ドリームチェイサー

奈知ふたろ

鉄塔とスマートフォン

第1話  遺恨


 必ずスマホを取り戻す。

 夜が来るその前に。

 また同じ闇を迎えずに済むように。

 

 私は一軒の家の門前に立ち尽くしている。

 そして呪文のようなその呟きを再び繰り返し、おもむろに右手をインターフォンへと伸ばした。

 しかし震える指先はあと数センチのところで萎え、ふたたびプリーツスカートへと戻っていく。

 その自分の不甲斐なさに私は思わず舌打ちをした。

 また、諦めて家に帰ってしまいたいと切に思う。

 けれど私の足は動かない。

 気持ちとは裏腹に何がなんでもスマホを取り返そうとする自分がいる。

 

 昨日、私は彼に出会い、そしてこの家で乱暴された。

 憎い。復讐したい。罪を償ってもらいたい。

 できることなら殺してやりたいとまで思うが、たぶん非力な私にそれは叶わない。

 それならいっそ交番にでも駆け込んで洗いざらい話せばどうだろう。

 けれど少し考えればそれは不可能であるとすぐに分かる。


 証拠がなければ警察は動かない。

 証拠はある。でも今の私ではどうすることも……。


 それはスマートフォンに残っているはずの音声。

 それがきっと彼の罪を裏付けるはず。

 だから私はここにいるのだ。

 胸底で熾火おきびのようにくすぶっていた怒りが不意に炎を上げた。

 そして私はまた自分に言い聞かせるように呟きを繰り返す。


 必ずスマホを取り戻す。

 夜が来るその前に。

 また同じ闇を迎えずに済むように。

 

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