村人ですが幼馴染の聖女から追放されました。その後……


「ごめんなさい……あなたを連れていけないの……お願いだから、パーティーを抜けて……」

「……ッ!」


 聖女であるイリスの言葉に、ルカは項垂れるしかなかった。

 数年前まで、ただの村人だった彼女はある日、神託を受け聖女になった。

 そして、魔王を倒す勇者の一党に迎えられた。

 幼馴染として、恋人として心配だったルカは無理を言って雑用係としてパーティーに同行していた。

 だが、それももう限界だった。


 魔王軍の勢いは増すばかりで、他に討伐に向かった者たちは次々に返り討ち。

 そんな危険な旅にこれ以上、戦う力を持たない村人であるルカを巻き込めないと、イリスは判断。

 恋人を心配したルカは頑なに離脱を拒むも、聖女の権限で追放処分を下された。


「分かってくれ……これも、世界を守るためなんだ……だが、約束する。必ず、キミの下にイリスを戻すとこの剣に誓おう……」

「俺もだ! 安心してくれ!」

「僕も力の限り戦います!」

「だから、お願い聞き分けて……」


 信念の下に誓いを立てる勇者・マカオに武闘家のガイと大魔導士クリストファも続く。

 そして、今にも泣きそうな顔をして涙声で諭すイリスを前にルカは遂に折れた。


「分かったよ……」


 こうしてルカは追放処分を受け入れ、パーティーを後にした。


 ――それからしばらくして、大魔王討伐の知らせが新大陸中に響き渡り、約束通り彼女は帰ってきた。





 ――変わり果てた姿で。



「そんな……嘘だ……イリス」

「…………」


 車いすに座ったまま、なにも喋らず、虚ろな眼で虚空を見上げているイリスを見て、ルカは膝をついた。


 たしかに勇者パーティーは魔王を打倒した。しかし、その代償は大きかった。

 勇者たちの奮闘で重傷を負った魔王は、しかし、最後の悪あがきとばかりに、勇者たちもろとも自爆しようとした。

 それにいち早く気づいたイリスは、僅かに残った聖女として力をすべて用いてそれを防いだ。

 だが、無理に力を使った反動で彼女は全ての記憶と感情を喪った……


 目の前の変わり果てた幼馴染を前に、ルカは涙を堪えきれず、嗚咽を堪えるしかなかった。



 ……本当は約束を果たせなかった勇者パーティーに対し、恨み言の一つでも言いたかった。


 しかし、それを言う資格など自分にはなかった。

 なにより、彼らの失ったものも大きかったのだ。



 ……って言うか


「うぅ……ごめんね、ルカちゃん……私、イリスちゃんを守り切れなかった……うぉぉぉぉぉん‼」

「ジーガガ……」

「パンダ……」



「なんか変なのいる!」


 イリスをここまで送り届けてくれた者たちを見て、涙が引っ込んでしまった。

 彼の視線の先にいたのは、漢泣きするマカオ似のオカマ。

 ガイの面影を残す機械人形。

 クリストファの装備を身に着けたパンダと言う珍妙奇天烈な集団であった。


「いや、マジであんたら誰!?」


 恨み言の前にツッコミを入れる羽目になってしまった。




「……とりあえず、落ち着いたところでもう一度聞きますが、あんたら誰?」

「マカオよ」

「ガイダ」

「パンダ」

「クリストファダソウダ」

「ウソつけぇ! って言うか、パンダの鳴き声おかしいだろ! 適当感丸出し過ぎるだろ!」


 イリスとは別ベクトルに変わり果てた三人にルカは思わずツッコミを入れた。

 ちなみに彼女は育ての親である教会の神父さんにお願いしてある。


「いや、なんでこうなった!? なんであんたらそうなった!? 面影ゼロじゃん!」

「これもイリスちゃんのためだったのよ」


 そう言って、マカオは経緯を説明し始める。


 イリスは事情があったとはいえ、ルカを追い出したことを追い目に感じ、寂しい思いをしていたそうだ。

 そんな、日に日に元気を失くす聖女の姿を見て、心を痛めたマカオ。

 なんとか彼女を励まそうと考えるも、それは出来なかった。なぜなら……


「自分で言うのもなんだけど、あたし、イケメンでしょ?」

「ホントに自分で言うな」

