05「複翼の地獄から這い寄る者」

 三年になると体育棟に隠された真実を教えてもらえる。

 それが気にならないとは言わないが、現状問題にすべきは万水雫のしでかした脅迫と、職員室の死体だ。

 もはや体育棟の外がどんな事態になっているかは想像したくない。いや、真に恐れるべきはここのどこかに潜む殺人者か。

 万水のほうを見ると、彼はうんうん言って、扉を見比べていた。

「交路ちゃん。東西南北どこがいい?」

「東」

 扉は二つあり、それらは東か西に通じている。ここから直で南体育棟にいける扉は存在しない。

「おっけ」

 そういって、彼は西に通じる扉を開けた。扉は見るからに頑丈な鉄製であり、重々しくスライドしていく。

「西でいいのか」

「間違えたわけじゃないよ」

 扉の先にはバレーコートが用意されていた。しかも、観客席まで付いた本格仕様である。

「体育祭で集まるにはちょっと足りないのが難点だね」

「一学年で使う分には余しがちだしな」

 西体育棟はなんと3Fまでくりぬいた高天井の球技用エリアである。全力でボールを打っても上まで届くか怪しい。

「4Fに何があるか逆に気になるね」

「卓球だ」

 過去の私は何を想定して手帳に残したのかわからないが、そう記載されている。

「じゃあ、行ってみよう、球技の中で唯一僕の得意科目なんだよね、卓球」

 観客席に備え付けられた階段を最上まで登ると、最外周部分に4Fに向かう階段がある。

「遠いね、卓球室。それにもしかすると見逃しかねない」

「実際高さ自体は4F分のところにあるわけだからな」

 いまだ、特殊因子のキイロ先輩以外の人影すら見えない。もしかすると万水のデマなのでは、とすら思い始めてきた。

 卓球室にも誰もいなかった。

 しかし、違うことが一つある。

「なんだこれ…血?」

 血溜まりとまではいかないが、黒く鮮やかな痕が部屋中に散乱していた。

「匂いはほとんどないけど、乾ききっている訳じゃないね」

 これだけの血を一人で流したとしたら、ひょっとすると今頃死んでしまっているかもしれない。

「出入口に血痕はない」

 卓球室に出入口は二つある。その二つともが、バレーコードの観客席に向かう階段につながっている。

「ここまで来るのは結構な手間だし、怪我人がその足で帰るにも、これほどの血で血痕が残らないのはおかしい」

「お前が浴びた返り血は、なんでだったんだ」

「あれか。あれは定規を振ったら結構威力があったみたいで、勢いよく噴き出したんだよ。それほど酷いケガってわけじゃないと思う。先に釈明しとくけど、定規を使ったのは相手が先だからね」

 何かの拍子で傷口が開いたか、同じような喧嘩が起きて派手に血が飛び散ったか。

「おっと。交路ちゃん。こいつは面白い発見をしちゃったかも」

 彼が目線で誘導する先には”手持ち掲示板”がおかれていた。

 そこには、でたらめとも、不知の言語ともとれる何かが描かれていた。

「中二病の儀式の現場だったみたいだね。勘弁してよ」


 続いて部屋中の調査を済ませたが、何も見つけられなかった。そろそろ気分が良くないし、次のエリアを探索しようとして階段を降りると、バレーコートに数人の人影を見つけた。

「うわ。見つかったら明らかにマズくない? ちょっとやばいよ、あいつら」

 全員制服が真っ赤になっている。どうしてか教えてほしい。

 そしてそのうちの一人に、旧友の姿を認めた。

 彼女の名は煤沢茶々すすのざわ ちゃちゃ。柔道部所属の通称”アンデッドエンジェル”。赤色の制服はむしろ似合っているようにすら見える。

「僕、あの娘になら首を折られてもいいかなって思っちゃった。まあ一人目がいいから嫌だけどね」

「おひれはひれある噂だろうが…二人以上の命に関わってるそうだぞ」

「ひょえー」

「今からでも遅くない。やつらを閉じ込められるなら、調査なんかやめて、体育棟を封鎖しないか?」

「彼女らが犯人ならそれでいいよ。確証は持ててないだろ?」

 万水雫は無謀にも、バレーコートに歩みを進めた。

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