およそ体罰としか思えない行為が終わったあと、アンジェリカは口も聞けないほどに体が冷えていた。
「立ちなさい」
冷たい声で言われて、アンジェリカは声の主を見る。見下すような目線とかち合った。
いつもなら、睨み返して文句のひとつも言ってやるところなのだが、体が芯から冷えきってしまい、そんなことをする余裕はどこにもなかった。
アンジェリカは、素直に立ち上がり女について元いた部屋に帰っていった。体を拭かせて貰えなかったから、アンジェリカが歩く度に水がポタポタとたれていく。しかし、前を歩く人物は気にもしていないし、アンジェリカ自身も気にする余裕はまるでなかった。
部屋には着替えが用意されていたので、アンジェリカはすぐさま濡れた服を脱ぎ捨て、新しい服に着替える。脱いだ服は、自分と同じ服装の少女が桶に回収して立ち去った。
(お風呂に入りたい)
立ち去る少女を見つめながら、アンジェリカは今すぐ温かいお風呂に入りたいと願ったが、少女と入れ替わり入ってきたのは食事だった。粗末ではないけれど、いままで令嬢として育ってきたアンジェリカからしたら、やはり質素だった。
(こんなんじゃ体が温まらないじゃない)
湯気はたっているけれど、これっぽっちのスープでは、芯から冷えた体は温まるはずがない。
この世界の主人公であるはずの自分に、こんな食事をだすだなんて信じられなかった。
アンジェリカは食事を見つめているだけで、椅子に座ろうとかそう言った行動に移せないでいた。
「神に感謝してお食べなさい」
食事を運んできた女に冷たく言われて、アンジェリカは思わず女を睨みつけるような顔をした。
「ここに来て、まだそのような目をしますか」
怒鳴りつけるわけでもなく、静かにそう言われてアンジェリカは黙って動けないでいた。
(なんで?逆ハーエンドを迎えてるのよね?)
未だに自分の状況が理解出来ず、アンジェリカはどうしていいか分からなかった。何をどう文句を言えばいいのかさえ分からない。
「早く座って食べなさい」
きついもの言いに一瞬肩を震わせて、アンジェリカは仕方なく椅子に座り食事をとった。
「ここで今までのような贅沢ができるとは思わないことです」
トレイを下げながら女が冷たく言う。
「お風呂ぐらい入れるんでしょう?」
アンジェリカは、食事をしてもまったく体が温まらなかったので、仕方なく聞いてみた。
「先程みずあびをしたでしょうに」
うっすらとした笑みを見せて、女は部屋を出ていった。その後に、鍵のかける音が聞こえてて、アンジェリカは大いに慌てた。
「え、うそでしょ?」
慌ててドアノブに手をやるが、どうにも動かない。
「なんで?どうして?」
逆ハーエンドのはずなのに、悪役令嬢を断罪したはずなのに、なぜ今自分はこんな所で質素な服を着て粗末な食事をさせられているのか?しかも、お風呂にも入れず、寝台は簡素で布団は薄い。冷水を浴びせされた体は、食事をしてもちっとも温まらなかった。窓は高いところにあり、扉には鍵をかけられた。
「監禁?」
こんなエンドは知らない。聞いてない。
「どういうこと?王子ルートにヤンデレ監禁なんて聞いてない」
このゲームの世界の主人公であるアンジェリカは、攻略ルートは全て把握していたはずで、最大の狙いである逆ハーエンドに向かってフラグをたて、もれなく回収してきたはずだ。
なのに、どうして?
逆ハールートから、王子のヤンデレが発生するなんて聞いたことがない。そもそも乙女ゲームの世界観に監禁なんて有り得ない。
考え事をしながら、アンジェリカはテーブルの周りを自然にグルグル回っていた。
部屋の明かりは小さなランプ一つ、そうやって歩き回っても、何も解決策は閃かなかった。
「そもそも、どうしてこうなったの?」
おかしい、おかしい、おかしい。
自分は完璧にフラグを、回収してきたはずなのに。ゲームと同じエンディングがやってこない。
「もしかして、結婚式の前の儀式なのかも?」
あくまでも前に向きポジティブに考えると、これしか出てこない。ゲームではえがかれなかっただけかもしれない。そう考えれば、納得できる。
「そうか、そうよね。これはエピソードとして語られてなかっただけなのよ」
アンジェリカは一人納得すると、ようやく寝台に入った。硬い寝台はなれないせいで寝返りが打ちづらい。
けれども、今日一日で色々あったため、寝にくい寝台ではあったけれど、アンジェリカは直ぐに眠りにつくことが出来た。
翌日、医師が来て頭の怪我の具合などを診察された。瞼の上が切れていたのは、軟膏を塗られただけで終わってしまった。
(王太子妃になる私の顔に随分ぞんざいなのね)
ぼんやりとそんなことを考えてはみたものの、自分と同じ服を着た少女たちと一緒に体を動かすことになり、何かを考えている暇はなくなった。
しかし、ここでの生活はアンジェリカが思っていたほど短くはなかった。
しかも、水浴びを毎日させられて、風呂には入らせて貰えなかった。
最初のうちはあれこれ考えていたアンジェリカだったが、次第に考えることを放棄してしまった。
次第に疲れて、考えることが面倒になり、水浴びも素直に受け入れられるようになっていた。
そうして、自分がこの世界の主人公であることさえ忘れていた。
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