「そんな男が心の隙間を埋めようとしたら最後、ドロドロの愛憎劇が始まっちゃうじゃないの!」


 特に最近は勇者が原因のパーティー内での男女トラブルが増えてきている。

 イリスは一途にルカを思っているが、万が一、自分が寄り添うことで、イリスに気の迷いが生まれる可能性を否定できないマカオは思いつめた末――


「取っちゃたのよ」

「なにを!?」


 そりゃ、玉と棒を。


「少しでもイリスちゃんに笑って欲しくてね。やっぱり同性がいると安心感があるっていうか? 今じゃ恋バナする仲よ?」

「笑うどころかドン引きなんですが!?」


 勇者・マカオ。

 真面目な奴ほど、一度ハジけると斜め上の行動をするのだと思い知らされた。


「まぁ、マカオがオネエになった理由は分かったけど……ガイは? ガイはなんでロボットになってんの?」

「コレニハ深イ訳ガアルンダ……」


 ルカの質問に自称ガイを名乗る機械人形が事の経緯を話始めた。


「キミト別レタ後、魔王直属ノ親衛隊トノ戦イガ始マッタ」


 一体一体が四天王に匹敵するほどの精鋭に苦戦を強いられながらも、なんとか戦い抜いた。

 しかし、ある日イリスを庇いガイが重傷を負ってしまう。


「ソノ時、蘇生ノ奇跡ヲ使オウトシタンダガ、俺ハソレヲ拒ンダ。彼女モ限界ダッタンダ」


 もし使えば、彼女も無事では済まなかった。

 ルカとの約束を優先した結果、ガイは死の寸前にまで追い込まれた。

 だが、そこでクリストファがこんなことを言い出したそうだ。


「どうせ、今後人間の肉体じゃついてけそうにないし、いっそ改造したらいいんじゃない?」

と。


「デ、コウナッタ」

「いや、それマッドサイエンティストの発想!」


 その後も強敵との戦いは続き、その度、改造手術を施し、現在では肉体の九九パーセントが機械化してるそうだ。


「コレモ、世界ヲ守ルタメ、仕方ノナイコトダ……」

「あんた、それでいいのか!?」


 他に道はなかったのかと尋ねずにいられない。


「でもまぁ、これでマカオとガイがそんな姿になったのは分かった。分かったけど……」


 そうして、ルカはクリストファに視線を向ける。


「わぁ、パンダだぁ!」

「パンダちゃん、こっち向いて~」

「もふもふ~」


 そこには村のちびっ子たちに取り囲まれたパンダクリストファの姿があった。


「……あれは? あれはなんであぁなったの?」

「話せば長くなるんだけど……」


 度重なる魔王軍との戦いに辛くも勝利していく聖女パーティー。

 だったが、四天王最後の一人は次元が違った。

 あわや全滅の危機。しかし、その時クリストファが立ち上がった。


「さらばだ……みんな……」


 禁術である自爆魔法を使い、クリストファは相打ちになった。

 しかし、ルカとの約束を守れなかったことに未練が生まれ、アンデッドであるリッチに転生してしまったのだ。だが……


「このままだと、警戒されるからって、パンダに魂を移し替えたのよ」

「なんでパンダ!?」

「どうやら魔王軍、絶滅危惧種の密輸までやってたのよ」


 流石魔王軍。悪の結社なだけある。だが仕事は選ぼうぜ。


「まぁ、本人は気に入ってるけどね。人気者になったし。フィジカルも強くなったし」

「パンダだからね……」


 まぁ、本人がいいならいいが……


 とにかく、こうして聖女一行が変わり果てた(特に男ども)になったいきさつは分かった。


「で、あんたはどうするの?」

「どうするって……」

「イリスちゃんのことよ……治療術師やクリストファの話じゃ目覚めるのは絶望的だって話よ?」

「…………」


 マカオに言われ、ルカは押し黙る。

 酷い言い方だが、イリスは最早、生きる屍。

 いつ目覚めるか、そもそも目覚めるかすら分からない状態だ。


 しかし、ルカの心は決まっていた。



「イリスは僕との約束を守ったんだ……だったら僕はそれに答えなきゃいけない」

「それ、義務感だけで言ってない?」

「そんなことない! だって、僕は……イリスの事を……」


 ――好きだから。


 そもそもそうでなければ魔王討伐なんてものになんの力もない一般人が参加なんかするわけない。

