02「水を注ぎ続けて10年待っても君は君」

「僕の推理だと…ってのを披露したいんだけどね。実は見当が全くつかないんだ」

 彼は、職員室に佇む死体を前にして、唸る人のポーズを取った。

 ”唸る人”とは、芸術を見て思わず唸った人の取る、複雑奇怪な賞賛の身構えの事だ。

「どうしたんだ」

 探偵は、ポーズはそのまま、目線だけをぐっと私に向けた。

「交路ちゃんは忘れっぽいね。僕が期待したことが実現したんだよ。まさか学校で人が死ぬとはね」

「期待するのは分かってやるし、嬉しいのもこの際許す。ただし、私以外の前でそんな態度を取ると殺すぞ」

 はぁー。と大きすぎるため息をついてポーズを解いた。

「そうさ。この件は探偵と助手、犯人と被害者以外にはただの悲”報”でしかない。ただ、犯人が分かった暁には、そいつの前で小躍りしたって殺さないでね」

「おまえに解けるとは思えないけど」

「うん。だから交路ちゃんに助けを求めたんでしょ?」

 探偵気取りの不謹慎者は後者を大手を振って歩いて行った。

「どこに行くつもりだ」

「体育棟。そこにいる50人ほどの候補者から”犯人”をみつけるのさ」

 私が取りに来た鍵は、既に彼の手に握られていた。

「私は行かなくてもいいか?」

「もちろん。その場合は、交路ちゃんに鍵をどこかに隠してもらって、僕と候補たちを監禁状態にしてくれ。何日かかっても解決してやる」

 ありえない。遅れてきた教師が異変に気付いて警察沙汰だ。いや、すでに警察に任せるべきなのだが。

「ついていく場合はどうするつもりだ」

「扉は解放せざるを得ない。となると力で制圧することになるね」

 そうしよう。流石に破綻するだろう。

「そっちの線で行こう。お前の活躍が見てみたいしな」

「任せてよ。カッコいいと思うぜ」

 空手の型のような拳を二振りほど見せた。とても強そうには見えない。いや、仮に強かったとしても、流石に50人ほどを全員捕まえて体育棟に放り込むのは不可能だろう。

 どうやったのだろうか。


 体育棟の前に着いた。既に時刻は朝のホームルームを10分後の目前に控えている。

 この棟はスポーツをするだけあって、かなり広い。しかし、鍵を四つ締めただけで、完全に封鎖される仕組みになっている。

 その四つの出入口の一つを開けようとしていた。

「交路ちゃん。だれかの物音とか聞こえる?」

「聞こえん」

 助けが来たかもしれない、となれば、監禁されている者達も騒ぎ出し、音の一つも聞こえるだろうに、入り口の一つが無音だというのは変だ。

「まあいいか。開けなんとかっと。」

 扉が開くと、そこは剣道着が置かれた武道室だった。ここは手帳に記された地図を頼ると、体育棟の最北端である。

 武道室という名前ではあるが、四階建ての建物を一階分吹き抜けとして利用しており、天井が高く、広々としている。

「畳ならたくさん用意できるし、悲観して寝転ぶならここ。ってことは皆はまだ元気みたいだね」

「本当に悲観してたら廊下にだって寝転ぶだろ。わざわざ場所を選ぶのは手間だ」

「まあ人それぞれかもね。それはそうと、なにも変わったところはないかな」

「しらん」

「あれ? 交路ちゃんて一年のときはここで練習する系の部活に所属してなかった?」

「過去の話だろ」

 確かに、私は昔柔道部の一員だったが、あまりにもレベルの高い化け物共に嫌気がさしてやめた。ついでに仲間をひきつれてボイコットしたが、結局止めるに至ったのは私だけだった。

「そのころの友達と話したりしないの?」

「それ、お前に関係あるか?」

「すくなくとも解決の一助になるよ」

 彼の嫌味に付き合うのに嫌気がさして、周囲を見渡す。私のデータは古いが、伝統を重んじる風潮のせいでほとんど変わってないように見える。

「ちょっとまってくれ」

 ポケットから、手帳を取り出した。知りたい事はなんでも、これを開いてから知る。ルーティーンみたいなものだ。テスト中には使えないが、そういう場合はテスト前に見ておけば間に合う。

「でた。交路ちゃんスペシャル。ところで、今日は眼鏡じゃないんだね」

「視力いいんだよ、伊達。……あそこちょっと変だ」

 私の指の先には、部活顧問用”指示出しセット”があった。

「?」

 指示出しセットとは、電子メガホンと持ち歩き掲示板のことだ。大勢の部員を相手に練習の指示を出すのに使っていた。

「一個足りない」

「よくぞ気付いてくれた。取り消すよ、交路ちゃんは記憶力がいい」

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