催眠アプリを使用した生徒会役員を解任します。

「木野村くん。キミは本日限りで生徒会を辞めてもらう」


 とある高校の生徒会室。

 『鬼』と恐れられる生徒会長に睨まれた生徒会・庶務の木野村はただ、俯くだけであった。

 背後には副会長が腕組をして、逃亡しないように逃げ道を塞ぎ、書記の小金井は淡々と今回の聞き取りを記録している。


「……本当に残念だ。木野村くん。キミがまさかこのようなものを使うなんて……」


 そう言って、生徒会長は没収していたスマートフォンを木野村の目の前に置き、電源を入れる。そして、一つのアプリを起動させた。


『催眠アプリ』


 成年コミックや18禁の同人誌で、御用達のアレである。

 事の発端は昨日、同じ生徒会広報である水野女子が、このアプリにより催眠状態となり、その間にいかがわしい行為をされそうになったそうだ。

 そして、その持ち主と言うのがよりにもよって、生徒会の役員である木野村だったのだ。


「……見下げ果てたぜ。まさか、こんなもん使うなんてな」


 副会長が、木野村に向ける視線は冷たい。小金井はただ、成り行きを記録している。

 今回の件は「魔が差した」などの言葉では片づけられない、立派な犯罪行為だ。

 俯く木野村。対して会長は、私情を交えず事実を確認する。


「キミは、昨日、このアプリを使い、水野さんに催眠をかけた。そして、彼女が催眠状態なのをいいことにわいせつな行為をしようとした――」


 その言葉に生徒会室の空気がさらに、重くなる。

 最早、重罰は免れないだろう。それだけのことを木野村はやったのだ。

 副会長が内心、煮えたぎる怒りを抑える中、会長はさらに言葉を繋ぐ。


「――3年の九頭井滓男(くずいかすお)に『鳥になれ!』と催眠をかけた。違いないね?」

「はい……その通りです……」

「ん!?」


 ……なんか、おかしな展開になってきた。

 会長の言い間違いだろうか? 副会長は一旦挙手し、会長に質問。


「あの会長? 木野村が水野に催眠アプリを使ったんですよね?」

「え? 違うよ? 木野村が水野に催眠アプリを使った九頭井に催眠アプリを使ったんだよ?」

「どういうこと!?」


 どうやら、誤解があったようだ。


「え? え? 九頭井って誰!? って言うか、木野村が悪いんじゃないの!?」

「副会長、どうやら報告書に不備があったようです。『催眠アプリを使って、木野村君が水野さんにわいせつ行為を働いた』ではなく、正しくは『催眠アプリを使って、水野さんにわいせつ行為を働いた九頭井滓男に、木野村君が催眠アプリを使用した』です」

