第147話時折雨が降るでしょう。

 男はうつろな目で街を歩いていた。スーツ姿。パッと見は元気のないサラリーマンのようにも見える。ただ、ネクタイもせず、派手なカラーシャツ、まともな企業勤めには見えない。ふらふらと目的もなく歩く男。街の大衆食堂に入る。腹が減っているわけでもない。有り余った時間を潰すかのように。注文した定食と瓶ビール。ビール飲みをちびちびと飲み干し、定食にはほとんど手を付けずにお会計を済ませて店を出る。釣り銭を受け取らずに店を出ようとした男に若い女の店員が叫ぶ。


「あ、お客さん。お釣り!お釣り!」


 その声に反応し生気のない顔のまま少額のお釣りを受け取る男。そして「ありがとうございましたあ!」の声を背に店を出る。そしてタバコをスーツの内ポケットから取り出し咥え、火を点ける。


「おい!路上喫煙は禁止だぞ!」


 正義感の強い中年の男に注意されるがそれが自分に対する言葉と気付かない。男はそのまま中年の男を無視したまま火が点いたタバコを片手に歩く。


「んだよ…。ああいう馬鹿は減らねえなあ。おい!聞いてんのか!」


 それでもタバコを吸いながら歩く男。注意の声にはまったく反応しない。そのまま歩く。小雨が降り始める。通行人は予報を聞いていたのか次々と傘をひらく。だんだんと雨脚が強くなるが濡れるがままに歩く男。そして小道へと入る男。


 ドン。


 後ろから来た何者かが男にぶつかる。激痛。さっきまでの死んだような目がハッキリと開き自分が『刺された』と自覚する。声を出そうとするもすぐに口を手で塞がれる。そして、激痛、激痛、激痛、激痛。雨で濡れた地面に赤い血が滴り落ちる。


「ぐ!う!ん!う!」


 何度も何度も男の背後からドスを突き刺す何者か。やがて男は抵抗する力もなくなる。それでも繰り返されるドスの出し入れ。やがて男は力なくその場に倒れ込む。そしてその場からすぐに立ち去る何者。


「前『蜜気魔薄組』組長若林が何者かに刺殺された」


 このニュースはすぐに『肉球会」、『蜜気魔薄組』へと伝わった。



「おい!うちの先代が獲られた。どういうこっちゃ!」


「ガードもなにもついてませんでしたんで」


「あほか!んなもん『肉球会』の連中に決まっとるやろが!」


「でも、あそことは『引退』で手打ちになったんですよね」


「お前の頭ん中は平和ボケしてんのか!だったら『誰』がやったんじゃ!?ああ!?」


「いえ…。目撃者情報もさっぱりでして…」


「ええか。勝手に動くな。俺が『肉球会』とまずは話す。ことはそれからや」


 伊勢が『蜜気魔薄組』でどやしまわる。



「そうか。若林が獲られたか…」


「ええ。どうせうちにケツ持ってくるでしょう」


 『肉球会』組長神内と若頭住友がその報を聞いてすぐに話し合う。


「伊勢はそういうタイプの人間や。知らぬ存ぜぬでも口実としてうちに来るやろうなあ」


「間違いないでしょう。正直、若林は火種に使われると思ってましたんで。問題は『誰の絵』なのかでしょう」


「伊勢一人ではやらんやろう。伊勢のケツをかいてる奴がおるんやろう」


「でしょうね。あそこの上の『身二舞鵜須組』か…。もしくは半グレ連中か…」


「とにかくなるようにしかならんやろう。伊勢の出方を見るか」


「ええ。ただし、おやじ。おやじと裕木、あと、健司の後輩ですか。きっちりとガードはつけますんで」


「わしはええ。それより裕木と健司の後輩のガキども、それに堅気の衆の壁になれ。この街でチャカなんぞ振り回させるわけにはいかんぞ」


「はい」


 そして神内の携帯がなる。画面には伊勢の名前が。

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