第348話理由(わけ)
夜の田島公園にて。約束の場所へ一人、原付で向かう飯塚。原付のエンジンを切り、公園内を原付手押しで歩く飯塚。そして。
「義経君」
飯塚の声に反応し咥えタバコのまま振り返る義経。
「悪いですね。飯塚さん。呼び出しちゃいまして。近くにベンチがありますんで」
原付を停め、義経の後ろを歩き、ついていく飯塚。目的のベンチに座り宵闇と静寂に包まれる二人。飯塚が温かい缶コーヒーを義経に差し出す。
「コーヒーでいいかな?」
「あ、ありがとうっす」
飯塚から缶コーヒーを受け取る義経。
「でもびっくりしたよ。義経君はたなりんのマブダチだから。僕はまだたなりんほどってわけじゃあなかったから。でも連絡くれて嬉しかったよ」
「あ、そっすね。たなりんは元気ですか」
「ああ。今日も宮部っちにドロップキックかましてたよ。元気過ぎるぐらい元気かなあ」
タバコを吸い終わった義経が吸い殻をその辺に投げ捨て、飯塚から受け取った缶コーヒーのプルタブを開ける。
「いただきます」
「あ、どうぞどうぞ。近くの自販機で七十円で売ってるやつだけど。こんなメーカー聞いたことないよね。缶のデザインも怪しいし見たことないし」
なんとかその場を明るくしようと振舞う飯塚。勘と胸騒ぎで分かる。義経が知らせようとしていることは悪い知らせであると。そして暫しの沈黙。それが飯塚の勘と胸騒ぎを確信へと変えていく。そして義経が沈黙を破る。
「正兄ぃが飯塚さんと連絡を取れって…」
「正兄ぃって…、ひょっとして世良さん?」
「やっぱり正兄ぃの言う通りだ。飯塚さん、あんたは俺の兄貴と知り合いだったんすね」
「あ、うん。最近知り合ったばっかりかな。でも僕も最初は世良さんに随分生意気なこと言っちゃったし」
「え?」
「いやあ。世良さんから聞いてないかなあ。言うのも恥ずかしいんだけどさあ。最初に会った時にね、『ヤクザをいい人と思ったらいけません』って言われてね。うちの田所のあんさんのことも『所詮元ヤクザ。更生するわけがない』ってね。ほら、うちに7・3のパンチパーマの人がいるでしょ。あれが田所さん。元『肉球会』の人でユーチューバーになるために組を辞めたんだよ」
「…」
「それで田所のあんさんと元底辺ユーチューバーの僕が『組チューバー』をヒットさせようとコンビ組んでさあ。不器用だけど田所のあんさんってホントいい人でね。たまに馬鹿だけど。そんな相棒を悪く言われたと勘違いした僕が初対面の世良さんに向かって『今のは取り消せえー!』ってね。同じことをもう一度言えって言われても言えないだろうなあ。なんであの時は言えたのか分かんないけど。それが世良さんとの最初かなあ」
「そっすか…」
「で。世良さんは元気にやってらっしゃるの」
うつむいたまま義経がぼそりと答える。
「今日、間宮君にボコ食らいまして」
「え?」
悪い予感の遥か上をいく最悪の現実を知らされた飯塚。驚く。ただただ言葉が出てこない。
「間宮君が全国制覇目指してるのは多分知ってると思いますが…」
「うん…。彼とは何度かぶつかってるし。サシでも一回話したこともあるから…」
「え?サシで話したことあるんすか?」
「うん。それもたまたまと言うか…。向こうは待ち伏せしてたと思うけど。言葉は覚えてる。『あんたは不思議な人だね』って言われたね。それと『次に会う時はあんたを潰す』かな。『殺す』だったかな。まあ宣戦布告だったのは覚えてるよ」
「へえ。間宮君が『不思議な人』って言いましたか。あいつって人を認めることは本当に少ないんですよ。でもそれは飯塚さんのことを少なくとも認めてますね」
「ええ?そうなの?」
「はい。本当に邪魔か認めてなかったらその場で殺ってますね。それをやらなかったことがその証拠ですよ。俺はあいつとの付き合いが長いんで分かります」
「ふーん。でも彼が世良さんとやる理由って…」
「正兄ぃがこの街では顔役なのも知ってますよね。どんな仕事をしてて、どういう人間かも」
「…うん」
「正兄ぃを避けてこの街は獲れません。邪魔だったんですよ」
「そこまでして」
「飯塚さんも吸いますよね」
義経が飯塚へタバコを差し出す。
「ありがとう。じゃあいただきます」
一本取り出し、それを口に咥える飯塚。そして義経もそれに続く。二人で宵闇の中、静寂の中、タバコを吸う。七十円の甘ったるく小さい缶コーヒーをたまに口へ運びながら。
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