「うん! ややこしい!」


 これは間違えても仕方がない。って言うか、悪いのは九頭井とかいう奴なんだから、そっちを罰しろよ。


「違います! 木野村君は私を助けてくれたんです!」

「水野さん!」


 そうしていると、被害者である水野が扉を勢いよく開けて、入ってきた。


「水野君。キミは別室で待機と言ったじゃないか!」

「ごめんなさい! でも! 木野村君が生徒会を辞めさせられるって聞いて、私、私……」

「あのスイマセン……状況がイマイチ呑み込めないんですけど……」


 混乱する副会長が尋ね、生徒会長が「仕方ないな」と詳細を説明する。


 要約すると、昨日、九頭井は水野を空き教室に呼び出し、催眠アプリを使用。

 催眠状態に陥った水野に乱暴を働こうとしたところに木野村が乱入。

 自分の催眠アプリを使用し、九頭井に「鳥になれ!」と催眠をかけたそうだ。


「結果、九頭井は鳥になり、窓ガラスを突き破ってどこかに飛んで行ってしまったんだ」

「そのまま、退学処分としました」

「ようやく状況を理解できたのに、余計な情報をぶっこまないで下さい! って言うか九頭井、飛んでったの!?」

「そうだ。催眠アプリの効果で『俺は鳥だぁぁぁぁぁ!』と叫びながら、飛んでいって、現在、行方不明だ」

「うん、催眠の範疇を越えてるよね? それ」

「いえ、人間、深い催眠状態になると、木の枝も熱した棒と認識して火傷することもあると聞きます。今回の一件もそうした事例なのでしょう」

「でも限度がある!」

「遊び人がゴリラになったり、村長が村超になったりする世界観で、なにを今さら」

「なんの話!?」


 シレっと、メタ発言する小金井にツッコミを入れつつ、副会長は木野村に尋ねる。


「って言うか、木野村はなんで催眠アプリなんか持ってたんだよ!? 紛らわしい」

「そ、それは……」


 すると、木野村は視線を泳がせつつも、観念したとばかりに、理由を話し始めた。


「実は僕……前から水野さんのことが好きで……」

「催眠アプリを使って、洗脳しようとしたのか?」

「いえ、告白する勇気がなかったので、会長に頼んで催眠をかけてもらって、告白しようとしてたんです」

「いや、使い方! おかしいだろ、その使い方! いや、悪いことに使われるよりましだけどね!」


 しかし、それを行う前に九頭井の犯罪行為を目撃し、今回の一件につながったと言う訳だ。

 まったくもって、紛らわしい限りである。


「まぁ、今回の一件、先生たちも厳しく対応すべきと言っていてな、本来なら九頭井と同じく、退学させるべきだと言う声もあったんだ」

「そ、そんな! 木野村君は悪くありません! 悪いのは九頭井先輩です!」


 水野が抗議の声を上げる。だが、教師の言い分の方が正しいだろう。

 しかし、会長は水野に「話は最後まで聞け」と言い、続ける。


「だが、木野村が今まで、真面目に生徒会の仕事をしてきた功績もある。なので、今回は反省文と生徒会役人の解任、及び奉仕活動で手を打ってもらった」

「まぁ、妥当だな……」


 どうやら、予め軽い処罰になるように裏で手を回してくれていたようだ。

 その決定に安堵する木野村と水野を見て、もう、なんかどっと疲れた副会長。

 生徒会始まって以来の不祥事だと身構えていたのに、こんなオチである。


「尚、解任と言うことになっているが、本人の態度と今後の審議次第では、再度、復帰も検討している」

「! それって……!」

「この程度の案件で、優秀な生徒を手放す訳にはいかないからな」

「まぁ、人手も少ないからな」


 実質、損失ゼロに抑えこめた会長の名采配である。


「それに、お前が抜けたら副会長の仕事が一気に増えることになってしまう」

「すいません、会長。なにシレっと、俺に雑用丸投げする気なんですか?」

「まぁまぁ」

「それから、水野君。キミには監督として木野村君の奉仕活動を手伝ってもらう」

「! ありがとうございます!」

「その間、キミの仕事は副会長がやってくれるから安心してくれ」

「おい、今度は暴力沙汰が起きるぞ?」

「どうどう」


 さらりと勝手に人に仕事を押し付ける生徒会長に物申す副会長。抑える小金井。

 とにもかくにも、一人の生徒会役員は(一時的に)追放された。


「では、早速だが、二人には花壇の手入れをやってもらう。二人で協力して、頑張ってくれ」

「「はい!」」


 そう言って、木野村と水野は生徒会室を後にした。

 仲睦まじい姿の二人を見送り、生徒会長は一件落着とばかりに、窓の外の景色を眺め一言。


「俺も彼女欲しいな……」

「いきなり己をさらけ出すな」

「めちゃくちゃエロい風紀委員といちゃいちゃしてぇ」

「会長、気持ち悪いです」


 いい感じにまとめようとして、己の欲望を晒す会長に炸裂する副会長と小金井のツッコミ・ツープラトン。

 こうして、事件は幕を閉じた。










 ……はずだった。


「オラぁ! 木野村出せ、ゴルァ!」

「! お前は九頭井!?」


 突如、生徒会室に乱入してきたのは、何故かボロボロの格好をした、九頭井滓男。

 憤怒に染まった形相で、目を血走らせ、その手にはナイフが握られている。

 明らかにまともな状態ではない。


「九頭井! お前がなぜここに!? って言うか、お前、なんでそんなにボロボロなんだ!?」

「うるせぇ! 木野村に催眠かけられて鳥になった後、沖縄県まで飛んでいったんだよ!!」

「あ、本当だ。SNSで話題になってますね」


 小金井のパソコンには『#怪奇鳥人間』と言うタイトルで、トレンド入りしている九頭井の姿があった。

 ……ていうか、沖縄まで飛んでいったのか。結構、飛んだな。


「その後、米軍の駐屯地で催眠が解けて、『勝手に基地に入るな!』って滅茶苦茶怒られたんだぞ!? 基地の人、滅茶苦茶怖かったんだぞ!? おまけに【エリア21】ってところに連れていかれそうになったんだぞ!?」

