第211話AV業界に闇はない

 世良義正は現在二十三歳。それなりの修羅場をくぐり抜けてきた。風俗と闇金。その錬金術をこの若さで身に着けている。高校を中退し闇金に就職した。そこでいろいろと学び独立した。ちなみに金主はいない。自己資金である。二十の時に独立。そしてさらに金を掴み、一年後には風俗店を立ち上げる。理由は単純で闇金よりも風俗の方が儲かるから。裏切り、暴力、人間のどす黒い部分を死ぬほど見てきたからこそ今がある。


「義経。お前ら半グレは『情報』を軽く考えてねえか」


 返事ができない義経はそのまま世良兄の言葉を待つ。


「うちには広告屋が出入りしている。広告屋ってのは今の時代、ネットが主流だからな。月一回の集金にしか営業は来ねえ。だがな、広告屋にもいろいろな人間がいる。うちは角田さんって広告屋と付き合っている。角田さんはこの業界ではもう三十年選手だ。フィクサーや現職のデカ、政治家、老舗の大手風俗グループのオーナーと顔が広い。今のデリの経営者は角田さんの名前すら知らない。なにしろ角田さんが扱っている媒体は今どき誰が見るんだっていう紙の媒体専門でやっている。もちろん反響などまったくない。だが俺はそれに金を毎月払ってるんじゃねえ。角田さんっていう人間に金を払っている。義経。お前はAVの世界をどう思う」


「どう思うって…。さあ…。あんまよく分かんないよ」


「だな。よく『AVの世界の闇は深い』って言葉を聞く。俺からしたら闇なんぞまったくねえ。クリーンな世界だ。『AVの出演強要』ってニュースをたまに見ねえか」


「うーん、言われてみると…。たまに見るね」


「あれは俺から言わせれば『後出しじゃんけん』みたいなもんだ。まずAVの世界には不良が存在しねえ。いや、待てよ。確か一つだけ組が運営するメーカーもあったな。まあ、いい。あの業界に出演強要は存在しない。それははっきりと断言する」


「じゃあなんで『出演強要』で逮捕されるニュースが出るの?」


「言っただろ。『後出しじゃんけん』だと。いくら何十本、何百本と出演してようがその女に男ができたとして。その男はまあ快く思わんだろう。なにしろ自分の女があれを咥えていろいろされてる動画が世に出てるわけだからな。そうなると女のプロダクションに『この女の作品をすべて回収しろ』と言うわけだ。そんな話、プロダクションにしてみれば不可能なわけだ。契約書も交わし、本人が納得済みで出演しておいてその状況になったらどうなると思う?」


「うーん。作品は世に出てるから回収は無理だよね。しかも契約書も交わしてお互い合意の上ってことでしょ?引退?」


「引退では根本的解決にならん。そこで男は警察へ行き女にこう言わせる。『無理やり契約書にサインさせられたんです』とな。そうなるとサツも同情するがプロダクションの代表は逮捕される。ちなみによくネットに出回ってる『無修正流出もの』の出処を知っているか?」


「さあ」


「あれはメーカーの管理不足、怠慢だ。辞める社員が無修正のものを持ち出す。そしてそれをネットにあげる。それが『無修正流出もの』の正体だ。これぐらい角田さんと付き合ってると常識の知識となる。既存の店もそうだがお前ら半グレもそうだ。目先の金のことしか考えてねえ。だから『情報』が遅い、知らないことが多い」


 そして新しい煙草を咥え、火を点けてから煙を吐き出し続ける。


「『肉球会』の『無料情報館』。あそこの立ち上げは俺も一枚嚙んでいる」


「え?そうなの?」


「ああ。確か『肉球会』の田所さんだったかな。あそこのフロント企業である広告屋もそうだ。俺もそうだが田所さんに角田さんを紹介し、角田さんもかなり強力してくれたかなあ。顔が広く、人脈が豊富な広告屋ってのは広告に反響が一ミリもなかろうが金を払ってつきあう価値があるんだよ。『情報』という値段がつけられないものをよこしてくれるからな」


「へえー。角田さんかあ。今度、正兄ぃから俺に紹介してくれよ。金なら出すからさあ」


「それはいいが。金も要らん。ただ一つだけ条件がある」


「条件?何?」


「お前は半グレの頭の間宮か。あいつと昔から仲がいいんだろ?ツレを取るか。それとも『肉球会』を取るか。まずそれを決めろ。そして一度決めたことは絶対に覆すな。もしそれを覆すようなら俺がお前を全力で潰しにいく。その条件が飲めるなら角田さんを紹介しよう。ちなみに今は誰かの紹介がなければ角田さんと付き合うことは不可能だと言っておく」


 たとえ血のつながった兄弟であろうと裏切りには容赦しない。この街の裏社会でのし上がり君臨する男の言葉に義経は判断を迫られる。

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