第302話ヌーブラ

 宮部と待ち合わせをして長谷部の見舞いに行くたなりん。


「おう。たなりん。お待たせ」


 単車に私服姿で現れる宮部。


「ふっふっふ。宮部っちよ。そんな顔をしてられるのも今のうちなりよ」


「なんだよ。なんか訳アリっぽいなあ。ん?」


 そこでたなりんの顔に青タンを見つける宮部。ついさっき、いじめっ子の一人に顔を殴られた時に出来たものである。たなりんの『そういう事情』に気付かないふりをしてきた宮部が訊ねる。


「たなりん。その顔面の青タン。昨日、三原にシバかれたっけ?」


 え?青タン?何なり?それはと思うたなりん。


「へ?たなりんの顔に何かついてるなりか?」


「いや、別に」


「そんなことより宮部っち。宮部っちの『顔』が悪いなりよ」


「それを言うなら『顔色』だろ。なんだよ『顔が悪い』ってよお」


「ふーはははーでござるー」


「ま、いいや。ほい。メット」


「え?制服のままニケツなりか?」


「あ、そっか。たなりんのガッコはそういうのうるせえのかもかあ。じゃあほら、俺のライダース貸すからそれを上に着といて。そうだそうだ。たなりんのライダースも作らねえとなあ」


 そう言って腰に巻いていた『藻府藻府』のライダースジャケットをたなりんに放り投げる宮部。『おう…、か、硬いなり…』と思いながらライダースに袖を通すたなりん。そしてニケツで病院へ向かう。受付で部屋番号を聞き、集団部屋へと歩く二人。


「おう。長谷部。いけっかあ?」


「あ、宮部。それにたなりん。なんだよお。見舞いかよぉ。わりいな。あいにく俺の体はスーパーマンだからよ」


 包帯で後頭部や顔面も含め、体中グルグル巻きの長谷部が元気をアピールする。


「まあ、医者は大袈裟だからよ。今日にでも退院できんぜ」


「まあまあ。いいからいいから。安静にしてろ」


「それよりたなりん。昨日はありがとな」


「へ?」


「いやさあ。あのクソガキ三原に食らわせてやったじゃん。すげえよ。さすがたなりん」


「いやあ…、あれはまぐれなりよ」


「ケンカにまぐれはねえよ。実力だよ。自信持てよ。ん?何だよたなりん。その顔の青タン。三原にゲンコツ食らってたっけ?」


「へ?青タンなりか?」


「うん。殴られたアザだろ。それ」


「ちょ、ちょっと待つなり!」


 そう言って病室を飛び出し、トイレに駆け込むたなりん。そして鏡を覗き込む。


「…嘘なり…」


 鏡に映る顔の口横に明らかに殴られた跡が。急いで水道の蛇口を捻り、水で冷やしてやる。それでも鏡を見ても傷は残っている。そして何度もゴシゴシするも消えないと悟り、はあーと思いながら長谷部達が待つ病室に戻る。そして、たなりんが席を外した病室にて。


「宮部。あれは殴られた跡だぜ」


「ああ。あの傷は昨日は無かった」


「ん?じゃあ昼間にストリートファイトでもやらかしたの?あいつ」


「そうじゃねえ」


 たなりんの『そういう事情』を薄々と気付きながら気付かないふりをしてきた宮部。


「いやあ。まいったなり。これは昨日の傷なりね」


 学校でのことを内緒にしようとそう言いながら病室に戻ってくるたなりん。


「へえー。すげえじゃん。勲章だぜ。クソ馬鹿三原のゲンコツ貰ってもピンピンしてるってな」


「そうなりか」


「たなりんはすげえよ。実際に見てた俺が言うんだから間違いねえよ」


 そこでカバンに手を入れながらたなりんが言う。


「ふっふっふ。実は今日。このたなりんが手ぶらでお見舞いにくると思ったなりか?」


「え?」


「マジ?なになに?聞いてねえよ。俺も」


「宮部っちはお見舞いに手ぶらなりか!ヌーブラなりか!」


「え?ヌーブラ?え?マジ?」


「長谷部っち。ヌーブラよりもいいものなりよ。じゃじゃーん」


 そして『すかいりぶ』の初期版をカバンから取り出し掲げるたなりん。


「え!?それは!?」


「昨日話した世界最強のエロゲーとも呼ばれる『すかいりぶ』のMODが大量に揃っている初期版のソフトなりいいいいいいいいいい!」


「マジかああああああ!?たなりん!おい!長谷部!お前はまだ入院中だろ?俺に一日だけ貸してくれ!」


「ふっふっふ。どうしよっかなーなりー。何しろこのたなりんが命がけで守ったものなりからねー」


「え?命がけ?」


「いや!それはこっちの話なりでござるよ」


「たなりん!それは『すちーる』でも入手不可のあの!?」


「そうなりー。初期版なりー」


「へっへっへ。たなりんは『俺』にお見舞いとして持ってきてくれたんだぜ。宮部。それを俺より先に『一日だけ貸してくれ?』だと?おい、たなりん。なんか腹減らねえか?」


「そうなりねえ。お腹減ったなりねえ」


「わーったよ!わーったから!」


「たなりん。何か宮部がマックにパシってくれるみたいだぜ。奢りで」


「悪いなりねえ―。じゃあたなりんは…」


 その時、宮部はすでにたなりんをいじめている連中をぶっ飛ばすと心で決めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る