第252話くだらねえ

「んだらあああああああ!」


「くそがあああああああ!」


 ガキの頃からつるんできた。本気のケンカも何度もした。ただ、いつもはお互いどんなに顔面を腫らしていようが一緒にタバコを吸って「くだらねえ」と笑って終わらせてきた。軍紀とはそういう付き合いをしてきた。ただ今はそれぞれ背負っているものが違う。新藤は『藻府藻府』を、軍紀は間宮を。二人とも分かっていた。理屈でも筋でもない。どっちが正しいとかそういうのではない。『信じる』のは一つでいい、と。


「こんだらああ!おめえ!弱くなってんじゃねえかあ!」


 拳をぶち込みながら新藤が吠える。


「うっせえええええ!全然効いてねえんだよおおおお!ごだらあ!」


 何度もやり合った相手。そして互いに認め合う相手。こいつが他のやつにやられるとムカつく相手。二人でいれば最強だと思っていた相手。そして『藻府藻府』を知り、京山を知り。共に京山や先輩たちにぶん殴られ、ヤキをもらい、強くなり。宮部がいて。忍がいて。エコや三原、江戸川、天草、コージや二ちゃん、長谷部たちもいて。共に京山たちからいろいろ教えられ。かわいがってもらった。あの頃は京山を信じていればよかった。京山だけを見ていればよかった。そして間宮がいて。興味本位でシャブに手を出した間宮を半殺しにし、シャブを止めさせた京山。後輩のために単身で『肉球会』へ乗り込んだ京山を見てきた。ラリった間宮を見てきた。後日、京山が語ってくれた話。


「いやよお。昔にな。すげえ好きな先輩がいてよお。がっこで教師にも見放され、ツレもいねえような俺をかわいがってくれてよお。けんじ、けんじ、ってな。メシ食わしてくれてよお。女世話してくれてよお。でもその人はシャブ中でよお。アンパンとかハッパとか。そういうのは一通りやったけどよお。その人は最後にゃ幻覚見だして。誰もいねえのに殺されるとかよお、なんにもいねえのに手にゴキブリが大量にいるとかよお。もう戻れねえし、俺にもどうしょうもねえのはなんとなく分かっててよお。最後にゃ鑑別行ったっきりよ。その後どうなったかは知らねえんだ」


 『藻府藻府』が名門たる由縁。「キチガイになれ」を徹底してきたこと。そんなキチガイたちが唯一守ったルール。そしてOBから「わりいな。『藻府藻府』は九代目までしか知らねえんだわ」と言われる現実。「クールにキチガイをやる」十代目宮部の方針。九代目京山と同じやり方でガンガン喧嘩に明け暮れる日々を求めていた間宮の考え。どっちも正しい。京山というカリスマだけが繋いでいた絆は歪んだ形で割れた。


「死ねやあああ!」


「殺したらあああああああああ!」


 二人には分かっていた。このタイマンが終わっても前みたいに「くだらねえなあ」と笑ってタバコを一緒に吸うことはないと。ムカついたからぶん殴る、自分だけのためのケンカは何も考えなくていいから楽だと思いながらぶつかり合う二人。新藤と軍紀。もう互いにフラフラなのが分かる。そして。誰もいないはずの夜の工場で聞き覚えのある声が。


「おい。そこらへんで止めとけや。二人とも」


「京山さん!」


 新藤と軍紀が驚き、声を合わせる。


「ツレどおしが隠れて誰も見てないところで殺し合いか。カッコつけてんじゃねえよ」


「どうしてここが…」


 そう言いながら新藤へ視線を移す軍紀。そんな軍紀の心を読み、京山が言う。


「新藤じゃねえよ。宮部でもねえ」


「じゃあ、なんでここが…」


「そりゃあおめえが一番よく知ってんじゃねえか。他人の単車にGPSなんぞつけるようなこと。俺は教えちゃあいねえぞ」


 そこで言葉を失う軍紀。京山は続ける。


「策士策に溺れるってのはこういうことじゃねえか。少なくとも『藻府藻府』のケンカはこんな器用な真似することじゃねえよな。並べや」


「おす!」


 そして直立不動で立つ新藤、軍紀に一発ずつ拳を入れる京山。両手を後ろに回し、吹っ飛ばされないよう気合を入れてそれを逃げずにいただく二人。


「おす!あざっす!」


 そしてポケットから缶コーヒーを取り出す京山。


「飲むか?」


「おす!いただきます!」


「安心しろ。『ロシアン』じゃねえから痰なんか入ってねえからよお」


 そう言って二人にそれぞれ缶コーヒーをポンっと放り投げる京山。止まるはずがな

いと心に誓い挑んだ二人の狂犬を一人の漢が止める。『信じられるもの』。それはかつて憧れ、追い続け、共に楽しい時間を過ごした大きな背を持つ漢だった。

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