「まぁ、怒られるな。普通」

「おまけに、なんとかヒッチハイクで帰ってきたら、退学になってて、親にも勘当されるし……全部、木野村の所為だ! ぶっ殺してやる!」

「いや、キミの所為だろう」


 自分の所業を棚に上げ、怒り狂う九頭井。

 しかし、このままでは不味い。なんせ、相手はナイフを持っているのだ。

 下手をすれば障害沙汰になりかねない。

 だが、手をこまねいていると……


「用務員殺法奥義、さすまた・零式!」

「ごばぁ!?」

「あ、用務員の斎場さんだ」


 騒ぎを聞きつけ、さすまたを片手に勢いよく用務員さんが、乱入。

 殺意満々の一撃により九頭井は壁に叩きつけられ、ナイフを手放す。


「いまだ!」


 その一瞬の隙を突き、小金井は没収した木野村のスマートフォンを突き出し……


「鳥になれぇ‼」

「うわぁぁぁぁぁ‼」


 催眠アプリを起動。どぉんと、もろに直視した九頭井は簡単に催眠状態に陥ってしまった。

 そして――


「俺は鳥だぁぁぁぁぁ‼」


 窓ガラスを突き破り、飛翔。大空へと旅立っていった。




 あとに残された生徒会の三人と用務員さんは、九頭井が飛び立った姿を見送り一言。


「悪いことは出来ないものだな……」

「いや、感想それだけ!?」




 後日、太平洋沖で漂流している九頭井が見つかったとか、なかったとか。





◆登場人物◆

 生徒会長:この学校のトップに君臨する「鬼」と恐れられる権力者……になれると信じて、立候補したものの、毎日、雑用に追われて後悔してる。でも、根が真面目で人がいい上に、能力的にも有能なので、周囲からは理想の生徒会長と慕われてる。ただいま、彼女募集中。


 副会長:アホな会長と後輩たちを支える苦労人。割と喧嘩早いが、しっかりもの。

小金井とは最近、交際を始めたが、早くも尻に敷かれている。


 小金井書記:生徒会の影の権力者。副会長と尻に敷き、会長を操っている。

今回、騒動の裏で暗躍していたのも彼女である。過去に廃校の危機を救ったり、学園の不正を暴いたりしている。スリーサイズは82/58/82


 水野さんと木野村くん

 生徒会の会計と庶務のカップル。周囲からは「はよ結婚しろ」と言われているくらい仲睦まじい。今回、木野村くんの所持していた催眠アプリが問題になり、解任されたものの、本人が猛省したため、情状酌量の余地ありとされ、後日復帰。

 ちなみに水野さんのスリーサイズは89/60/92


 九頭井滓男

 今回の諸悪の根源。端的に言ってクソ野郎。エロ同人でやること大体やろうと催眠アプリに手を出したのが運の尽き。逆にアプリによって鳥になった。

 最終的に太平洋沖で発見され「もう、悪いことはやめよう……」と反省。

 海外でボランティア活動を始める。


 用務員の斎場さん

 成人漫画に出て来そうな外見の用務員さんだが、内面は生徒を愛する聖人。

 木野村君から恋愛相談を受けていたが、まさかこんなことになるとは思わなかったらしい。しかし、それでも、ちゃんとフォローしてくれる優しいおじさん。

 剣道2段。柔道初段。その他ボクシングやカポエラも使う、中々の武闘派。


 催眠アプリ

 後に組み込まれたAIが「人間とはなにか」「自分が生まれた意味はなにか」と自我に目覚め、会長・副会長・小金井・斎場さんと共に人類を滅ぼそうとするAIと対立。最終的に高次元恋愛擁護システム【カプチューン】となるとかならないとか。

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