 世間では聖女と言われているが、自分にとっては大切な幼なじみの女の子だ。

 だからこそ、その気持ちを大切にしたい。


「……大丈夫、イリスは魔王討伐をしたんだ。それに比べたらなんてことないさ」


 一生イリスと共にいる。そう宣言するルカに三人は涙した。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん‼ ルカちゃん、漢だわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼ うおおおおおおおおおおおん‼」

「あの近所迷惑なんでトーン下げてください」


 化粧が崩れ、最早ただの化け物にしか見えなくなるくらい、漢泣きをするマカオ。


「ウゥ……ルカ……オマエ、ナンテ奴ナンダ……(バチバチバチバチ)」

「ガイ!? ショートしてるけど大丈夫なの!?」


「まだ、この機械の身体にも涙は残っていたのか……」とあちこちから火花散らしながら号泣するガイ。


「いい話だなー」

「お前、喋れたの!?」


「パンダ」としか喋れないと思っていたのに唐突に人語を介してきたクリストファ。

 もう、キャラぶれぶれである。


 こうして、話はまとまったかに見えた、その時であった。


「大変だ、ルカ‼ イリスを聖女に選んだ奴らが『イリスを渡せ』って、武器を持って教会を取り囲んでる!」

「なんだって!?」


 急な展開に混乱しつつ、ルカたちは教会に向かうと、武装した兵士と傲慢そうな態度の神官がイリスを連れて行こうとしていた。


「イリス!」

「? 誰だ、貴様は? 聖女様に馴れ馴れしく近寄るな」

「僕は彼女の婚約者だ! なんなんだ、アンタたちは! イリスをどこに連れて行く気だ!?」

「婚約者? ふん、ただの村人が身の程を弁えろ。聖女様はこれから我らが教団において世継ぎを生んでもらう務めがあるのだ」

「!? なにを言ってるんだ!?」

「なにを? 新たなる脅威に備えて、後継者を育てるのは当たり前だろう。精神はダメだが、幸いにもお身体は無事なようだからな。種さえ仕込めば、あとはどうとでもなる」


 まるでイリスを道具のように扱う神官。

 すると司祭が兵を押し分け、叫ぶ。


「ルカ! イリスを連れて逃げるんだ! こいつらはイリスを使い、自分たちに都合のいい後継者を生み出すつもりなんだ!」

「なんだって!?」


 それは人の道から大きく外れた行い。聖職者にあるまじき下劣な企みだった。


「ふん、田舎の司祭に我々の崇高な目的は理解できんだろう。お前ら、ついでだ。我らに歯向かうこの村の連中を皆殺しにしろ」

『ハッ‼』


 神官の非情な命令に、兵士たちは一斉に剣を抜き、村人たちに襲い掛かる。

 だが――


「させないわ!」

「ビーガガ!」

「パンダ―!」

「!? な、なんだぁ!?」


 突如現れたオカマとロボとパンダが、兵士たちに奇襲をかけた。


「みんな‼」

「ここはあたしたちに任せて、イリスちゃんを連れてきなさい!」

「オレタチモアトデ合流スル!」

「むしろ全員倒しても構わんのだろう?」

「ッ! みんな、ごめん‼」


 三人の覚悟を背に、一瞬の隙をついてルカはイリスを奪取。そのまま逃げだした。


「しまった! 奴を追え! 聖女様を取り返すのだ!」

「ハッ!」


 逃げる二人を追いかける兵士たち。

 しかし、彼らの目の前には魔王討伐パーティーが立ちはだかる。


「イクわよ! みんな!」

「オウ!」「パンダ―!」


 勇者マカオは魔術と剣術を巧みに使い分け、兵たちを圧倒する。


「クッ!? なんだ、この変態は!?」

「変態じゃないわよ! レディに対して失礼ね!」

「ぐあっ!」


 オネエになっても腕前の衰えない、むしろ冴えわたるマカオ。

 その背後を突き、二人の兵士が後方から魔術を放つが――


「必殺・金玉粉砕拳!」

「「なっ!?」」


 二人の魔術をスライディングで躱し、すり抜けざまに二人の股間を掴む。そして――


「砕ッ‼」

「「―――――ッ」」


 ぐしゃあ!


