第275話大人の階段

「ほい。たなりん。おしるこ」


 長谷部が軽く投げたおしるこの缶をキャッチするたなりん。


「あ、ありがとうなり。長谷部く、長谷部っちでいいなりか?」


「全然いいよ。タバコは吸わねえの?」


 そう言いながら特攻服のポケットからタバコを取り出し咥えながら缶コーヒーのプルタブを開ける長谷部。


「あ、タバコは…今、手持ちが…」


「なんだよ。持ってないのかよ。早く言えよ。ほら、俺のでよかったら」


 口に咥えたタバコに火を点けながら、もう片方の缶コーヒーを掴んだ手でタバコの箱をたなりんに差し出す長谷部。


(おう…、おふ…、まあ…、たなりんギャングほどになればタバコぐらい…なりね…)


「じゃあ…、お言葉に甘えるなり。一本ゴチになるなりよ」


 そして長谷部の差し出すライターの火にタバコを近付ける。そして『タバコ初心者あるある』である吸い込まずにタバコの先端を火にあて、火が点くのを待つ。そして肺へ煙を入れずにふかす。


 ぷはあー。


 大人の階段をまたしても一歩登るたなりん。


(これがタバコなりか…。うーん、なんかその気になるなりねえ。おらおら!学校でたなりんを一人じゃ何もできないくせに集団でイジメてる奴ら!たなりんは夜のとばりでおしるこ片手にタバコで一服なりよ!あー、うまいなり!)


「長谷部っちは『藻府藻府』の情報担当なりか?」


「ああ。チームに情報屋は欠かせねえからな。宮部が頭になって副総長の新藤と俺の役割はすぐに決まったかな」


 鼻から煙を出してみるたなりん。


「お、タバコここに置いとくからよ。好きに吸っていいから」


「あ、ああ…、ありがとうなり」


「『ぐらんどせふとおーとばい』かあ。俺はスマホ版からかなあ。今は『すちーる』でセールん時に買ってるなあ」


「『すちーる』はいいなりねえ。セールでついつい買い過ぎちゃうのが危険なりけど『MOD』で改造するのもまた一興なりねえ」


「へえー、たなりん結構ゲーマーなんだ。『もっど』とか聞いたことあるけどなかなか難しくて」


 そこでたなりんが熱く語る。


「『MOD』は独学が基本なり。よくネットでもろくに調べようとせず、すぐに他人に『教えて』ちゃんが実に多いなりよ。ちゃんと時間をかけて調べれば誰にでも出来ることであり、ヒントどころか答えはどこかのサイトに必ずあるなりね。そういう努力をしようとせず『教えて教えて』ではいつまでも学習しないなり」


「お、おう…」


「発売から十年以上経った今でも世界中で『すかいりぶ』が未だにプレイされてるのも『MOD』の力によるものが大きいなり!」


 そこでスマホに『すかいりぶ』、『MOD』と検索する長谷部。そして予測検索ワードの『美化』などをクリックする長谷部。そしてたなりんの熱さの理由を知る。


(おお!なるほど!こりゃすげえ!モザイクなしの丸見えじゃねえか!)


「たなりんさあ。『すかいりぶ』は俺、まだやったことねえんだけどさあ。すげえよさげじゃん。これって『すちーる』で買えんの?」


「あ、『すかいりぶ』は『すちーる』では今は『すぺしゃる版』しか買えないなりよ。でも『すかいりぶ』はぜーーーったいに『れじぇんど版』を買うべきなり!アメゾンで新古品をポチって同時に『すちーる用のコード』を買うなり!『すちーる』は必須なのでコードの貸し借りは出来ないなりよ!」


「お、おう…」


 そんな平和なんだか真剣なんだか分からない話をしているたなりんと長谷部。たなりんの熱い語りが続く中、長谷部が叫びながらたなりんを突き飛ばす。


「あぶねえ!たなりん!」


 吹っ飛んだたなりんがいた場所へ猛スピードのバイクが突っ込む。


「大丈夫か!?たなりん!?」


「だ、だ、大丈夫なり…」


「んだよ。『藻府藻府』の特攻服見つけたと思ったら長谷部じゃねえかよ。もう一人も知らねえなあ」


「三原ぁ!天草ぁ!」


「おいおい。わしもおるで」


「江戸川っ!?ちっ!たなりん!逃げろ!ここは俺一人で充分だ!」


「え?」


「何やってんだ!早く逃げろ!たなりん!こいつらは昨日も見ただろ!やべえ奴らなんだよ!」


 轢くつもりでたなりんへ突っ込んだ三原がバイクを停め、ゆっくりと降りる。天草、江戸川も三原に続く。


「おいおい。自分の心配より他人の心配かあ。安心しろよ。平等に二人とも殺してやっからよお。こっちはコージの馬鹿にどたま蹴り飛ばされてまだフラフラとイライラが止まんねーんだわ。おー、こいつらは俺一人で殺っちまっていいだろうな」


「そんなのどうでもいいけどよお。一人は生かしとけよ。宮部の馬鹿を呼び出す奴がいなくなるからなあ」


「あ?宮部だあ!?宮部は俺が殺す!殺す!殺す!」


 発狂する江戸川。


「ちっ、たなりん。なんで逃げねえんだよ!馬鹿か!ホントに殺られちまうぞ!」


 長谷部の言葉にたなりんがビビりながら答える。


「だ、だ、大事な、ツ、ツ、ツ、ツレを置いて、に、に、逃げるなんてことは、た、た、た、たなりんの辞書には、な、な、な、載ってないなりよ…」


「ばっかやろう…」


 復讐の鬼と化した三原、天草、江戸川の『藻府藻府』狩りの最初のターゲットとなった長谷部とたなりん。長谷部はすでにグループラインで緊急事態を意味するスタンプ二個連発を送っていた。

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