第239話煙突

「おう!ごるああ!てめえなんで俺の電話に出ねえんだよ!ああ!」


「すいません!」


 投げつけられる週刊誌が頭を下げる男の横を通過し壁に当たる。


「てめえはいい年して約束も守れねえのかあー?ああ!てめえうちから金借りる時なんて約束したあ!契約書読んでサインしたのは誰だぁ!?」


 世良義正の務める闇金事務所でよく見る光景。雑居ビルのマンションの一室。義正が最初に就職した闇金。普通に街の求人誌で見た求人広告で応募した。大手企業が出しているアルバイト情報誌。正社員募集。給料も悪くない。経験不問。誰にでも出来る簡単なお仕事。未経験者歓迎。年齢学歴問わず。業種はファイナンス業。そこは『トイチ』、十日で一割の金利が発生する闇金だった。ちなみに金利は相手によって変える。しっかりと完済した客には金利も状況を見て変えてやる。『信用』を作ったからだ。焼き畑農業のようでこの商売は顧客を掴めば割がいい。そこはとにかく客をどやしつけ『恐怖』で金を回収した。大金は貸さない。小口の客を多く持つ。そこの社長が他の同業者と違ったのは一点のみ。漫画やVシネマのような暴力を本当に実行していた。


「あそこだけは最優先で払わないと殺される。本当に殺される」


 相手が筋モンだろうと関係ない。一歩も引かない。口上も変わらない。


「おい!てめえ今何時だ!俺は何時つった!ああ!?一分過ぎてんじゃねえか!一分あればいくら稼げると思ってんだ!ああ!?」


 脅し文句を使ったり、金を貸すのは誰でも出来る。馬鹿でも出来る。そして客は同情に値しないクズばかりだと知る。平気で嘘をつく。時給千円で千円のために一時間働くことも出来ないクズ。五千円でいいから、あと五千円あればあの台は当たるからと本気で言うクズ。


「世良ぁ。おめえ向いてるわ」


 すぐに人が辞めていく回転の早い職場に世良は残った。元不良だった世良には学歴もコネもない。角田とはそこで出会った。


「角田さん。今月は一人新規が来たよ」


「それはよかったです」


 角田が扱う高収入情報誌に広告をうっていた。この手の広告は一人でも反響があれば広告料の元を回収したと言っていい。義正はいつも不思議に思っていた。


(他の広告屋は社長に怒鳴られてばかりなのにこの男だけは怒鳴られない。社長は何故この男を怒鳴らないんだろう)


 ある時、義正一人だけの事務所へ角田がやってきた。部屋のチャイムが鳴り、インターホンを確認すると角田の姿。


「あ、角田です。今月号の配本に来ました」


「ご苦労様です」


 そう言って広告が掲載されている雑誌を受け取る。そしてその時に初めて名刺を受け取った。


「角田と申します」


「あ、悪いけど俺、名刺持ってないんで」


「いえいえ。世良さんですよね」


 世良は角田と本当の意味で出会った。


「東京はブクロか新橋なんですかね。こういう業種は」


「そうですね。昔から池袋と新橋は多いですね」


「新橋ってちょっとピンとこないですね」


「あそこはサラリーマンのメッカですので」


「そうなんですね」


 そこから角田という男に興味を持つようになった。


「風俗ですか?今は既得権を買った方が早いと思います。吉原で売りに出てる物件がいくつかありますが。ホテヘルもありますが売りに出るってことは上手くいかなかったってことだと思います。やり方次第だと思いますが場所が大事だと思います。今は脱サラして誰でも開業できる時代ですので。店お茶や煙突の店も多いですよ」


「煙突ってなんですか?」


「一日の客数が一人ってことです。数字の『1』は煙突に似てますよね。だから昔からそう言うんです。『お茶』って言葉は有名ですけどね」


 歩合でコツコツ金を貯めながら義正は角田と親しくなっていった。

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