第110話フロントドア

「いらっしゃい…、ふん。お前か」


「ええ。おじき。今日はおじきのコーヒーが飲みたくなりましたんで」


「ふん。極道もんに『味』が分かるんかい」


「いえ。おやじの教えでは『出されたものはありがたくいただく』とありますが」


「ふん。わしのコーヒーにいちゃもんつけに来たんか」


「おじき。そう邪険にせんでください。本当におじきの甘いコーヒーを前に飲んで好きになりまして」


「ふん。ちょっと待っとれ」


 そう言って『肉球会』若頭・住友のためにコーヒーを淹れる狭山のおじき。


「おじきの店は…、何と言いますか。いいですね。落ち着けます」


「ふん。閑古鳥が鳴いとるとハッキリ言えばええ。ほれ」


 住友のテーブルにコーヒーと灰皿を運びながら毒づく狭山。


「いえいえ。では頂きます」


 砂糖をスプーンで二杯。そしてミルクは用意されただけ入れる。そして「失礼します」と言ってタバコを取り出してそれを吸う住友。


「別に挨拶なんぞいらん。喫茶店とはタバコを吸うところじゃ。今はどこでも禁煙禁煙で吸うところがないやろう。それなら売るなって話じゃろ」


「ええ。そうですね。おじき」


「副流煙っていうんか?昔はなぁーんも言われんかったんが今は他人のタバコの煙にまで文句言う時代なんやのお」


「ええ。時代ですね」


「わしにしてみれば車が垂れ流す排気ガスの方がタバコの何十倍も『害』やと思うがなあ」


「正論です」


 そして一服し、灰皿で綺麗に火を消してから本題が始まる。


「それで。今日は何の用じゃ。お前さんがコーヒーだけのために来るわけねえだろ」


「いえ。一番の目的はおじきのコーヒーです。ついでにお聞きしたいことはありますが」


「ふん。いちいち言い回しが鼻につくやつやのお」


「すいません」


「ふん」


「それで。先日の『蜜気魔薄組』の組長がもっていかれたのはご存じですよね?」


「ふん。『特殊詐欺』か。あそこは儲かっとるやろ。ええ先生手配して実刑までいかんのとちゃうか。金ならいくらでも積んで和解で終わりちゃうか」


「でしょうね。ただ…。少し不穏な動きがありまして」


「なんじゃ?不穏とは」


「おやじの教えでは『ボールからストライクになる速い横変化の球』だと。あ、それは『フロントドア』でしたね」


「お前。帰ってくれるか…」


「すいません。実は半グレですか。うちのシマウチで『模索模索』って連中が悪さしてまして」


「それじゃ。わしからも兄弟に言おうと思うとった。いつまでのんきたれとる。さっさと動かんか」


「すいません。まさにおじきのおっしゃる通りです。これは自分らの怠慢です。おやじの怠慢です」


「ふん」


「その『模索模索』が『蜜気魔薄組』とつるんでるようでして」


「お前らにチャチャいれてきとるとこやろが。のんきたれとるからこうなる。自業自得じゃ。まあ、『極道』と『半グレ』がつるんだらちょっと厄介やのお」


「そこです。『蜜気魔薄組』のトップは今の時点で拘束されてます。まあすぐに出てくるでしょうけど。その短期間であそこの体勢が変わる可能性が大いにあるってことです。何かネタは入ってきてませんか?」


「高いぞ」


「ええ。言い値で」


「よし。約束じゃぞ。わしのところには『間宮』か。『模索模索』のリーダーがそいつで『蜜気魔薄組』のナンバーツー伊勢っちゅう奴とつるんどるって言った方が正しいんかのお」


「ほう…。『下剋上』ってやつですか」


「おそらく若林が戻っても席はないやろう。それが原因であそこが割れるか。そこやろうな」


「伊勢と間宮って小僧ががっちりと組んでいれば…」


「そういうことじゃ」


 残ったコーヒーを一気に飲み干す住友。


「ありがとうございました。それで『言い値』の件ですが」


「ほれ、わし、最近若い子に教えてもらっての。『いんすた』ってのをやっとるんじゃが。『いいね』がなかなかもらえんでの」


「おじき…。そういうのは本当に『いいね』と思ったら押すものであって、他人が『強制』するものではないかと」


「ふん。相変わらず鼻につくのお。お前は」


「すいません。実は自分はその『いんすた』ってのをやってませんので。今度うちのもんでやってるやつにはおじきのアカウントを教えておきますよ」


「いらんわい。それよりも今のごたごたをなんとかせい。はようせんと堅気の皆さんにご迷惑がかかる。動きが遅れれば遅れるほど被害がおおきゅうなる」


「はい。じゃあお代はここに置いていきます」


 そう言って万札をテーブルに置く住友。


「おい。乞食じゃねえんだぞ。こっちは」


「いえ。今度コーヒーが好きな方にこの店を紹介したいので。その方に最初の一杯は自分がご馳走させていただきたいとの思いです」


「ふん。ほんとおにお前は鼻につくのお」


 そして店を出る住友。実はおじきのコーヒーの虜になってしまった住友であった。

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