第360話とんち

 間宮の到着を知らせる『蜜気魔薄組』事務所のインターホン。


「連れて来い」


「はい!」


 そして関谷と伊勢の前に通される間宮。今の間宮は冷静である。義経の前で世良兄に手をかけた時のような気の迷いはない。むしろそれを乗り越えたことで精神的成長が伺える部分も見える。それほど冷静な表情の間宮。


「お待たせしました。『身二舞鵜須組』の関谷親分ですね。初めまして」


「おう。ワレが間宮か。思うとったよりずいぶんガキだな。おう。なんや俺のことも知っとるみたいやが」


「天下の『身二舞鵜須組』の関谷親分のお話は伊勢さんから随分聞かせてもらってましたので」


「関谷さん。とりあえずご要望通り、」


 伊勢の言葉を遮るように咥えていたタバコを伊勢の顔面にぶん投げる関谷。


「伊勢ぇ。おんなしこと何度も言わすなや。のお。俺は今誰と喋っとる?」


 その様子を黙って見る間宮。


「おう。ガキ。若林殺ったんもお前か」


 いきなりカマをかける関谷。


「若林さんを?それはないですよ。どう話が転べばそうなるんですか」


「単純なことや。分かるか?」


「いいえ。まったく」


「若林が消えて一番得する奴は誰や。どや、簡単やろ」


「それなら『肉球会』さんがそうなんじゃないですか」


「ほお。見た目はあれやが性格は聞いとるとおりや。随分と怖いもの知らずのイケイケやのお」


「そうなんですか」


 そこで新しいタバコを咥える関谷。すぐにライターを差し出す伊勢。そしてソファーに深く座り背をもたれかけさせ、膝を組んだ状態でタバコの煙を吐き出す。言葉を使わず『今、この場での力関係』を分かりやすく誇示する関谷。


「うちにも面倒見とる半グレはおるが。兄ちゃん。ええなあ。スカウトしたいぐらいや」


「ありがとうございます」


 ヤクザはいつキレるか分からない。


「お前、ウチの小泉つこうて何企んどった?」


「企むとは?」


 間宮の言葉が終わらないうちに伊勢の顔面にタバコをぶん投げる関谷。


「ガキィ。もっと言葉に気をつけえよ。俺のタバコが勿体ないだろ。今、一本いくらすると思ってんのや」


「…」


 今度は少し黙り込んだ間宮に関谷がキレる。


 ガンッ!


 組んでいた膝をおろした瞬間に思い切りテーブルを蹴り上げる関谷。テーブルの上の灰皿がひっくり返る。湯飲みが倒れる。


「シャキシャキ答えんかい!ボケがぁ!てめえがウチの小泉に空気入れとったんは分かっとんじゃい!」


「空気とは?確かに関谷さんのところの小泉さんとは直接お付き合いさせて貰ってました。けれどそれは小泉さんの仕切りですので。いきなり自分みたいなガキが小泉さんを飛び越えて関谷さんと話をするのは百年早いと。それが事実です。小泉さんからどう聞かされてるかは知りませんが」


「おう。兄ちゃんよ。まだ俺のことをよく分かってないみたいや。なあ。そうやろ」


「初めてお会いしましたので。武勇伝はいろいろ聞いてますが」


 間宮の言葉をシカトし、スマホを取り出す関谷。そして受話器に向かって威勢よく話始める。


「おう。わしや。小泉か。お前、例の半グレ、名前なんじゃ、そうそう、間宮や。あれと話とる時に『自分を飛び越えて関谷さんと話するんは百年早い』とか言うたんか。お、おう。言うてないか。そうか。分かった分かった。ご苦労さん」


 ドヤ顔でスマホをしまう関谷。もちろん小泉に電話などかけていない。かけたフリである。


「おう兄ちゃん。聞いてたやろ。小泉と兄ちゃん、言うてることが違うぞ。どっちかが嘘をついとるわけや。俺はコナン君じゃねえからよ。真実なんぞどうでもええ。疑わしきは罰するが俺のポリシーや。両成敗ならどっちかはビンゴになるやろ。まあこの世界はそういうこともようある。『黒いもんも白いと言えばなんとやら』ってやつや。そこのドスでケジメつけろや。兄ちゃん。耳でもええ。鼻でもええ。指でもええ。どっか飛ばせばお前の話も聞いてやるよ」


「話を聞くとは」


「今のままじゃあてめえは言い訳の機会も与えられず何も言えんようになる。それじゃあ可哀そうやと思う俺の優しさや。それでどこでもええ。ちょん切れば兄ちゃんの寿命も長あなる。コナン君が真実を突き止めてくれるかもなあ」


「分かりました」


 そう言ってテーブルに刺さったドスを掴んで抜く間宮。そして。自らのロン毛を摘み、後ろ髪を少しだけドスを上下に動かし切り落とす。


「言われた通りちょん切りました」


「ガキが!死んだぞ…てめえ…」


 顔を真っ赤にした関谷がソファーから立ち上がる。

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