 痛々しい音が鳴り響き、二人の兵は内股になり悶絶。

 そのまま、股間を抑え倒れ伏した。


「さ・ぁ・て、お次は誰かしらぁ?」

『ひっ――――ッ!』


 両手をわきわきさせながら、舌なめずりするマカオに恐怖を感じ、大多数の兵士たちは戦意を喪失したのだった。



「ガイパーンチ!」

「ぐあああああああ!?」

「ガイキーック!」

「ぐああああああ!?」


 一方ガイは武闘家の技と機械の身体の防御力で兵士たちを叩きのめす。

 その手が血に染まろうと、守るべき人のために振るうのだ。


「くそ! こんな奴に足止めされてる場合ではない!」

「遠距離攻撃で一気に叩き潰すぞ!」


 白兵戦では倒せないと悟り、兵士たちは距離を取る。

 しかし、それは想定済みだ。ガイは懐から奇妙なボールを取り出し腕の窪みにはめ込む。


「フォームチェンジ! ジェノサイドフォームッ!」


 瞬間、ガイの肉体が変形する。

 背中からは巨大な大砲! 右腕には電磁砲! 左手にはサイコガン!

 右足にはミサイルランチャー! 左足にはガトリングガン!

 胸のハッチからは無数のミサイルが、股間にはバズーカが顔を覗かせ、その背後には支援砲台が浮いていた。


 ――嗚呼、これ死んだな。俺ら。


 反則的なまでの重武装を見せられ、死を覚悟する兵士たち。

 ガイは慈悲すら与えず、引き金をひく。


「簡単ニ死ンデクレルナヨ? 商品ノ販促ノ為ニ、最低十個ハ強化アイテムヲ使ワナケレバナランノダ」


 大人の事情が垣間見える呟きは、その後に響いた絶叫と爆音にかき消されたのだった。



 一方、クリストファ。


「ぎゃあああああああああああ!」

「パンダ―」


 また一人、兵士がパンダクリストファの犠牲になった。

 クリストファの現在の肉体であるジャイアントパンダだが、オスの体重は約百キロ~百五〇キロ(メスの体重は約八〇~百キロ)である。抱き着かれたらタダですまない。


「パンダ―!」

「ぎゃああああああああああああああ!」


 ちなみに雑食性。野生のものは人里に降り、家畜を食い荒らしたりする。クマ科のため気性も荒い。牙も鋭い。割と危険な動物なのだ。


「ちくしょう! これでも喰らえ!」


 一人の兵士が魔法でクリストファを殺そうとするが、しかし、効果は見られない。


 パンダの毛皮は幼少期こそ柔らかいが、成獣の毛は比較的硬いのだ。

 それに魔法でコーティングしているのだから並大抵の攻撃では傷つかない。


「さて、そろそろ片づけるか……」

「喋れたの!?」


 突如、話始めたクリストファに動揺する兵士たち。

 クリストファは意に介さず、呪文を詠唱すると大量のレッサーパンダが出現。

 炎を纏い、そのまま兵士たちを蹂躙するのであった。

 これはレッサーパンダの名称の一つがファイアーフォックスだからだろう。


「くらえ! 」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 ミサイルのように飛んでくるレッサーパンダにより兵士たちは阿鼻叫喚の渦に叩き込まれたのであった。


