第386話北風の男

 世良兄が療養中の闇医者を一人の男が訪ねる。


「おい。世良ぁ。なぁーにやってんだ。おめえは」


 ベッドに横たわったまま世良兄が男を見上げる。


「真木…」


 男の名は真木修次郎。偽名は真島。『たぴおか』の金融部門で『北風と太陽』の『北風』役の男である。


「話はだいたい池田から聞いたが」


 そう言って世良兄が横たわっているベッドの脇に腰かける真木。


「そうか…。また池田や山下にキツく当たり過ぎたんじゃねえか」


「別に。いつも通りだわ」


 そう言って場所もかまわずタバコを取り出して火を点ける真木。


「おいおい。灰皿もねえだろ。先生に怒られるぜ」


「あ?じゃあこれでいいだろ」


 そう言って部屋の隅にあった綿棒をケースごと持ってき、中の綿棒をベッドの上にばら撒く真木。


「勘弁しろよ。別手当を請求される」


「ウチは儲かってんだろ。ケチくせえこと言うなよな。それよりあの中山ってガキはなんだ?」


「ああ。池田にウチでしっかりと面倒を見ろと言っておいたが」


「だからよお。面倒とかはいいんだよ。あのガキはお前にとってなんなんだと聞いとる」


 真木がタバコを箱から一本だけ半分を取り出し横たわっている世良兄の口元へ勧める。それを咥える世良兄。続けてライターの火を差し出す真木。横になった状態でタバコを吸う世良兄。


「あの中山ってのはまあ俺が目をかけてる。『肉球会』にも『蜜気魔薄組』にも渡すな。あいつは元半グレでな。まあ俺らと似たようなことをやってたガキだ」


 綿棒のケースにタバコの灰を落としながら真木が言う。


「ああ?元半グレってことはあの間宮んとこにいたんか」


「ああ」


「そんなガキに目をかけるだと。利用するの間違いじゃねえのか」


「そうかもなあ…」


 世良兄と真木は共に「相棒」と呼び合いながらのし上がった。実際、「たぴおか」の最初の種火となった闇金は世良兄が『太陽』を、真木が『北風』を演じたから成功したと言っていい。債務者を鬼のように怒鳴りつける真木とそれをしっかりフォローする世良兄。『北風』も『太陽』もそれ自身だけでは効力を発揮しない。互いに「相棒」がいたから。『北風』は『北風』であり続け、『太陽』は『太陽』としてあり続けた。そして「たぴおか」のシノギが風俗メインとなってから二人の関係は崩れた。こういう職業は成功してしまえばトップは二人もいらなくなる。それでも分け前はきっちり二等分。「じゃあ次の店は俺一人でやる。その代わり俺が金を出すから取り分も俺が全部取る。いいな」。真木のこういった言葉を世良兄は何度も聞かされてきた。そして何度も止めてきた。「組織が崩壊する時はまさにこういう時だ。今がいいと調子に乗るとすぐに破滅するのを俺らは何度も見てきただろう。それと同じことをするのか?」。昔の格言でこんなのがある。


『子供は自分が思うより三年遅く、親が思うより三年早く大人になる』と。


 世良兄から見て真木はまさに子供だった。かつての「相棒」は金に目がくらんでしまった。だから池田や山下と自分の下の育成に励んだ。債務者相手であろうと広告屋相手であろうとヤクザ相手であろうと最初はまず怒鳴る。


『今何時だと思ってんだぁ!お!俺は何時と言ったぁ!殺すぞボケがぁ!』


 あの角田まで真木に最初は怒鳴られた。角田に怒声を発した唯一の業界人が真木である。目の上のたんこぶであるがおいそれと放り出すことも出来ない。今ではろくに働きもせず「たぴおか」のアガリの半分を持っていく男。世良兄にとっての真木はそんな人間であった。


「とりあえず間宮って小僧に追い込みかけるぜ。事務所の修理代にお前の治療費から慰謝料、その他経費諸々ってやつだ」


「いいから俺が復帰するまでお前は動くな。あとのことは池田に指示を出している」


「あーん?馬鹿か?お前は。ふざけんじゃねえ!『たぴおか』はお前一人のもんじゃねえ!俺のもんでもある!それをゴジャにされて動くなだとぉ!?あ?お前はいつから俺に命令できる立場になったぁ?ああ?俺はお前の下か?お前は俺の上か?」


「そうは言ってねえだろ」


 世良兄が綿棒のケースにタバコを押し付けて火を消す。


「言ってるだろおがぁ!」


 そこへここの闇医者が入ってくる。


「おいおい。ケンカなら外でやれ。おい。勝手にタバコ吸ってんじゃねえよ。一応ここは禁煙だぜ」


「先生よお。そりゃ俺に言ってんのか?」


「二人にだ」


 真木が闇医者を睨みつける。


「止めとけ。先生には世話になってる」


 世良兄が言う。


「うるせえ!俺に命令してんじゃねえ!先生よお。世良が復帰するのにどれぐらいかかる?」


「一か月」


「てことは三週間か。先生は商売上手だからなあ。おい世良ぁ!ゆっくり養生するこった。あとのことは俺がしーっかりやってやるからよお。邪魔したな。先生」


 そしてタバコを床に投げ捨てて部屋を出ていく真木。


「すいません。先生」


「いやいい。あいつの気性はよく知っとる」


 ここで世良兄を以てしてもコントロール出来ない男・真木修次郎が間宮狩りに参戦する。

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