第257話ジョヴァンニや

「ああ、電車や。それも街を走っとる遅ーいのはええぞお。くたびれた年季の入ったっちゅーか、毎日おんなじところをおんなじ速さで走ってるやつや」


「そうですか。そんなにいいですか」


「わしゃあ、この世界が無駄に長い。神内の兄弟も今でこそああやが、昔は手のつけられん暴れん坊やった」


「聞かされたことがありますね」


「根っこの部分は今も変わっとらんがとにかくやれ『筋』だ、『情』だ、『義理』だとな。堅気さんあっての考えはおやじから叩き込まれとったからな。でもなあ、時々迷うこともしょっちゅうや。堅気さんの中にも悪いやつはおるし、それもぎょうさん見てきた」


「…今回の件ですか?」


「せや。今、組の方で例の動画の『被害者』か。わしの方でも偉い先生たちんとこへ足を運んで『わしらが責任もって守ったるから』てなあ。それでも動画が世に出るんが怖いんか。どいつもこいつも自分が立って半グレ連中を突っぱねようとせん。『世間体が』とか言うならまだええ。『知りませんし、そんな脅迫は受けてません』とほざきやがる。そんなに金払ってまで自分がかわいいかってなあ」


「まあ。今はネット社会ですんで。やはり銭金で済むならそっちを選ぶんでしょう」


「人の噂も七十五日つうやろ。極道のわしらがとっくの昔に『メンツ』捨てとる。それが堅気の先生たちは『メンツ』ばっかり気にしとる。銭金でどうにかなる『メンツ』なんぞ意味あんのかってなあ。そう思ってた時にふといつもの踏切でな。踏切やのに信号もあってや。そこを待っとる人たちの前を遮断機の中をトロトロ走りよんや」


 二ノ宮の話へと興味深く耳を傾ける住友。話は続く。


「わしゃあ学がないがな。昔読んだ本に『銀河鉄道の夜』ってのがあってなあ」


「宮沢賢治の」


「そうや!それや!話もあんまり覚えてへんが名前は覚えとる。ジョヴァンニや。幸せってえのを、なんやその、哲学的つうか。印象に残っとる。それをふと思い出してな。それで電車や」


 二ノ宮のおじきの話は続く。




 『タピオカ』のプレートが貼られたマンションの一室。


「社長。角田さんがお見えになりました」


「通してくれ」


 世良義正の部屋へ広告屋の角田が通される。


「どうも。これ、今月号の求人誌とあと新聞と雑誌の方です」


 扱っている媒体は必ず持参する角田は本当に熱心なところもあると毎回思う世良兄。


「いつもすいませんね。今日は集金でしたね」


 そう言って自分の店の広告を出していない媒体まで受け取り、机の引き出しから封筒を取り出す世良兄。


「ありがとうございます」


 封筒を受け取る角田。そこから世間話が始まる。いきなり世良兄が直球を投げる。


「角田さん。今のこの街はどうなってますか?」


「と言いますと?」


「お互い専門外だと思いますが。『蜜気魔薄組』と『模索模索』の動きです」


「あ、それですか…」


「ええ。それです。もちろん他言はしませんので」


「世良さんは『肉球会』さんの方と懇意にされてらっしゃるんですよね。確かあそこの情報館や広告屋さんは世良さんが立ち上げ時にかなりお力添えしたと聞いてます」


「そうですね。もちろん『金銭』のやり取りは一切ありませんでしたが」


「そうなんですね。入ってくる話だけを真偽は別として言いますと。デリやガールズバー、キャバですか。あそこの直営店が増えたと聞いてますね」


「半グレが援デリですかね。会員制デリと呼びますか。そういうのをやってるとは聞いてましたが。そこまでは別に問題ないと思ってました。そういう店は絶対にうちには勝てないと思ってますんで。問題があるとしたら『みかじめ』の要求が来た時だと思ってました。今のところはまだそういうのは来てませんが。『肉球会』さんが目を光らせているうちはそうならないと思ってましたし。ただ、少し前にニュースでも流れてた件がありますよね。あれから一気に何か変わった気がしませんか?」


 『蜜気魔薄組』先代若林殺害の件である。


「ありましたねえ。確かあれは…、まだ解決してないですよね。抗争とまではいってませんが」


「角田さん。出し惜しみは止めませんか。もうバチバチの状態ですよね。昔なら『肉球会』さんには逆立ちしてもどこも勝てなかった。西の組織相手でもあそこは引かないでしょう。でも時代は変わりました。半グレのケツ持ちをするのはよく聞く話。ただ、『模索模索』は『蜜気魔薄組』を逆に食ってると言いますか。何と言いましょうか。少し立場がいびつに見えますが」


「世良さん。半グレは強いです。だからヤクザも利用価値を見出して半グレのケツ持ちをしてます。今の法律を考えれば逆転現象も普通に起こりうるでしょう。事実、ヤクザから半グレになるケースもありますんで」


 そこで世良兄がタバコを咥え、火を点ける。そして煙を吐き出し、灰皿を手元に引きながら言う。


「うちは代紋も背負ってませんし堅気ですが売られたケンカは買いますよ。どこが相手だろうとです」


 ここに世良兄が『肉球会』と『蜜気魔薄組』とのケンカに条件次第で参入すると宣言する。

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