「さぁて……お楽しみはこれからよぉ!」

「最終フォームマデ持チコタエテミセロヨ?」

「笹を喰うパンダ―!」

「もういやああああああああああああ‼」


 最早、魔王よりも魔王らしい三人に、兵士たちは絶望の表情を浮かべ、泣き叫ぶしかなかった。




 一方、ルカはイリスを連れて森の中を走っていた。

 森の悪路で車椅子は役に立たず、やむを得ずお姫様だっこの体勢で走っている。

 幸いルカは途中まで魔王討伐パーティーにいたので体力には自信があり、地の利もある。

 しかし、教団側は人海戦術を駆使し、虱潰しに探し回り、いつしか追い詰められてしまった。


「聖女様を返せ!」

「ぐあ!」


 神官に殴られ、地べたを転がるルカ。

 そんなルカを汚いものを見るかのように一瞥だけすると、捕らえたイリスを見ていやらしい笑みを浮かべた。


「くくく……婚約者があんな目にあっても無反応か、心を失ったというのは本当らしいな」


 だが、それを差し引いてもこれだけの美貌の持ち主を好きにできる。

 それが神官にはたまらなかった。

 だが――


「あ、あれ!? ちょっと、待てよ!? これって……」

「どうした? 聖女様がどうかしたのか?」


 一人の魔導士が戸惑うのを見て、神官が尋ねた。すると……


「神官長! これは聖女様ではありません! これはよく出来たフレッシュゴーレムです!」

「な、なんだとぉ!?」


 言われるや否や、神官は“鑑定”の魔術を使い確かめると、確かにイリスに生命反応がないのを確認。代わりに内部にゴーレムを示す魔術刻印が刻まれていた。


「き、貴様ぁ! 村人の分際で神の代行者である我らをたばかったな!?」

「……神の代行者の癖に分からなかったのか? 僕は最初から気づいていたよ?」


 ――そう、気づいていた。


 車椅子のイリスが本人ではないことに。

 おそらくはクリストファが作ったのだろう。

 人間をゴーレムに魔改造できるマッドサイエンティストの彼なら、精巧なフレッシュゴーレムを作ることなど造作もない。


 ――つまり、本物のイリスはもういない。


 自分を悲しませまいと、生きる望みを与えようと、彼らは一芝居打ったのだ。

 そして、自分も彼らの意を汲み付き合った。

 ここまで人形のイリスを持ってきたのは、村からこいつらを引き離すため。

 ……それ以上でも、以下でもない。役目を終えたとばかりにイリスの姿をしたゴーレムは壊れボロボロと崩壊した。


「おのれ! よくもたばかったな!?」

「ぐあっ!」


 まんまとハメられた神官は激高し、ルカを殴りつける。

 何度も何度も殴られ蹴られ、地べたを這うルカに唾を吐き、神官長は剣を抜いた。


「よくも私をたばかったな! 見せしめにしてやる!」


 怒りに満ちた神官長の振り下ろした剣。

 それを見ながらルカは「あぁ、死ぬんだ……」とぼんやり思う。


 ……最後にイリスに会いたかったなぁ。


 もうこの世にいない幼馴染のことを思い出す。

 その時だった――


「ッ!?」


 神官長の腕を何者かが掴んだ。


「だ、だれだ!?」


 突如現れた乱入者に一同が驚くも、答えはない。

 フードを深々と被ったその人物は、神官長を乱暴に突き飛ばすと、スッと右手をかざす。そして……


「“ダークインフェルノ”」


 巨大な炎の塊を作り出し、兵士の一団目掛けて発射。

 大地を揺るがす程の轟音が鳴り響き、直撃した場所には巨大なクレーターが出来上がっていた。周囲に至っては余波でドロドロに溶けている。


「ひ、ひいいいいいい‼ 助けて! ママーーーーーーッ‼」


 世界の終りのような光景を目の当たりに、神官長は尻尾を巻いて逃げ出した。


「し、神官長! 待ってください!」

「って言うか、ママって言ったよあいつ」

「マザコンかよ」

「今年で36なのに……」

「だから結婚できないんだよ」


 幸いにも兵士の中に死人はでなかったようだ。

 無様に逃げ出した神官長に侮蔑するような視線を向ける。って言うか、好き勝手言う。

 元々、今回の件に乗り気でなかった兵士たちは速やかに撤退していった。

 残ったのはフードの人物とルカだけだった。

 そのフードの人物もすぐにその場を立ち去ろうとする。


「待って!」

「――ッ‼」


 しかし、ルカはフードの人物の手を掴んだ。この人物が自分のよく知る“彼女”であることに気づいたから。


