一滴だけすくう
早山アンク
01「スーパーボールを投げる前に、跳ね回る角度を尋ねる探偵」
光が帰って来た。
私がそれを夢だと直感したのはまさにその瞬間だった。
鏡が私を映すその前に、私の姿を瞳に運ぶその光を目撃したからだ。
絶対不変の法則も、夢の中であればただの概念。
しかし、これを無意識に見せる私の脳は、光をなんだと思っているのだろう。
光を見るための光が不足しているじゃないか。
鏡に映る私は、眼鏡をかけていた。しかし、夢の主人公である私は眼鏡をかけていないし、視力もいい。
眼鏡をかけた私は、何も言わずに、鏡の映す空間のそとに歩いて行った。
しかし、しばらくすると、一冊の手帳を手に戻って来る。
「次はおまえの番」
眼鏡の、手帳を持った私は、そう言って、手帳を投げつけて来た。そして、今度こそ消えた。
夢の創造性はここで潰えたらしい。目が覚めた。
三重の毛布が重たい。しかし、手放すことはありえない。冷えた朝だ。
あとどれくらい毛布の中にいられるんだろう。
枕元に置かれた手帳を手繰り寄せた。
私の日課だ。
夢からリアルに引き戻す文字列が脳味噌を叩くように起こしてくれる。
本日1月11日。冬休みが終わって、初めての登校。
私、
部活には所属していないが、ちょっとした理由¹から、
その同好会とは“探偵クラブ“つまり、不思議解決します。という某だ。
いまのところ会員は二人だけ、増員も勧誘もしていない。なぜなら探偵活動に探偵と助手以外に人はいらないからだ。
とはいっても、事件と被害者、そして犯人は必要だ。そしてそれらはほとんど私たちの前に現れない。
もっぱら最近は、空き教室を根城にするミステリー読書会と化している。
…
手帳を読むとやはり、眠気が飛んで活力が漲っていた。
毛布はとうに畳んで、すでに出かける準備もできている。
ケータイのバイブレーションが鳴った。
探偵と表示されている。
こんな早朝から彼は、音声チャットをかけて来た。
「助けてくれ」
それがどうしてかを聞く前に通話は途切れた。
まあそれほど動揺することでもあるまい。
本当に助けて欲しければ警察に電話をかけるべきだし、たとえ彼が死んでもそれまでだ。
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私が学校に着いたのは、着信から一時間が経過した頃だった。
私たちの同好会には朝練などという高尚なものは存在しない。だが、もの好きな彼は、朝一番から学校を歩き回り、パトロールを欠かさないのだ。
おそらく校内を歩き回る不審者として先生のうち怖いだれかに捕捉されてしまったのだろう。
スパイのように息を殺し隠れ、ついに私に電話をかけてしまったというわけだ。
一応、構内の刑務所スポットを一通り見ておこう。
笑ったらクラスに帰るけど。
指導室、いない。職員室、いない。
数学室、いない。体育館、いない。
ふむ、いるとしたらこの何処かだと思っていたのだが…。
手帳を開いて可能性を探る。
透園高校の校舎は4つある。
a棟b棟c棟ときて最後が体育棟という。
体育棟は学業に使うことがない、スポーツ用の棟であり、現在はオフシーズンだけあり、ほとんどの時間封鎖されている。
もし、ここに入ったのだとしたら、干からびたとしても出てこれない。
運によっては本当に死ぬ。
ケータイを取り出して、探偵に電話をかけた。
しかしでなかった。
たぶん、充電が切れているのだ。彼は抜けが多いでたらめなやつだ。
しょうがないし、助けてやるか。
そうして、体育棟の鍵を借りに職員室まで歩いて行った。
職員室は静まり返っている。
早朝とはいえ、朝練のない私でももう着くような時間だ。教師ならもっと早く来ているはずなのに、物音一つしない。
はて。今日が休みという可能性があるな。
もう一度手帳を確認してみた。ケータイのカレンダー機能と照らし合わせても今日が冬休み明け最初の登校という点で間違いはない。
まあ、何かの間違いだろうと、職員室の扉をノックして、中に入った。
するとそこには一人だけ誰かいた。
そのだれかは頭のてっぺんから血を流して、動かなくなっていた。
ケータイを取り出して、ケーサツの番号を入力する。しかし、その手を止められた。
いつの間にか背後をとられていたのである。
「助手という字は”助ける手”と書く。間違ってないよね」
彼こそが、探偵
「大間違いだ間抜けが」
彼の制服には血が垂れていた。検証しようとしてついたのだろうか。
「これのことなら、朝が早い生徒も教師も全員監獄棟に運んできたんだ。流石に証拠をめちゃくちゃにするようなことはしないよ」
彼は間抜けだが、腕っ節が強い。
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