第358話『血湯血湯会』の総意

「それで住友さんよお」


「はい」


「俺からもひとつ頼みがある」


「なんでしょう」


「俺もこの話を聞かされて黙って指くわえて見てるわけにはいかねえ」


「それは?」


「少しの間目ぇつぶっててくれるかってことや」


「いいでしょう。その辺はお任せします。ただ間宮の抱えている爆弾に関してはノータッチでお願いしますよ」


「分かった」


 そしてコーヒーを一気に飲み干した関谷が席を立つ。


「相談役。これから伊勢んところへ行ってきます。それが一番早いですやろ」


「住友さんの顔を潰さんようにな。住友さん。今日はこちらへは私ら二人だけで来ております。関谷もよそ様のシマウチで行儀の悪いことはしませんよってに」


「はい。存分に承知しております」


 そして狭山へ深くお辞儀をしてから店を出る関谷。


「ほっほっほ。すいませんなあ。住友さん。関谷はまああれがあいつのええとこでして」


「そうですね。私でも関谷さんの立場でしたら同じように動いてると思います」


「そうですか。住友さん。コーヒーもう一杯分だけお話しませんか」


「はい。それは構いませんが。天下の『血湯血湯会』の相談役である近藤さんが私なんかに何のお話でしょうか」


「まあまあ。おう兄弟。こっちコーヒーのおかわり頼む」


「ふん。勘定はきっちりつけとくぞ。払わんかったら組に請求書送るからの」


「兄弟。ケチ臭えこと言うない。お前昔はそんなに銭銭言わんかったやろう」


「ふん。今は一杯数百円のコーヒーで飯食っとる。兄弟の方こそ一円だろうと払うもんは払う性分やったろうが」


「それは今も変わらん。美味いから頼んどる」


「ふん。愛子ちゃん。これ運んでくれるか」


「はい」


 そして愛子がテーブルへ新しいカップを二つ運ぶ。


「住友さん。実は兄弟から『肉球会』さんの話を少し聞かされまして」


「ウチの話ですか?」


「ええ。なにやら『ユーチューバー』ですか。それを新しいシノギとして取り組まれていらっしゃると」


「はい。ウチのおやじは昔気質でして。手っ取り早い『薬』も『オレオレ』もやりません。そういう『誰かが被害者になる』シノギはやるなと強う言われてます。時代が時代です。今はヤクザに人権はありません。でもそれは言い訳にはなりません。自分らが好きで選んだ道です。それなら歯ぁ食いしばってでも時代のせいにせず、自分たちが生きていける道を探す。安定して若い衆を食わせるシノギを考える。その結果が『ユーチューブ』です。あの世界も銭になるにはかなりの困難な道であると聞いてます」


「私にはさっぱり分かりませんが真っ当に稼ぐという意味では素晴らしいアイデアだと思います。どの分野でも『先駆け』となるもの、『先駆者』がおります。極道もんのユーチューバー、『組チューバー』ですか。個人的には応援したいと思ってます」


「ありがとうございます」


「私はこの国の極道の存在意義、あり方をずっと見てきました。国が裁けない悪党、法の目をすり抜ける悪党はいつの時代もおります。暴対法でこの国は私らの存在を潰しにきました。昔は持ちつ持たれつでしょうか。多少の行き過ぎはあったとしてもお互いの暗黙の了解がありました。それが崩壊した象徴が半グレの組織化、凶悪化です」


「やつらは暴対法の括りを受けませんからね。マフィアのようなことを平気でやってきます。真っ当な堅気さんも食いもんにされてるのが現実です。知らない間に『オレオレ』などの特殊詐欺の実行犯に加担させられて。捕まるんも利用されてるそういう方が多いとも聞いてます」


「そういう愚連隊は私らがしっかり抑えつけておくのが本来の私らの仕事なんでしょうが」


「そうですね。たかが小僧と思っていても今回のように質の悪いのもおります。またヤクザと列を組んで上手く立ち回るんもおります。それが今回の間宮、『模索模索』の件が顕著に表しているように感じます」


「おっしゃる通りだと思います。それで話を戻します。住友さん。これは『血湯血湯会』の総意と思ってください」


「はい。なんでしょう」


「『肉球会』さんが『組チューバー』として道を切り開いた暁にはそれに私どもが続くことをお許し願いたいということです」


「それは…、私の一存で今すぐにお答えすることは出来かねますが」


「もちろんです。私も虫のいいことをお願いしているのは百も承知です。それに『肉球会』の神内親分のお許しをいただくことが最低条件であることも理解しております」


「それでしたら私からおやじに話します」


「ありがとうございます」


「いえ。お礼は話がまとまってからにしてください。それより『血湯血湯会』さんもこれからはそういう道をお考えということで」


「はい。ウチの組織も随分大きくなりました。もちろん組のために死んでいったもの、長い勤めに行ってるもの、それらがあってのことです。ただ組織も変わらんと。その道を示してくれたのが『肉球会』さんであり、神内親分です。その可能性に乗せていただきたい。その思いだけです」


「そうですね。真っ当でお上に干渉を受けない堅いシノギがあれば大方の問題は解決すると思います。失礼ですがまさかその件があったから今日ご足労頂いたわけでは…」


「もちろんそんな無礼は致しません。今日はウチの不始末の解決のために足を運んだのが本題ですよ」


「ありがとうございます」


 そこで狭山が会話に割って入る。


「おい住友」


「はい」


「この兄弟も歌にはうるさいからのお。歌わせろって言うてくるぞ」


「兄弟。ユーチューバーってのは歌も歌うんか」



 そして店を出た『身二舞鵜須組』関谷組長は『蜜気魔薄組』伊勢組長の元へと単身で迫っていた。


「伊勢のガキゃあ…。半グレなんぞに好き勝手させやがって…」


 そのままタクシーを『蜜気魔薄組』組事務所の入ったビルに横付けする。

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