第349話鏡

「『不思議な人』かあ…」


「え?」


 義経の言葉に反応する飯塚。


「正兄ぃは昔からなんでも自分一人でやっちゃう人だったんす。今いくつだっけ。二十三かあ。実際俺とも五歳離れてますんで。正兄ぃは俺のこといつまでもガキだと思ってるでしょうし。俺も正兄ぃに見て欲しいとかなかったし。そりゃあ正兄ぃの事務所に間宮君と遊びに行くことはあったけど。それも興味本位ぐらいにしか思ってなかったし。ああ…。なんでこうなったんだろうなあ…」


 義経の言葉を聞きながら飯塚は考えていた。義経に教えてないこと。世良兄との最初の会話で世良兄へ怒声を浴びせたこととは別のこと。それは世良兄からお願いされたこと。自分が託されたこと。この街の顔役としてではなく、実の兄として託された想い。


『義経を間宮色よりも君やたなりん君色に染めて欲しい』


 飯塚が認められる理由。馬鹿正直さと損得勘定が出来ない性格。そして嘘がつけない性格。飯塚がゆっくりと口を開く。


「さっきの話の続きだけどさあ。世良さんとの最初の話ね」


「正兄ぃにぶつかった時ですね」


「いや…、あれは…。まあその時のことなんだけど。実は世良さんからあることをお願いされたんだ」


「え?正兄ぃが飯塚さんにですか?」


「うん」


「それはユーチューブ絡みのことっすか」


「いや。僕自身もまだその言葉の本当の意味を分かっていないと思う。けどその願いは常に頭の中にある。どうすればその期待に応えることが出来るのかって今も考えてるかな」


「それはどんなお願いだったんですか?」


「うん。君のことだよ」


「え?俺のことっすか?」


「うん。正確には世良さんの希望と言うか、実の兄としての言葉だったと思う」


「え?俺を守れとかですか?確かに間宮君とつるんでれば危険なことは多いっすけど。そこまでやわじゃないですよ。それは正兄ぃも分かってるはずですけど…」


「うん。そこが僕も未だによく分かっていない理由なんだけどね。言われたことをそのまま言うよ。『弟を間宮色ではなく僕やたなりん君色に染めてやって欲しい』ってね。間宮とはもうぶつかることは避けて通れないのも現実で。でもその間宮と君はツレだし。だから間宮も立場が違えばいい奴なんだろうし。でも世良さんから見てたらやっぱり彼はもう巨大なモンスターになってしまったと言ってたし。世良さんがそう評価するなら僕らもそのように対応しないとって思うし。君と彼がどんなに親しいとしても実の兄としてはどんどん危険な方へ大きくなりながら、嫌な言い方になるけど『暴走』しちゃう彼と同じ列車に乗って欲しくなかったんだと思う。聞いてるとやっぱり彼は全国制覇を目指してるみたいだし。それも裏の世界でだ。それがどんなに危険なことかを君のお兄さんは十分理解したうえで君を守りたかったんだと思う」


「…そっすね。正兄ぃは見てない様でずっと俺のことを…。それで飯塚さんにそんなことを…。…ホントバカっすよね。大バカっすよ。それで俺の声に気を取られてケンカ相手にボコにされちゃって…。情けない兄貴ですよ。…でも、飯塚さん。正兄ぃはやっぱり最高の兄貴でしたよ。そう思いませんか?」


「うん。あの人は本当に大きい人だと思う」


 飯塚の言葉を聞いた義経がそっと飯塚にバレないよう目尻に溢れる涙を拭う。飯塚は正面を見たままそれに気付かないふりをする。そしてまたも沈黙。自分のタバコを取り出して口に咥える飯塚。お返しにと義経へ一本差し出す。


「あざっす」


「それで世良さんは大丈夫なの?病院にはちゃんと行けたのかな?」


「はい。事務所にいた他の従業員も間宮君にやられたと思うんですが、呻いてましたんで。正兄ぃも意識はしっかりとありましたから。『お抱えの医者』もいると聞いたこともありますんで。そのうち電話がかかってくると思います」


「そっか。変な言い方になるけど無事でよかったと思う。ホントに」


「正兄ぃも強いんですよ。間宮君も強いですけど」


「だろうね。僕やたなりんだとレベルが違い過ぎるから。リアルを無双する二人だからね」


「ええ。それでも飯塚さん。俺はどっちかを選ばなきゃいけないんすよね。そしてそれは人に決めてもらうんじゃなくて自分で決めないといけない。それがこの世界なんでしょう」


「それは違うと思う」


 飯塚の言葉に反応する義経。飯塚が初めて否定の言葉を口にした意味。そして飯塚が続ける。


「あくまでも僕は世良さんからお願いされてるし僕も覚悟を決めてそれを承諾した。それは男と男の約束だ。だから僕は君を間宮色には染めさせない。君が染まるのは僕やたなりんと同じ色にだ。君も世良さんや間宮と同じようにリアルを無双する強さの持ち主だ。それでも僕は君を力づくでも暴走させないように止める。世良さんとの約束はそれぐらい覚悟の約束だから」


「飯塚さん。間宮君が『不思議な人』と言った意味がよく分かる気がする。でも…簡単な話じゃないっす。今、一番の卑怯者は俺ですね…」


「そんなことないよ。それは君が優しいからだと思う。優しすぎるぐらいに優しいから大切な人を傷つけないよう自分を責める」


 飯塚の本音の言葉が義経の心へ突き刺さる。


「少し一人で考える時間を貰えますか」


「うん。でも僕は世良さんとの約束を意地でも守るつもりだよ。君がどんなに鬱陶しく感じようと僕はどこまでも君に拘る。僕にも大事なツレがいる。田所のあんさんに宮部っちやたなりんもそうだ。でも彼らが僕を止めようとしても僕は君に拘る。例え彼らが僕に愛想をつかそうとだ」


 義経はこの夜、本当の意味で飯塚と出会った。目を逸らすことを許さない不器用さ。そういう真っすぐさは根っこの部分でツレを心から大事に考える義経にはよく見える。飯塚は見たものをそのまま映す鏡のような人間だから。

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