第22話
トーマスは、軟禁状態の部屋の中で一人反省をしていた。
おそらく、他の二人は分かっていなかったのだろう。アンジェリカの口渇なやり口を。だから、あっという間にアンジェリカにハマったのだ。
アンジェリカはとても狡猾だった。上手い具合にこちらの庇護欲と嗜虐心を揺さぶってきた。女に免疫のない自分たちは、それに気づくことなく難なく落とされた。
「気づいた時点で引けばよかったな」
思わず独り言が漏れるけれど、今更だった。アンジェリカが近づいてきた時点で、調べてはいた。側近候補として王子たるアルフレッドについていたのだから、きちんとするべきだった。
しかし、全ては遅かった。
分かっていたのだ。アンジェリカは自分以外にも関係を持っていた。自分が初めてじゃない。とわかった時、最初の相手が誰なのか探りは入れていた。
ヴィオラが何度も忠告をしてきていたのに、
アンジェリカに溺れたアルフレッドは聞く耳を持たなかった。
王子の回りに気をつけろ。と父親から注意を受け進言はした。示しがつかないことはやめてください。と。だが、アルフレッドは笑って言った。
「私が愛しているのはアンジェリカだと示しているじゃないか」
それを聞いた時、どうしようもないバカだと悟った。こいつの側近になるのは得策じゃないと思ったのに、父親からそれを何とかするのが側近の務めだ。と叱られて仕方なく付き合っていた。
仕方なく。と思っていたのに……
「抜け出すタイミングを見誤った」
せっかくあの場にいなかったのに、うっかり愛称で呼ぶことをアンジェリカに許してしまったのがだめだったということだ。
「あのバカ王子と共に落ちるとはなぁ」
中庭の景色見ても、気分が晴れることはない。規則正しく動く見張りの兵士が今となっては羨ましい限りだった。
一人で脳内反省会を開いていたら、ドアを叩く音がした。
返事をしなくとも、勝手に入ってくるのはもう慣れた。背中を向けていた扉を向くと、気難しそうな文官が入ってきた。一人は書記だろう。
促されて椅子に座る。言い方は優しいが、聞かれる内容は優しくなかった。
そうして、トーマスはもう面倒くさくなったのか、聞かれる前に教えることにした。
「アンジェリカとはもちろん体の関係を持ちましたよ。自分が初めてではないことは分かっていました。アンジェリカの最初の相手がアルフレッド王子なのか、クリストファーなのか、ダニエルなのか、そこまでは知りませんけどね」
トーマスがそう一気にまくし立てると、文官は面食らったようだったが、直ぐに取り繕うと、
「では、君は気づいていたのかな?」
そう言って、真っ直ぐにトーマスに目線を合わせてきた。嘘はつけない。
「拘束時間が長いので、確信が持てました。つまり、アンジェリカが妊娠しているのですね?」
「その通り。だが、君から教えられたことにより事態は面倒なことになった」
「でしょうね」
トーマスは冷ややかに笑って見せた。
察しがついた。
「困ったことに、全員が自分が父親だと言い張るんだよ」
文官は苦笑いをしながら教えてくれた。
だが、トーマスは自分が父親だとは思えなかった。自分がアンジェリカと最後に関係を持ったのは、半年以上も前になる。アンジェリカに誘われるままに関係を持ってはもってはみたが、アルフレッドと致しているのを扉の向こうから察した時、側近候補として身を引いたのだ。
(その時点で愛称で呼ばれることを止めさせれば良かったな)
今更反省をしたところで遅いのだが。
「君は気づいていながら止めなかったのかな?」
「こういうことになった時、自分も関係を持っていたと告白すれば、あの女を王族に入れられないと思って」
本心ではないが、やるつもりはあった。
そうして自分だけのものにするつもりだった。
自分たちに高慢に振る舞うアンジェリカを、捕らえたかった。そのどうしようもない欲を抑えられなかったのがいけないのだ。
(城に連れ込まなければ可能性はあったかもな)
何もかも、バカ王子アルフレッドのせいで台無しになった。トーマスは自分でも信じられないほど冷静に受け答えをしていた。
恩情が与えられれば、自分たちは貴族としての地位だけは守られるはず。だからこそ、素直になることは大切だ。
(婚約者にも申し訳なかった。って態度も見せておくか)
トーマスは、頭の中で打算的に考え、それを態度に示すことで自分を守ることに決めた。いまさらあの女のために全てを失うことは出来なかった。
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