第459話悔しくて夜もオナれねえ

 冴羽とブチ切れているボーイを両手で掻き分けて鷹山が田所たちの座っていたソファーに座る。


「おい。ミロだっけ。お前買ってこい」


「え、あ、しかし鷹山さん!こいつらは!」


 メンツを潰されたボーイが鷹山に言う。


「買ってこいよ。俺の後輩が飲みたいって言ってんだよ。お前俺の顔に泥塗る気か」


「すいません。買ってきます…」


 ボーイが鷹山の言葉に押され、ミロを買いに走り出す。


「わりいな。ゆきちゃんだっけ。席外してくれるか」


「はい…」


 女も所払いした鷹山がソファーに深く腰をかけながら言う。


「まあ二人とも座れよ。見上げて喋んのは首が痛くなるだろ」


 鷹山の言葉に黙って従う田所と冴羽。それを確認した鷹山が続ける。


「あんた、田所さんって言ってたよね。まさか今もカメラ回してるって…わけはないよね」


 ドキッとする田所。


「さあねえ。どうなんでしょうね。でもなんでそれを?」


「『組チューバー』っておもしれえことを田所ってのと飯塚ってのがやってるって耳にしてたんでね」


 マジか、と思う田所。あくまでも鷹山にペースを握られないように田所も返す。


「いえいえ。鷹山さん。そちらも七代目『藻府藻府』で名を馳せながら今は『値弧値弧會』でも顔だと」


「あ?だったら話ははええ。お前らなにしにこの土地に来た?」


 鷹山の直球の質問に田所が即答する。


「はい。動画撮影のためです」


「あ?」


「地元ではもう顔バレし過ぎて、こーいう『ぼったくりバー』的な動画が撮れませんでね。だから遠征です」


「そうなのか?」


「はい」


 そしてしばらくの間お互いに目を合わせたまま視線をそらさない田所と鷹山。そして鷹山の方から硬直を破る。


「タバコ。吸っていい?」


「どうぞどうぞ。どうせこの店もあなたの店ですよね」


「ん?どうだかな。ウチはそういうのを決めてねえんだよ。今日も俺がこの店にいたのも偶然だぜ」


「へえ。それは運命的と言いますか。奇跡的と言いますか」


「あんたも『組チューバー』でブンブン言わせてんなら『模索模索』って名前は知ってんだろ。間宮ってガキが頭でよお」


「存じてますよ。我々も彼にはいろいろと因縁がありますんで」


「ほう。因縁。どんな?」


「撮影の邪魔をするんですよ。ウチのブレーンである飯塚。そいつも間宮にクソ絡み食らって病院のベッドに世話になってまして」


「そいつはイケイケですね。俺の聞いた話じゃあ九代目の京山も随分と手を焼いていると。『肉球会』ですよね。京山は」


「まあ。そうみたいですねえ」


「もっと腹割って話しましょうよ。田所さん。あんたも『肉球会』でしょ。あ、元っすかね。破門でしたっけ」


 これまで隠してきたと思っていたことがどんどん鷹山の口から洩れてくることに観念する田所。


「参りましたね。これは。『値弧値弧會』さんの情報網はとんでもねえ」


「『血湯血湯会』のお膝元で不良やるにゃあこれぐらいやれんと務まりませんよ」


「ちげえねえですね。聞いてると鷹山さんはかなりオープンですね。今度はこっちからお聞きしていいですか?」


「ん?どうぞ」


「鷹山さんはなんで半グレをされてるんですか?」


「そんなの単純ですよ。今時ヤーさんはなにも出来んでしょう。田所さんならそれを一番知ってんじゃないっすか」


「まあ…」


「例えば。キャバをやろうとする。今の時代、個人じゃ作れねえ。個人は信用がねえからねえ。なにかをしようとすれば法人が必ず必要になる。銀行も昔みてえに馬鹿じゃねえ。まあ馬鹿だがね。法人の口座がねえとなにも出来ねえ。だから俺らみたいな存在が幅を利かせられる。そうだろ」


「まあそうなるよね」


「ヤクザは法人も持てねえ。反社チェックで法人に絡むのもNG。だから『ヒノマル』みてえな不良外国人とも『血湯血湯会』は列組むんすよ」


「ヤクザを国は認めなくとも外国人には手厚いっすからね」


「まあ、あんたらの口癖でいうところの『生きにくい時代』ってやつですよ。じゃあこっちから質問ね。『組チューバー』いいっすよねえ。他にやってる奴がいない。目の付け所は最高ですよ。天才っすよ。最初にその話を聞いた時にゃあなんでウチでやらなかったのかと悔しかったもんですよ。悔しくて悔しくて夜もオナれねえってやつですわ」


「いや、まあ…、でもまだまだ道は厳しいってところなんで…」


「は?」


「動画の再生回数やチャンネル登録者数なんかを考えるとゼニになるにはまだまだ長い道のりがってとこです」


「いやいや。そんなの買えばいいじゃないっすか」


「はい?」


「チャンネル登録者十万人ぐらいなら一千万ぐらいが相場でしょう」


「え?そうなんですか?」


 想像していたよりも柔らかい鷹山。そして思わぬ話に田所も面食らう。


(え?田所さんって元ヤクザ?)


 冴羽はそれに一番びっくりしていた。

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