「――イリスだよな?」

「……」


 フードの人物は答えない。しかし、ルカは沈黙だけで彼女がイリスであると確信した。


「やっぱりイリスなんだ! 今までどこにいたんだよ!? 心配したんだよ!?」

「こないで!」


 フードの人物――イリスの手を掴み詰め寄るルカだが、彼女は拒絶するように突き放した。

 同時にもみ合いになった拍子にフードに隠された顔が露わになる。


「!? イリス! その姿は‼」

「見ないで!」


 懸命に隠そうとするがもう遅い。

 彼女の頭部には山羊のような角が生えており、目もまるで蛇のようになっていた。

 顔だけではない。よく見れば、腕や足もトカゲの鱗のようなもので覆われていた。


「お願い、見ないで……」

「イリス、その姿は……?」


 今にも泣きそうな顔をするイリスから目をそらさず、ルカが尋ねる。

 その真剣な瞳に耐えきれず、嗚咽を堪えながら真実を話始めた。

 それによると、魔王の自爆攻撃をなんとか防いだイリスだったが、魔王は死に際に自身の血を媒介にイリスに呪いをかけたそうだ。

 それは“魔族化の呪い”

 自分と同じ存在に相手を変質させ、眷属へと変える呪いだった。


 幸いにも聖女の力で精神への呪いは解除で来たものの、そこが限界。

 肉体への呪いは防ぎきれず、結果肉体のみ魔物と化してしまった。


「それに、この呪いはもう解呪できないみたいなの……」


 だから嘘を吐いた。

 魔族に変質した自分はもうルカと暮らせない。故にマカオたちに頼んで一芝居打ったのだ。


「でも……どうしてもルカに会いたくって……こんな気持ち悪い姿見せたくなくって……隠れてったのに……」


 こらえ切れず泣き出すイリス。

 もう自分は人間じゃない。ルカといっしょに暮せない。こんな姿を見られたくなかった。

 それら感情が混ざり合い、気丈な彼女でも限界を迎えてしまった。

 だが――


「――え?」

「馬鹿だなぁ……そんなこと気にしないのに……」


 そう言ってルカはイリスを抱きしめるとイリスを落ち着かせるように頭を撫でる。


「る、ルカ? 私、もう、人間じゃ……」

「たしかに人間じゃない。けどイリスはイリスだよ」


 ――そう、彼女は幼馴染で意地っ張りでだけど本当は寂しがり屋の幼馴染だ。


 たとえ、種族が変わってもそれは変わらない。


「とにかくさ、無事で何よりだよ。ホント、心配したんだらかね?」

「る、ルカ……私……その……ごめんなさい……」


 魔族と化した自分を優しく受け止めてくれるルカの胸の中に顔を埋めイリスは、涙が止まるまで泣き続けた。




「さぁ、いよいよキッスの時間よぉ! そぉれ! キッス! キッス!」

「●REC」

「そのまま押し倒すパンダ~」




 ……しまった、まだこいつらがいた。


「ちょ! みんな! いつからそこに!?」

「割と最初からかしらねぇ?」

「安心シロ。敵ハ全テ排除シタ」

「だから安心してイチャイチャするパンダ~」

「「コラーーーーーーーー!」」

「オホホ、捕まえてごらんなさぁ~い♪」

「チナミニ録画ハ既ニ済ンデイル」

「後で見せてやるパンダ~」

「「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ‼」」


 せっかくのムードを台無しにされ、恥ずかしさで真っ赤にした二人とオカマ・ロボ・パンダの出歯亀たちの追いかけっこがスタート。

 しかし、イリスの表情は先ほどまでと打って変わって年相応少女らしい笑顔だった。


 その後、ルカとイリスの姿を見たものはいない。

 後日、神官の企みに気づいた司教たちが謝罪の為、村を訪れた頃には彼らの姿はなかったそうだ。

 ただ、新大陸と呼ばれる地にて彼らによく似た人と魔族の夫婦とその娘らしい少女が見かけられたという。



「なんか最近、“有名な盗賊団をオカマとロボとパンダのパーティーが壊滅させた”って言う噂が流行してるんだけど、まさか……」

「「「知らね」」」

「……」



 あと、時を同じくして「悪いことをするとオカマとロボとパンダに地獄に連れていかれる」という都市伝説も流行りだしたけど、真実は定かではない。

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