第329話現代のドン・キホーテ

 世良兄の『長い一日』はさらに続く。


「昨夜は寝れました?」


「はい。しっかりと」


「そうですか。で、『身二舞鵜須組』の小泉とはどうでした?」


「はい。ほぼ考えてた通りでした」


 二日続けて『肉球会』の事務所で若頭の住友と会う。


「そうですか。『蜜気魔薄組』の伊勢が描いてる絵なのか…、それとも半グレが描いてる絵なのか…」


「それはまだ分かりません。ただ半グレを仕切っている間宮。あの小僧がすべてを仕切ってるように感じます」


「そうですか」


「住友さん」


「はい?」


「今の現実ってのはそんなに単純なもんなんでしょうか?」


「単純とは?」


「ヤクザは『暴対法』で動けなくなった。昔気質の組は縮小していく。解散するところもある。企業と同じで零細は消えて大手だけが生き残る。それは分かります。だったら『暴対法』の縛りを受けない『半グレ』と列を組む。少し考えればそういう大きな『逃げ道』があると分かりますよね。『半グレ』は使用者責任にも問われません。昔で言うなら破門した鉄砲玉を飛ばすのと同じかと」


「おっしゃる通りですね」


「住友さん」


「タバコ吸いません?」


 住友が箱から飛び出したタバコを世良兄へ勧める。それを指で受け取り口に咥える世良兄。火まで差し出す住友。それを「すいません」と受け入れる世良兄。そして住友もタバコを咥え、火を点ける。吐き出す紫煙が部屋の天井へ伸びる。そして住友がタバコを咥えたまま口を開く。


「世良さん。今は世良さんがおっしゃるようにヤクザの時代じゃないんでしょう。ヤクザも生業を持って食っていかないといけません。悪さすると堅気さんの三倍刑です。下手にムショへぶち込まれりゃあ十年、二十年出てこれん時代でしょう。そして『半グレ』が現れ。暴力も『個人事業主』の時代に変わろうとしてます。いえ、これは『マフィア』と同じ生き方に似てますね。そういう意味で新しいものに進化しているというのか分かりません。昔はよかったといえば負け犬です。ただどうしょうもない悪党が行き場を失ってそれを受け入れてしっかりと修行させて行儀を教える。親は大事である。親の言ったことは絶対である。生き方に惚れる。それで血の繋がらない兄弟が出来。漢が漢に惚れて、惚れた漢のために命を張る。そうやって組の看板には多くの歴史が刻まれてきたんです。組のために命を張ったもの。長い懲役に行ったもの。情報が増えたから余計そう感じるんだと思いますが、今は血の繋がった親だろうと尊敬されねえと。『親ガチャ』ですか。そんな言葉もあります。逆もそうです。与えるはずの我が子に虐待です。貧しさはいいと思います。貧しさの中にも幸福はあります。利を追求した結果が『半グレ』を生んだんでしょう。確かに使用者責任はそう問われるものではありません。ただお上が本気になればなんでも出来るってことです。そういう意味では私どもは運が良かったと思います」


「運が良かった、ですか?」


「ええ。世良さん。貴方に出会えていなければ私どもは経済の面で今も苦しんでいたと思います。貴方が商売のノウハウを教えてくれなければ、そして時間を割いてまで協力してくれなければ間宮みたいな存在に助けを求めていたかもしれない」


「いえ。『肉球会』さんに限ってそれは…。それに私のことも買い被りすぎです」


「そんなことはありません。おやじは変わらないでしょうが組織としてはどうでしょう。組のためととんでもねえ方向に突っ走るもんが出てきてもおかしくはないでしょう。現に今も堅気の貴方に相談し、ご協力いただいてます。自分らだけでは今の時代を生き抜く術が圧倒的に足らんのでしょう」


「そうでしょうか」


「そうです」


 世良兄がタバコを灰皿に押し付けて火を消し、静かな口調で話す。


「飯塚さんと会って話をしました」


「飯塚さんと…」


「はい。『組チューバー』です。神内の親分さんと『肉球会』の皆さんが何とか今の時代を生きていこうと考えて絞り出した『知恵』です。この発想は本当に将来を考えるものにしか辿り着かないアイデアだと思いました。すべて時代のせいにするのではなく、それでも自分たちで真っ当な未来をと考えたから辿り着くことが出来た究極の商売です。誰だって最初にヤクザがユーチューバーとして金を稼ぐと言えば笑うと思います。ただ歴史を見れば分かります。常に新しいものを生み出そうとすればそれを周りは笑うもんです。『現代のドン・キホーテ』です。本当に賢いものなら誰がそれを笑うことが出来るでしょうか」


「世良さん…」


「動画の件は九割なんとかなるでしょう。そこまでは来てます。『身二舞鵜須組』の件も小泉さんを抑えることは出来ると思います。間宮の目的は単純に勢力拡大だと思ってます。それも堅気として、文字通り『無敵の人』としてです。あの男は『半グレ』さえも影から操るでしょう。これは私と間宮。どちらが相手を潰すか。そういう問題になっていると自覚してます」


「世良さん。何も堅気の貴方が」


「いえ。確かに間宮と私の衝突になりますが『蜜気魔薄組』の伊勢や本家の『血湯血湯会』。そこは堅気の私では無理です」


「そういうことですか」


「ええ。そうです。『組チューバー』、成功するといいですね」


「ええ、なんとかおやじに成功した形を見せたいですね」


「見せられると思いますよ。飯塚さんは不思議な魅力を持った人でした」


「そうですねえ。飯塚さんは不思議な魅力ですか。ホントにその通りですねえ…」


「あと、住友さんとそちらの京山さんがけじめを取った中山忍。元『模索模索』幹部で間宮直属だった人間ですが」


「うちの補佐を的にかけたあの中山ですね」


「はい。今うちで匿ってます」


「理由があってのことでしょう。了承しました」


「ええ。間宮との衝突には欠かせないピースの一つです」


 世良兄の『長い一日』はもうすぐ終わる。

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