悪役令嬢、断罪ルートの果てを見る

ひよっと丸

ここは何処?私は悪役令嬢

第1話

 鞭で打たれる。というのが本当に痛いと言うのを、身をもって体験した。

 しかも、1回ではない。

 乙女ゲームの顛末として、悪役令嬢が断罪ルートにのって、罰を受けている。

 10回鞭で打たれたのち、国外追放されるのだ。


(目がチカチカする…)


 鞭打たれる場所がお尻出ないだけマシだと思いつつも、背中にくる衝撃は全身を駆け巡る。

 一撃入る度に全身を強ばらせる。

 舌を噛み切らせないためなのか、布を噛まされているせいでくぐもった声しか出ない。

 生まれて初めて経験する痛みのせいで、気を失いそうになるが、こちらを無機質に見つめる者たちにそんな失態を見せたくないがために、布を固くかみ締めて必死でこらえた。


(このタイミングで覚醒するとか、マゾか私は?)


 記憶の混乱が生じているが、断片的とはいえ、繋ぎ合わせればこの状況がなんなのか理解はできた。



 断罪イベント



 ゲームの中ではシルエットと文字だけで省略されていたのに、現実にはしっかりと罰を受けさせられた。しかも、その衝撃で記憶を取り戻すとは…


(最悪すぎる)


 悪役令嬢に転生したことを、断罪イベント中に思い出すという、非常に残念な事になった。全くもってついていない。


 ヴィオラ・モンテラート


 この乙女ゲーム内における悪役令嬢であり、侯爵令嬢であった。


 今は、自らの罪のため断罪イベントをうけ、平民に格下げされた少女である。



 鞭打ちの刑が終了し、2人の騎士がヴィオラの両脇を固めて部屋から連れ出した。

 困ったことにヴィオラはきちんと靴を履かされていたため、支えられた状態ではあるが、歩いて部屋を出ていくことが出来てしまった。打たれた背中は多少痛むものの、両脇を支えられているから歩くことに支障はない。

 背後の扉が閉められて、ヴィオラをさげずむ目から逃れられたことに安堵した。

 ふぅ、と息を吐いたとき咥えさせられていた布が落ちた。


「あ…」


 落とした布に気を取られて、ヴィオラは思わず声が出た。

 しかし、両脇を固める騎士はヴィオラを見ない。


(ああ、そうだ。これから長旅になるんだよね)


 国外追放されるので、長旅になるはずだ。港に行くにしても、街道を走って行くとしても、馬車に乗せられての長旅になることは確定している。乗りなれない、馬車だ。記憶を取り戻してしまったヴィオラにとっては初めての馬車だ。振動でもよおしてしまうかもしれないではないか。そうなると、乙女として不安が生じるというものだ。小さい時から言い聞かされてもいる。出かける前にはトイレに入るのよ。と。


「ねぇ、トイレぐらいいかせてくれないかしら?」


 ヴィオラは両脇を固める騎士のどちらでもなくそう話しかけた。まさかとは思うけど、無視されることは無いだろう。

 騎士たちは、ヴィオラに答えないまま廊下の角を曲がり、トイレの前でヴィオラを離した。


(無言とかないわ)


 あやふやな記憶のまま、とりあえずトイレで一息つくと、改めて自分の置かれている状況について考える。が、もはや、ゲームはエンディングを迎えてしまった。しかも悪役令嬢は破滅エンド。つまり、主人公はハッピーエンドを迎えたわけだ。


「国外追放って、どこに放置されるのかしら」


 言葉に出してみると、身震いがした。貴族の令嬢として生まれ育ったヴィオラが、一人で生きていけるのか?


「せめて、小さくても村とか人が住んでるところに降ろして欲しいものよね」


 トイレの鏡を見ると、改めて自分が美少女だと自覚させられる。


(この顔で放置されたら身の危険しかないわ)


 入口から騎士の視線をヒシヒシと感じてしまったため、口には出さずに心の中で一人つぶやく。そうして、覚悟を決めてトイレを後にした。

 悪役令嬢らしく口を真一文字に引き結び、脇を固める騎士たちを一瞥すると、通路の先に見える扉に向かって自ら歩き始めた。

 罪人であるはずなのに、ヴィオラには腰紐さえ付けられていなかった。が、ヴィオラ本人はそのことにさえ気づかなかった。なにせ、頭の中は前世の記憶との照合で手一杯なのだから。


「馬車ぐらい一人で乗れますわ」


 居丈高にそう言って、両脇を固める騎士を牽制しつつスカートを両手で摘んで踏み台に、足をのせる。


「ーーください」


 何かを言われて、ヴィオラは傍らの騎士を見た。


「鍵をかけるのを忘れないで下さい」


 ヴィオラが振り返ったので、騎士はもう一度ハッキリとヴィオラに向かって言葉にした。


(罪人に対して随分親切だこと)


 一瞬驚きの顔をしてしまったけれど、なんと答えるべきか躊躇した。


「…わ、わかりましたわ」


 こんな時、悪役令嬢だったらなんと答えるべきだったのだろうか?考えても分からなかったし、お礼を言うのは違うと思ってそう答えたヴィオラであった。

 馬車の中には小さなカバンが置かれていた。

 これがおそらく、最低限の荷物なのだろう。

 馬車は外観こそ質素な黒い箱馬車であったが、座席に座ったらそうでは無いことがすぐに分かった。


(え?めちゃくちゃクッション性がいいんだけど)


 座面の布張りは見た目だけだろうと思っていたら、想像以上に座り心地がよく、明らかに長距離移動のために用意された馬車だと理解出来た。


「あ、鍵を…」


 騎士に言われた事を思い出し、扉に鍵をかけた。


(これ、閂じゃん)


 無意識で扉の鍵をかけたけれど、構造みたら鍵と言うより閂と呼べるような心もとない作りだった。


(外から細いもの突っ込まれたら開けられるよね?)


 鍵をかけた音がしたからだろうか?馬車がゆっくりと動き出した。馬車の窓は最初からカーテンが閉められていたため、なんだか暗い。


「名残惜しむことも無いですけど」


 独り言を呟いて、ふとヴィオラは気がついた。


「話す時は勝手にお上品に喋れますのね」


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