第369話ねばぎぶあっぷ

「おいおい。伊勢ぇ。お前、あの半グレの小僧がいなけりゃあヒステリーになるなあ」


「関谷ぁ。誰がくっちゃべっていいつった?俺が動くんじゃねえって言えば口も馬鹿みてえに閉じて喋るんじゃねえ!息もすんな!呼吸もすんな!わあったか!」


「おいおい。息と呼吸は同じだろ」


「うるせええええええええええ!」


 絶叫しながら新藤へ向けていた拳銃を関谷へ突き付けようとする伊勢。その一瞬を関谷は見逃さない。両手で伊勢の拳銃を掴む。そして拳銃を握った腕を一気に逆方向へ折る。


「つ!てめえ…!」


「おい!暴走族のあんちゃん!やるなら今だ」


 関谷と伊勢のやり取りと関谷の言葉で新藤が反応する。


「うす!」


 その場から猛ダッシュで伊勢に近付く新藤。頭の中でシミュレーションする。関谷と呼ばれる男と揉み合いになっている伊勢をぶったたくには。がら空きになったボディか脚。もしくは頭。動きを止めるには脇腹へ渾身のトゥキック。新藤の足にはエンジニア。一撃でやれる。射程圏内に入り迷わず足に力を入れる。その瞬間。


 パーン!


 銃声で思わず動きを止めた新藤の頭をものすごいスピードで考えが流れる。撃たれた?しかし痛みはない。外れたか。でもチャカはもう一人の男と揉み合いになって…。二丁目?


 関谷の両手で真上に持ち上げられた拳銃を持っていた伊勢の右手とは別で腕をクロスさせるように左手にも拳銃を持った伊勢。その左手の銃口から煙が見えたような気がした新藤。


「あんま俺を舐めんな。お二人さんよお。この距離なら左でも余裕で当てられんぜ」


『キチガイになれ』


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 近距離で向けられた本物の拳銃の銃口にビビりながらも京山の言葉を思い出し勇気を振り絞る新藤。エンジニアを履いた足を折った状態で胸まで上げてから『突き』の要領で伊勢が構えた左手の拳銃向かって蹴りを入れる。


 パーン!


 伊勢も左手の二丁目で二発目を発射する。弾がエンジニアの先端に当たるも新藤の蹴りは止まらない。加速を増す。


「せいやああ!」


 新藤の右足裏が伊勢の左手に持った拳銃ごと捉える。伊勢の左手を弾き飛ばし、そのままボディを捉える。


 ドゴーン!


 新藤の蹴りをもろに食らい吹っ飛ぶ伊勢の体。ただそれを関谷が両手で固定していた伊勢の右手が伊勢が倒れるのを許さない。


「おお。暴走族のあんちゃん。ええ蹴りや」


「うす!安全靴なんでチャカの弾も通さねえかと」


「あ?安全靴?あのなあ、安全靴が安全なんはつま先だけやぞ。暴走族のあんちゃん。靴底は普通の靴と変わらんのやで」


「マジっすか?」


「マジってあんちゃんお前…それを知らんで」


「うす!」


「まあええ。こいつも今の一発ですぐには動けんやろ」


「…まてごらあ」


「お、息はしとると思ってたが喋れるか。安心せえ。こっちのエモノは俺が処分しといたる。指紋もべったりやからな」


 そう言いながら一丁目を懐へ、新藤の蹴りで地面に落とした二丁目を蹴り飛ばす関谷。そして続ける。


「まあちょっと楽しませてもろうたで。暴走族のあんちゃん。名前だけでも聞いとこか」


「十代目『藻府藻府』副総長新藤卓」


「『藻府藻府』の新藤さんか。ここは一個借りとく。そろそろタイムオーバーや。俺は車借りてくわ。あんちゃんもとっととフケた方がええで」


 そう言って止まっている車の一台目の運転手に拳銃をちらつかせ、半ば強引に引きずりおろし車を奪う関谷。それを見た新藤もバイクに跨り宮部の元へと走らせる。



「大物気取りでギャラリーきめてんじゃねえ。てめえもかかってこいや。俺にはいろいろしかねえんだろ」


 ここで飯塚と宮部も同時にやると決めた間宮が言う。


「俺もそうしたいのもやまやまなんだがよお。飯塚さんからきつーく言われててな。『お前には一人で充分。だから手は出すな』ってよお」


「…そうだぜ。俺はまだまだ…やれんからよお…。ほらほら…」


 ズタボロにされながらも必死で挑発を続ける飯塚。頭の中ではこれ以上やられるとガチで死ぬと思っている。けれども本能でギブアップしない飯塚。


「だったら順番に死ね」


 そう言いながら覚悟を決めた間宮の目が飯塚だけを捉える。その瞬間。


「おう。暴走族のあんちゃんたち。こっちは片ぁついたで。わりいが先にフケさせてもらうからよ。半グレの小僧。明日にゃあてめえの手配書が回される。極道舐めたことをせいぜい後悔しながら余生を暮らせや。じゃあよ」


 関谷が車を止めてわざわざ助手席の窓を開けてまで宮部たちに感謝と間宮へ殺害予告の言葉を残していく。そしてすぐに走り始める関谷の運転する車。


「んだあ。新藤はどうなったんだよ」


 そう言いながら新藤が車止めに向かった方向を眺める宮部。その隙を間宮が逃さない。素早く宮部の懐へ入り強烈な拳をぶち込む間宮。吹っ飛ぶ宮部。そのまま宮部の単車に跨いで挿しっぱなしのキーを回しエンジンをかける。


「こ、待てこら!」


 そう言いながら立ち上がる宮部より早く単車を走らせる間宮はズタボロの飯塚を片手で拾う。


「飯塚さん!」


 ズタボロの飯塚をケツに乗せ、間宮は単車を走らせる。関谷の車を追って。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る